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一帳目 『怪しい学園と影の決意』
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暗く冷たい、不気味な空気を纏うとある林の奥。
そこに佇む一人の男がいた。
男は和服姿で、ブツブツと独り言を言っている。
「見付ケタ……コレデ、ア奴ノ一族ハ終ワル……」
ニヤリと笑みを浮かべる男は闇夜に姿を消し、辺りには男の不気味な笑い声だけが暫く聞こえていた。
*******************
澄んだ蒼い空が広がる、爽やかな春の日。
とある林の中を、珍しい桜色の髪を揺らす少女が地図を片手に歩いている。
彼女の名は「柊桜歌」。この春から高校生となり通う学校へと向かっている途中なのだが、どうやら桜歌は道に迷っている様で持っている地図と目の前に広がる景色を見比べて困った表情を浮かべている。
「道……間違ってないよね……」
桜歌が通う予定の学校は「妖木学園」といい、この綺麗な桜並木道を真っ直ぐに行くとある学舎。だが、桜歌はこの学園に来たことがなければ、学校の名も知らない。そんな状態で学園への入学を決めた桜歌は、学園から貰った地図を頼りに歩いていた。
その地図には、桜歌の家から学園までの道のりが描かれているのだが、林に入った後の道のりには「この先、真っ直ぐ」とだけ書かれているだけで、目印になる様な物や言葉が地図には無く、目の前に広がっている景色に至っては見渡す限り桜の木。桜歌はそれに不安を感じながらも、貰った地図を信じある道を真っ直ぐに進む。すると次第に視界が開け、桜歌の前に大きく立派な門が現れた。
門の上には「妖木学園」と書かれた木の看板がある。
「この先に、学園が……」
地図には、門を潜ると直ぐに校舎や校庭があるとは描かれているけど「暫く歩く」といった説明はない。だが、門の回りには囲いが無く、門の先がどうなっているのか見ることが出来るのだが、門の先には校舎や校庭がある様には見えない。
「門は必ず潜る……」
地図に印された門の所に「必ず潜る」と小さく書かれている。
桜歌はその指示に従って、門を潜る。
「……え」
門を抜けると、そこには木造の城の様な見た目の校舎と運動場の様な校庭が幾つもある。
「何してるんだ?」
目の前に広がる景色に圧倒され立ち尽くす桜歌に、茶髪の男子が背後から声をかける。
それに驚いた桜歌は振り向くと、茶髪の男子の横にいる黒髪の男子が驚いた表情を浮かべ呟く。
「……さくら」
黒髪の男子の反応に、茶髪の男子が「知り合いか?」と聞くが、黒髪の男子は少しだけ笑みを浮かべ「いや、何でもない」と答える。
「そうか……それで、お前はこんな所で立ち止まって何してたんだ?」
「え、えーと。本当に、ここが妖木学園なのかなって……」
「ん? 来る前の門にそう書いてただろ? 見てないのか?」
「それは、見ましたけど……何か、普通と違うなって……」
そう桜歌が答えると、茶髪の男子は当然の様に答える。
「そりゃあ、一般には知られていないからな。普通の学校とは違うのは当たり前だろ?」
「それって、どういう……」
桜歌が詳しく話を聞こうとした時、校内放送が流れた。
『生徒の呼び出しをします。柊桜歌さん。至急学園長室まで来てください。繰り返します……』
放送を耳にした生徒達は足を止める。
「さっき、柊って言ったよね?」
「うん。柊家は滅んだって聞いていたけど、違ったんだね……」
そんな事を他の生徒達は口にしながら、再び校舎へ向かう。
「柊って、あの柊だよな?」
「多分な……どうかしたか?」
桜歌が青ざめているのに気付いた黒髪の男子が、声をかけると桜歌は慌てて顔を上げる。
「あ、あの! い、色々ありがとうございます! そ、その、また後で!」
「おい!」
桜歌は猛スピードで校舎に向かって走って行く。
「急に、どうしたんだ?」
「……さぁな」
二人は、急に走り出した桜歌の後ろ姿を暫く眺めていた。
慌てて校舎に入った桜歌は、事務室を見付け声をかける。
「あ、あの! 学園長室は何処にありますか?」
「学園長室ですか?」
受付の窓から顔を出した女は、目的も言わずに学園長室の場所を聞いたせいなのか桜歌を怪しむ目で聞き返す。
「そ、その、さっき放送で呼ばれ……」
「柊桜歌様ですね? 学園長室には私が案内いたします」
桜歌の言葉を遮るように、横から背が高く執事の様な格好をした青年が言う。
「あ、あの……」
「柊様、こちらへ」
「は、はい!」
青年はある場所に向かって歩き、その後を桜歌は付いていく。
階段を上り、三階の一番端にある「学園長室」と書かれた扉の前に桜歌と青年は立つ。
「ここが、学園長室です。柊様をお連れいたしました」
扉を二回ノックし、声をかける青年。
「入りなさい」
中から返事が返ってくると、青年は扉を開け桜歌に中に入るように合図する。
それに頷き、恐る恐る中に入る桜歌。
「し、失礼します……」
「お待ちしておりましたよ、柊桜歌さん」
学園長室にいたのは、黒髪で「叔父様」と言って良い程、品のある男。
「そんなに緊張なさらず、お座り下さい」
「は、はい……」
緊張する桜歌に、そっと声をかけ青年は男の傍に立つ。
桜歌は、男と向き合う形でソファーに座る。
「改めまして、私が学園長の夕立愁と言います。こちらは、私の秘書を勤めている風海君だ」
「ひ、柊桜歌です。そ、それで、私を呼んだのは……」
「貴女には、まだこの学園についてお話していませんでしたからね。入学式の前に話しておこうと思い呼んだのです」
「柊様には、学園の入学許可のお知らせはいたしましたが、学園の事は何も告げていませんでしたから」
「そ、その。この学園は普通の学校とは違うって……」
「おや。誰かに聞かれたのですか?」
「門で会った人に……でも、詳しくは聞いていません……」
「そうでしたか。では、何が違うのか詳しくお話しいたします」
夕立は学園の事を話し始めた。
妖木学園は、学ぶ授業そのものが普通の高校と異なる。ここで学ぶモノは普通の人には見えない存在『アヤカシ』に関すること。そして、悩みを抱えるアヤカシやそれに苦しむ人達を救う『怪師』と呼ばれる人材を育てる学舎。
「アヤカシ、怪師……私は、今までアヤカシなんて……」
「そうなのかも知れませんが、貴女には怪師となるべき素質、そしてそれに必要な力があると判断しました」
「私にそんな力は……」
「まだ、自分の力に気付いていないだけです。この学園で学べば自ずと自覚するはずです」
夕立は優しい目を向ける。
「私は……」
「学園長、そろそろお時間です」
風海が夕立に耳打ちをすると、夕立は残念そうに「もう、そんな時間か」と呟く。
「すまないが、そろそろ入学式の準備をしなくてはけないのでね。詳しい話しはまた後程……」
「あ、あの!」
夕立は「学園生活を楽しんで下さい」と一言言うと、学園長室から出て行く。
「心配なさらずとも、柊様なら学園にも直ぐに慣れますよ」
「で、でも!」
「それでは、教室へご案内いたします」
「は、い……」
風海は、半ば強引に桜歌を学園長室から連れ出す。
桜歌が通う教室へ向かう途中、桜歌はずっと下を向き黙っていた。それを気にしてか、風海はそっと声をかける。
「申し訳ありません……」
「え?」
「先ほど、柊様は何かを伝えようとしていたのに、それを遮るような形になってしまって……」
「……学園長が忙しい立場の人だって事は分かっているので、仕方の無いことだとは思っています。だけど……」
言葉の続きを言わない桜歌に、風海が言う。
「学園の事は、ほぼ知らない状態ですし不安になりますよね。自分では特別な力や素質というモノが本当にあるのか分からない状態なら尚更、不安になりますし怖いと思うのは当然だと思います」
「風海さん……」
「ですが、柊様。私も学園長と同じく柊様は何も心配することはないと確信しております。学園の事やこれからの生活に不安に思うのは今だけだと……」
風海は桜歌の目を真っ直ぐに見て話す。
「私は、学園から案内状が届いたから入学を決めただけで……」
「柊様。学園は何の力も持たない方に案内状は送りません」
妖木学園には、学園が入学を許可した生徒、成績や行いを見て必要な人材だと判断された生徒のみが通うことが許されている。その証拠に、学園には特殊な「結界」が張られており許可を得ている生徒や関係者であれば門を潜り学園内に入る事が出来る。だが、許可を得ていない者や学園から出入りの許可を得ていないもしくは剥奪された生徒は門を潜ったとしても学園内に入る事は出来ず、林の外へと出されてしまう。その為、学園の認知度は限られた者にしかいない。
「学園に入る為には、学園内を覆う結界を無効にする物が必要になります。生徒であれば生徒手帳がそうです」
「生徒手帳? 私はまだ貰っていないのに、どうして学園に……」
「それは、学園の案内状に結界を無効にする術が施されているからです。案内しておきながら、学園に入る事が出来ないのは問題ですので」
「た、確かに……」
「他にも、学園には様々規則等がありますが、普通に生活していれば退学を迫られる事はありません」
「た、退学を迫られることがあるんですか!?」
「はい。昨年も十数名の生徒に宣告が出されました。どの生徒も、授業の成績は勿論ですが行い部分で目に余る行動が目立ちましたので」
「行いって、生活態度の事ですよね?」
風海は首を横に振る。
「いえ、学園での生活態度は勿論ですが、学園外での行いの方です。ここは、アヤカシを学ぶ場所です。ですが、アヤカシを意味もなく消したり、一方的に害がある存在だと考え行動するのはどんな事情であっても許されないことなのです」
「それが原因で、退学……」
「はい。アヤカシとて人と変わらず生きている物達です。命を奪うような行いは決して許されません。アヤカシ側にも、そうした理由が少なからずあります。怪師とは、その小さき事にも目や耳を傾けアヤカシに寄り添い、アヤカシの力から人を守る事が仕事です」
「それを学ぶ学園だからこそ、それに反した行動や言動は一番、許されない事……」
「そういうことです。学園が求めている事を理解していれば、退学など本来はあるはずがないのです」
少し哀しそうな顔をする風海。
「あの。やっぱり、アヤカシが見える人達が通っているんですよね?」
「ええ。幼い頃からお見えになっている方や家系で強く力を受け継いでいる方もいらっしゃいます」
「家系?」
学園に通う生徒の殆んどに、怪師をやっている親や親族がいる。その影響を濃く受け継いでいる人が学園に入学する決意をし入試を受ける。
一括りに怪師と言っても、それぞれの家系によって持つ力も考え方も違う。全ての家系がアヤカシに親身に接する訳ではなく、アヤカシ嫌いの家系も存在する。これは、先代に当たる怪師達がそう考え子孫に言い伝えているのが原因の一つでもある。この学園には、そんな多種多様の考えや力を持つ家系で生まれ育った人達が各地から集まっている。
「各地からって、全国からってことですか!?」
「はい。怪師専門の学園はこの学舎しか存在しておりませんので、自然と各地から入学希望の方が集まります。ですが……」
一校しかない怪師専門の学園ということもあり、入試の倍率は高い。
怪師という特殊な仕事をしている人は、無知の人なら「数少ない」と思うかもしれないが、怪師という者は表向きに活動する人はいない。その為、人知れずに今でも活動している怪師が多く、代々「怪師」として活動している家系も全国に多く存在している。その家に生まれた人達が家を継ぐためにこの学園に通う事を強く希望する。だが、学舎の場所は無限ではないから、入学希望の人達を全員受け入れる事は出来ない。入試で合格の印が押される人数は、入試を受けた人数の約半分以下になる。
「合格出来なかった人達は……」
「残念ですが、普通の高校へ通われるか、来年の入試を受ける方がいます」
「入試は何度も受けられるんですね」
「年齢制限はありませんが、成人を過ぎた方は在籍しておりません。恐らく、成人を迎えた事もあり、怪師の事を学ばれるのを諦めているのだと……」
入試の合格基準は、大きく分けて二つ。
ある程度の「知識」を知り、その意味や生い立ち等をどれだけ理解しているか。特殊な力を兼ね備えているアヤカシを相手に動じない「心」と「能力」がどれだけ備わっているか。この二つを評価した上で順位を決め、上位百人が入試に合格し学園に通う事が許される。
「百人……でも、私は入試なんて……」
「はい、受けられていません。ですが、柊様は、学園長が認める素質を持っていた為、入試を受けていなくても学園への入学が許可されたのです」
「それって、私が入学を決めたから学園に通えない人がいるってことですか?」
入試を受けていない桜歌は、本来百位に選ばれていたはずの人が「入学が出来なかった」のではと気にするが、それに風海はにこやかに答える。
「いえ、入試の結果で百名は例年通り入学しております。柊様も含め新入生は百一名なので、柊様がその様にご心配をする必要はありません」
「そう、なんですか……良かった」
桜歌は、風海の話を聞いて胸を撫で下ろす。
「話し込んでしまいましたね。では、教室へ行きましょう」
「は、はい」
学園は三年制で、各学年四組ある。
組分けは一年毎に変わり、「星」「月」「明」「陰」の組に分けられ、一組二十五名で構成されている。組分けは、一年間の成績の総合で決まるのだが、新入生の場合は入試の成績で決められている。つまり、入試を受けていない桜歌はその成績を判断する事が出来ない為、いくら学園長が桜歌を学園に呼んだとしても組分けは公平に行われ、判断が無能に近い桜歌は「陰」の組になるのが自然だ。
「ふ、風海さん。教室、間違ってませんか?」
組分けの話を聞きながら、教室に着いた桜歌は自分が通う組に戸惑う。
風海が案内する教室は、入試成績上位二十五名が選ばれる星組。つまり、桜歌の成績は極めて優秀だと判断された事を指す。
「いえ、間違っておりません。柊様は、間違いなく星組です。渡し忘れておりましたが、こちらが生徒手帳です。こちらにも学年と組等が細かく記載されております」
「ほ、本当に星組になってる……」
「不安な事は多いと思います。慣れない事も初めて知る事も。ですが、この組になった意味も、学園が入学許可を出した本当の理由も分かるはずです……」
風海は目の前の教室の戸を開け、桜歌の背を軽く押しながら囁く。
「桜歌様、どうか早く思い出して下さい……」
その言葉に桜歌が振り返ると、そこには風海の姿はない。
「風海さん?」
「お前、何してんだ?」
桜歌が消えた風海を探して辺りを見回していると、教室から顔を出す生徒が、そんな桜歌に声をかける。
「門で会った……」
「同じクラスだったんだな……何かあったのか?」
桜歌に声をかけて来たのは、門の前で会ったあの二人の男子。
「その……教室まで案内してくれた人がいつの間にか居なくなってて……」
「探してたのか?」
「うん……お礼が言いたかったんだけど」
「そうか。また、会えると思うし、その時に話せば良い」
「そう、だね」
黒髪の男子生徒の言葉に、桜歌は笑みを浮かべ教室の中へ入る。
「そういえば、まだ名前言ってなかったよな? 俺は暁月煌夜。よろしく」
「俺は綾瀬仁。先に言っておくけど、俺はまだ成長期だからな!」
「う、うん……」
仁は桜歌に念を押す。
「ま~た、そんな自己紹介して」
紫の長い髪を後ろで一本に束ねた女子生徒が声をかける。
「またって何だよ! 俺にとっては重要な……」
「あ~はい、はい。 ごめんね。仁の事は気にしなくて良いから。あ、私は葛城楓。こっちが……」
楓は、隣にいる薄い灰色でふわふわとした髪の女子を見ると、その女子は小さな声で言う。
「と、兎木屋真冬……です」
「真冬は少し人見知りなんだ。慣れると普通に話してくれるから、仲良くして欲しい」
そう言って真冬の傍に、白銀の髪の男子が立つ。
「それは、私のセリフです。こちらこそ、よろしくお願いします……え~と」
「俺は保月影虎だ。真冬達とは、小学校からの付き合い」
「そうなの! だから、皆仲が良いんだね」
「それが皆じゃないんだよね~」
桜歌の言葉に、困った顔で楓が言う。
「え~と。仲が悪い人もいる、の?」
「あ~、そういう意味じゃなくて。もう一人、幼馴染みがいるんだけど、道に迷っているみたいでまだ学園についていなくてさ」
「さっき、連絡したからもう少しで来ると思うが……」
煌夜がそう呟くと同時に「ま、間に合いました」と言いながら教室の中に入って来た女子に、煌夜達は振り返る。
「あ! 噂をすれば! あの子が、もう一人の幼馴染み、スズネだよ」
教室に入って来た女子は、黒く長い髪でお嬢様の様な話し方をする。
「道、迷わなかったか?」
「はい。煌夜さんのお陰です。ありがとうございます」
「入学式に遅刻とか最悪だからな~」
「あの、そちらの方は?」
漸く桜歌の存在に気付いた女子が聞く。
「さっき自己紹介してたんだ。同じ組だからさ」
「そうなんですね! 私は、雪野鈴音と言います。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる鈴音に、桜歌は慌てて言う。
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
「それで? 君の名前は?」
楓の言葉に、桜歌は答える。
「そういえば、まだ……私は、柊桜歌。今日からよろしくね」
笑顔でそう話すと、教室内が静まり返る。
「さっき、柊って言った?」
「そうだけど……え……」
桜歌に向ける生徒達の視線が冷たい。
「あの放送って、聞き間違いじゃなかったんだ……」
「しかもこのクラスって……僕達、呪われるんじゃ」
「この瞬間にも、呪われてたりして!」
生徒達は、桜歌を見ながらそんな事をコソコソと口々に言う。そして、疑う様な目で楓が聞く。
「ねぇ、柊さんは鈴音に何かしようとしてるんじゃないよね?」
「ど、どういうこと……?」
「柊家は、雪野家を苦しめる存在なの。その姓を持つ貴女が雪野家に生まれた鈴音に何かするんじゃないかって。親から何か言われたりしてないの!」
「そ、そんなの私は知らない! 柊なんて何処にでもある名字だし……両親の事なんて…… 」
親の事を口にして桜歌は口を噤む。
三年前の春。
桜歌は、今暮らしているアパートで目が覚めた。だが、桜歌は名前と年齢は覚えていたが、それ以外のこと、今までどんな暮らしをしてきたのか、両親は誰なのか……それら全ての記憶を失っていた。最初の頃は、記憶が無いことを気にしていた桜歌だったが、不思議と私生活には何の影響も無く、月日が経つにつれ気にならなくなっていった。そして、桜歌はその事を誰かに話す事もしなかった為、周りの人がそれに触れる事も無かった。
「柊?」
その事を思い出した桜歌は何も言えなくなった。
「何してんだ? 席に着け」
そこに、青い髪の男が教室に入って来る。
男の声に生徒達は一斉に自分の席に着き、桜歌も俯いたまま、空いている窓側の後ろの席に座った。その様子に男はどこか辛そうな目で見ていた。
「えー。今日から一年間、お前達の担任を任せられた藍井龍だ。担当科目は実践と力学だ」
藍井は、軽く自己紹介を済ませ「廊下に並べ」と指示を出すと、生徒達はそれに返事をし席を立つ。
生徒達が廊下に出ると、他の組の生徒達も廊下に並んでいる。桜歌は、さっきの事もあり少し怯えている様に身を縮め下を見ながら並ぶ。
二時間程の入学式を終え、生徒達は自分の組に戻り、特組の生徒達は藍井が来るまで話をしている。
「やっと終わったぁ~」
「他と違うって思ったのにさ。話、普通に長いし……」
終わった入学式に文句を言う仁。
「飽きるって……いくら特殊な学校でも、大事なとこは同じだろ。儀式みたいなものだしな」
「それは分かってるけどさ……普通に飽きるだろ!」
「余計疲れるから、この話は止めよう」
仁と影虎の会話に、疲れ切った顔で楓が言うと、影虎は呆れた様に小さくため息をつく。
「入学式も無事終わりましたね」
「う、うん。き、緊張してきたよ……」
「本格的に怪師の事を学ぶのですから、緊張しますよ。私も、とてもドキドキしています」
仁達と少し離れた廊下側の席で、真冬と鈴音が話をしている。
「鈴音ちゃんも、緊張してるの?」
「もちろんです。新しい学園生活が始まるのですから、緊張はしますよ」
「そ、そうなんだ。わ、私だけ緊張してるのかなって思ってたから……良かったぁ」
鈴音の言葉に、真冬は安心した様な表情を浮かべる。
こんな風に生徒達が話をしている中、桜歌だけはずっと俯いていた。
「……柊、大丈夫か?」
「!」
隣の席に座る煌夜が、桜歌にそっと声をかける。
桜歌はそれに驚いた様に体を身構える。
「だ、大丈夫……」
俯いたまま小さく答える桜歌に、煌夜は少し視線を逸らす。その表情は何処か、辛そうに見える。
そして、再度、桜歌の方に視線を戻し煌夜は言う。
「葛城が言ったこと、気にしているのか?」
「……」
「……気にしない訳がないよな……悪い」
桜歌の反応に、煌夜はまた視線を逸らす。
「柊は、悪い人なの?」
「俺が知っている柊の人達は皆、良い人達だ。周りが言っている事は、ただの噂だと思ってる」
「噂……でも、皆が知っている噂なら本当なのかもしれない」
そう呟く桜歌に、煌夜は答える。
「それはない。柊家は他人を守り、アヤカシに対しても親身に接する一族だ。だから、噂自体、それを良く思っていない人が流したものだと思う」
「どうして、そこまで言い切れるの?」
桜歌が聞くと、煌夜は優しく微笑んで答える。
「知っているから。どれだけ人を想い、アヤカシに愛され慕われているかを。だから、柊が気にすることはないんだ」
その言葉に、桜歌の表情がほんの少し和らぐ。
だが、周りの視線は変わらず冷ややかに桜歌を見ている。
ガラガラーー。
その時、藍井がプリントを手に入ってくる。
生徒達は一斉に話を止め、席に着く。
「ホームルームを始めるぞ? と言っても、特に話すことはない。よって、これに答えた者から順番に帰って良い」
藍井は持ってきた用紙を一枚、ヒラヒラさせながら言うとその用紙を生徒達に配る。
「自己紹介かよ……」
「先生、本当に書き終わったら帰って良いんですか?」
「ああ、俺に提出したら帰って良い。答えたくない項目がある場合は、空欄でも構わない。書けるところだけ書いてくれれば良い」
藍井はそう話すと、用紙が渡った生徒から手を動かしていく。
用紙に書かれている質問は「名前」や「生年月日」は勿論だが、「能力」や「家系」、そして「家族構成」などといったものもあり、怪師の家の生まれの者なら誰でも答えられるものばかりだが、桜歌は名前と生年月日を書くとその手が止める。
答えられる項目が全くなく、桜歌は用紙とにらめっこの状態のまま時間が過ぎていく。その間にも、周りの生徒達は書き終え、藍井に提出し一人、また一人と教室から出て行く。
「煌夜、終わったか?」
「ああ。そっちは、出したのか?」
桜歌の隣の席に座る煌夜に、書き終えた用紙を提出した仁達が集まって来る。
「まぁな。早く提出して帰ろうぜぇ。他の奴らはとっくに帰ってるし」
「俺達が最後みたいだな……いや、まだ一人いたな」
「柊さん……」
影虎は用紙を見つめているだけの桜歌に目を向ける。
「柊、どうしたんだ?」
煌夜の声に、桜歌の体は跳ねる。
「な、何でも……ない、よ」
ぎこちない笑みを浮かべる桜歌に、仁が桜歌の用紙を覗く。
「まだ、何も書いてないじゃねぇか」
「配られてから大分時間経ってんのに? まさか、柊家は周りに教えられない事が多いから答えられないとか?」
「楓、そんな言い方ないだろ? 柊にだって事情ってもんが……」
「だからって、全部答えられないのはおかしいでしょ? やっぱり柊家は信用できない」
楓は「関わるのも嫌だ」と言うように、冷めた態度をとる。
桜歌は、楓の言葉と態度に視線を下ろす。
「何してるんだ? 書き終えたら提出して早く帰れ」
「俺は書き終えているんですが、柊がまだ……」
ダルそうに声をかける藍井に、煌夜が答える。
藍井は、桜歌の机の上にある真っ白な用紙を見ると俯く桜歌に聞く。
「柊、書けないのか?」
「……い、え……書け、ます」
「柊、俺は答えられないなら無理に答えなくて良いと言ったはずだ。だから、何も答えられないのなら、それでも構わないんだ」
「で、でも……皆は、書けているのに、私だけ……」
他の生徒達は全ての質問に答えていると思ってる桜歌は、自分だけ何も書かないのは可笑しいと適当に何か書こうとする。だが、ペンを手にするも何も書けず桜歌は手にしたペンをまた置いてしまう。
「……書けていないのは、柊だけじゃない。名前と生年月日以外、何も書かずに出した生徒は柊以外に二人いる。だから、気にすることはない」
「うそだ! 全く書けない人が他にいる訳……」
「この学園には、怪師の家系に生まれた生徒ばかりが通っているわけじゃない。学園長や俺達教師が認めた奴もいる、怪師の家系でもない奴が自分の能力など分かる訳がないだろ?」
藍井の言葉に、楓は言い返すことが出来ず黙る。
「そういう事だから、これは回収するぞ?」
「あ……」
藍井は、桜歌の用紙を手に取る。
その次いでに、書き終えた煌夜の用紙も受け取る。
「ほら、もう帰れ」
「……はい」
半ば強制に教室から出された桜歌達は、校内から外へ出るまでの間、一言も話さず校舎を出る。
あの門の前に来た桜歌は足を止める。
「柊?」
それに気付いた煌夜は名前を呼ぶ。
「どうしたんだ? 忘れ物か?」
煌夜の言葉に、仁がそう聞くと桜歌は俯いたまま顔を横に振る。
「……私……」
桜歌は何かを言おうとするが、その続きを口に出せない。
「もう、何なのよ! こっちは、あんたと一緒にいることが嫌なの。話があるなら、早くしてくれない?」
楓は、藍井との事もあるのか分かりやすく苛立ちを見せる。その態度に、桜歌は黙り込む。
「楓、いい加減にしろよ。柊家の事は噂程度には知っているけどさ、柊がお前に何かしたわけじゃないだろ? それなのに柊の事を分かった風に決めつけて、すげぇ感じ悪いぞ?」
仁が楓の態度にそう言うと、楓は言い返す。
「何よ! 柊家がどんな一族か知らないわけじゃないよね? それなのに、柊家の人を庇うの?」
「庇うって……確かに、柊家の話は怪師の家柄なら誰でも知っている事だよ。けど、本当の事は俺達は知らないだろ? 周りの大人が話しているのを聞いただけで、実際に柊家の誰かと話したりそれを見たりしたわけじゃねぇじゃん。それなのに、聞いたことを鵜呑みにして、柊も同じだって決め付けるのは可笑しいって言ってんだよ、俺は!」
返す仁の口調も苛立ちが見える。
「もういい! 帰る!」
楓は、仁の言葉にそう言い放ち門を潜る。
「おい、待て!」
「待つわけ無いでしょ! 付いて来ないで!」
「同じ方向だろうが! 楓、話を聞けって!」
早足で帰る楓を仁は追いかける。
「楓ちゃん、待って!」
「二人共、待って下さい!」
その後を、真冬と鈴音が追いかける。
それを見ていた桜歌は、小さく言う。
「私のせいで……ごめんなさい」
俯いて歩く桜歌の腕を掴み、煌夜が聞く。
「柊。葛城の事は気にしなくて良い。だから……」
「ありがとう、暁月君。でも、私がいるから楓ちゃんは気を悪くする。そんなに柊家って、人から嫌われる事をしていたんだね……」
「違う! 人から嫌われる様な事なんて……!」
「ごめんなさい……やっぱり私は、場違いだった。何も知らないのに……記憶がないのに……」
桜歌は、煌夜の手を振り解きそう呟きながら門を潜る。
「今、記憶が無いって……」
「俺も聞こえた。どういう意味なんだろうな」
「桜歌……お前に、何が……」
桜が舞う並木道を、俯いて歩く桜歌の背中を、煌夜は心配そうに見つめ呟く。
その様子を学園長室から見ている人影がいる。
「……本当に良いのか? ソウハ」
「ああ……桜歌の為だ……」
藍井の言葉に、腕を組む鋭い目付きの男が言う。
「それしか方法がないとしても、俺は桜歌が苦しむ様なら参加はしない」
「それって、止めるって言う意味か?」
鋭い目付きの男に、子供の様な見た目の男が聞くと、鋭い目付きの男は「だったら何だ?」と睨む。
「怒るなよ。聞いただけだろ?」
「ハクシュウの気持ちも分かりますが、今は、桜歌様に記憶を取り戻していただかないといけません。成人の儀まで時間がありませんし……」
火の様に赤く長い髪の女が、複雑な表情を浮かべて言う。
女の言葉に、その場が静まる。
「誰もが、桜歌殿を苦しめたいと思う者はおらんじゃろう。柊家を敵視している者達以外はの……」
「……桜歌様を守る為にも、必要な事なのは分かっていますが……それでも、笑顔が消えてしまう様な事になるかもしれないと思うと……」
「辛いよな……今まで、周りと変わらない女の子として笑って暮らしていたのにさ」
「このまま笑って暮らせるのであれば、そうさせたい……だが、我々の立場からしたらそうも言えないからな」
暗い表情を浮かべる三人に、藍井が言う。
「出来るなら、桜歌にはこのまま平穏に普通の人間として生きて欲しい。だが、柊家に生まれた運命から目を背けることも出来ない」
「それならば、柊家と手を結び歩んできた我々が桜歌殿を支え命を守る術や知識を教えるのもまた運命というものじゃ。これ以上、柊家に悲しみが生まれない為にも……」
静かに語るように話すのは、これが普段の口調なのか紳士らしさが消えた学園長の夕立。それに違和感なく藍井や側にいる風海、そして三人はその言葉に頷く。
「そうですわね。私達が暗い顔をしていたら桜歌様に心配されてしまいます」
「だな。何かその光景が目に浮かぶなぁ~」
「あいつは、自分の事より他人思いだからな……誰に対しても」
「それが桜歌の弱点であり、強みだから」
藍井達は、優しく微笑む。
「ホホホ、心は決まったようじゃな……」
「はい。僕も、微力ながら桜歌様の力になりたいです」
「それは、わしもじゃ。桜歌殿を人として好いているからのぉ」
藍井達の姿を見ていた夕立と風海は、藍井達と同じく桜歌の幸せを願い決意する。
そこに佇む一人の男がいた。
男は和服姿で、ブツブツと独り言を言っている。
「見付ケタ……コレデ、ア奴ノ一族ハ終ワル……」
ニヤリと笑みを浮かべる男は闇夜に姿を消し、辺りには男の不気味な笑い声だけが暫く聞こえていた。
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澄んだ蒼い空が広がる、爽やかな春の日。
とある林の中を、珍しい桜色の髪を揺らす少女が地図を片手に歩いている。
彼女の名は「柊桜歌」。この春から高校生となり通う学校へと向かっている途中なのだが、どうやら桜歌は道に迷っている様で持っている地図と目の前に広がる景色を見比べて困った表情を浮かべている。
「道……間違ってないよね……」
桜歌が通う予定の学校は「妖木学園」といい、この綺麗な桜並木道を真っ直ぐに行くとある学舎。だが、桜歌はこの学園に来たことがなければ、学校の名も知らない。そんな状態で学園への入学を決めた桜歌は、学園から貰った地図を頼りに歩いていた。
その地図には、桜歌の家から学園までの道のりが描かれているのだが、林に入った後の道のりには「この先、真っ直ぐ」とだけ書かれているだけで、目印になる様な物や言葉が地図には無く、目の前に広がっている景色に至っては見渡す限り桜の木。桜歌はそれに不安を感じながらも、貰った地図を信じある道を真っ直ぐに進む。すると次第に視界が開け、桜歌の前に大きく立派な門が現れた。
門の上には「妖木学園」と書かれた木の看板がある。
「この先に、学園が……」
地図には、門を潜ると直ぐに校舎や校庭があるとは描かれているけど「暫く歩く」といった説明はない。だが、門の回りには囲いが無く、門の先がどうなっているのか見ることが出来るのだが、門の先には校舎や校庭がある様には見えない。
「門は必ず潜る……」
地図に印された門の所に「必ず潜る」と小さく書かれている。
桜歌はその指示に従って、門を潜る。
「……え」
門を抜けると、そこには木造の城の様な見た目の校舎と運動場の様な校庭が幾つもある。
「何してるんだ?」
目の前に広がる景色に圧倒され立ち尽くす桜歌に、茶髪の男子が背後から声をかける。
それに驚いた桜歌は振り向くと、茶髪の男子の横にいる黒髪の男子が驚いた表情を浮かべ呟く。
「……さくら」
黒髪の男子の反応に、茶髪の男子が「知り合いか?」と聞くが、黒髪の男子は少しだけ笑みを浮かべ「いや、何でもない」と答える。
「そうか……それで、お前はこんな所で立ち止まって何してたんだ?」
「え、えーと。本当に、ここが妖木学園なのかなって……」
「ん? 来る前の門にそう書いてただろ? 見てないのか?」
「それは、見ましたけど……何か、普通と違うなって……」
そう桜歌が答えると、茶髪の男子は当然の様に答える。
「そりゃあ、一般には知られていないからな。普通の学校とは違うのは当たり前だろ?」
「それって、どういう……」
桜歌が詳しく話を聞こうとした時、校内放送が流れた。
『生徒の呼び出しをします。柊桜歌さん。至急学園長室まで来てください。繰り返します……』
放送を耳にした生徒達は足を止める。
「さっき、柊って言ったよね?」
「うん。柊家は滅んだって聞いていたけど、違ったんだね……」
そんな事を他の生徒達は口にしながら、再び校舎へ向かう。
「柊って、あの柊だよな?」
「多分な……どうかしたか?」
桜歌が青ざめているのに気付いた黒髪の男子が、声をかけると桜歌は慌てて顔を上げる。
「あ、あの! い、色々ありがとうございます! そ、その、また後で!」
「おい!」
桜歌は猛スピードで校舎に向かって走って行く。
「急に、どうしたんだ?」
「……さぁな」
二人は、急に走り出した桜歌の後ろ姿を暫く眺めていた。
慌てて校舎に入った桜歌は、事務室を見付け声をかける。
「あ、あの! 学園長室は何処にありますか?」
「学園長室ですか?」
受付の窓から顔を出した女は、目的も言わずに学園長室の場所を聞いたせいなのか桜歌を怪しむ目で聞き返す。
「そ、その、さっき放送で呼ばれ……」
「柊桜歌様ですね? 学園長室には私が案内いたします」
桜歌の言葉を遮るように、横から背が高く執事の様な格好をした青年が言う。
「あ、あの……」
「柊様、こちらへ」
「は、はい!」
青年はある場所に向かって歩き、その後を桜歌は付いていく。
階段を上り、三階の一番端にある「学園長室」と書かれた扉の前に桜歌と青年は立つ。
「ここが、学園長室です。柊様をお連れいたしました」
扉を二回ノックし、声をかける青年。
「入りなさい」
中から返事が返ってくると、青年は扉を開け桜歌に中に入るように合図する。
それに頷き、恐る恐る中に入る桜歌。
「し、失礼します……」
「お待ちしておりましたよ、柊桜歌さん」
学園長室にいたのは、黒髪で「叔父様」と言って良い程、品のある男。
「そんなに緊張なさらず、お座り下さい」
「は、はい……」
緊張する桜歌に、そっと声をかけ青年は男の傍に立つ。
桜歌は、男と向き合う形でソファーに座る。
「改めまして、私が学園長の夕立愁と言います。こちらは、私の秘書を勤めている風海君だ」
「ひ、柊桜歌です。そ、それで、私を呼んだのは……」
「貴女には、まだこの学園についてお話していませんでしたからね。入学式の前に話しておこうと思い呼んだのです」
「柊様には、学園の入学許可のお知らせはいたしましたが、学園の事は何も告げていませんでしたから」
「そ、その。この学園は普通の学校とは違うって……」
「おや。誰かに聞かれたのですか?」
「門で会った人に……でも、詳しくは聞いていません……」
「そうでしたか。では、何が違うのか詳しくお話しいたします」
夕立は学園の事を話し始めた。
妖木学園は、学ぶ授業そのものが普通の高校と異なる。ここで学ぶモノは普通の人には見えない存在『アヤカシ』に関すること。そして、悩みを抱えるアヤカシやそれに苦しむ人達を救う『怪師』と呼ばれる人材を育てる学舎。
「アヤカシ、怪師……私は、今までアヤカシなんて……」
「そうなのかも知れませんが、貴女には怪師となるべき素質、そしてそれに必要な力があると判断しました」
「私にそんな力は……」
「まだ、自分の力に気付いていないだけです。この学園で学べば自ずと自覚するはずです」
夕立は優しい目を向ける。
「私は……」
「学園長、そろそろお時間です」
風海が夕立に耳打ちをすると、夕立は残念そうに「もう、そんな時間か」と呟く。
「すまないが、そろそろ入学式の準備をしなくてはけないのでね。詳しい話しはまた後程……」
「あ、あの!」
夕立は「学園生活を楽しんで下さい」と一言言うと、学園長室から出て行く。
「心配なさらずとも、柊様なら学園にも直ぐに慣れますよ」
「で、でも!」
「それでは、教室へご案内いたします」
「は、い……」
風海は、半ば強引に桜歌を学園長室から連れ出す。
桜歌が通う教室へ向かう途中、桜歌はずっと下を向き黙っていた。それを気にしてか、風海はそっと声をかける。
「申し訳ありません……」
「え?」
「先ほど、柊様は何かを伝えようとしていたのに、それを遮るような形になってしまって……」
「……学園長が忙しい立場の人だって事は分かっているので、仕方の無いことだとは思っています。だけど……」
言葉の続きを言わない桜歌に、風海が言う。
「学園の事は、ほぼ知らない状態ですし不安になりますよね。自分では特別な力や素質というモノが本当にあるのか分からない状態なら尚更、不安になりますし怖いと思うのは当然だと思います」
「風海さん……」
「ですが、柊様。私も学園長と同じく柊様は何も心配することはないと確信しております。学園の事やこれからの生活に不安に思うのは今だけだと……」
風海は桜歌の目を真っ直ぐに見て話す。
「私は、学園から案内状が届いたから入学を決めただけで……」
「柊様。学園は何の力も持たない方に案内状は送りません」
妖木学園には、学園が入学を許可した生徒、成績や行いを見て必要な人材だと判断された生徒のみが通うことが許されている。その証拠に、学園には特殊な「結界」が張られており許可を得ている生徒や関係者であれば門を潜り学園内に入る事が出来る。だが、許可を得ていない者や学園から出入りの許可を得ていないもしくは剥奪された生徒は門を潜ったとしても学園内に入る事は出来ず、林の外へと出されてしまう。その為、学園の認知度は限られた者にしかいない。
「学園に入る為には、学園内を覆う結界を無効にする物が必要になります。生徒であれば生徒手帳がそうです」
「生徒手帳? 私はまだ貰っていないのに、どうして学園に……」
「それは、学園の案内状に結界を無効にする術が施されているからです。案内しておきながら、学園に入る事が出来ないのは問題ですので」
「た、確かに……」
「他にも、学園には様々規則等がありますが、普通に生活していれば退学を迫られる事はありません」
「た、退学を迫られることがあるんですか!?」
「はい。昨年も十数名の生徒に宣告が出されました。どの生徒も、授業の成績は勿論ですが行い部分で目に余る行動が目立ちましたので」
「行いって、生活態度の事ですよね?」
風海は首を横に振る。
「いえ、学園での生活態度は勿論ですが、学園外での行いの方です。ここは、アヤカシを学ぶ場所です。ですが、アヤカシを意味もなく消したり、一方的に害がある存在だと考え行動するのはどんな事情であっても許されないことなのです」
「それが原因で、退学……」
「はい。アヤカシとて人と変わらず生きている物達です。命を奪うような行いは決して許されません。アヤカシ側にも、そうした理由が少なからずあります。怪師とは、その小さき事にも目や耳を傾けアヤカシに寄り添い、アヤカシの力から人を守る事が仕事です」
「それを学ぶ学園だからこそ、それに反した行動や言動は一番、許されない事……」
「そういうことです。学園が求めている事を理解していれば、退学など本来はあるはずがないのです」
少し哀しそうな顔をする風海。
「あの。やっぱり、アヤカシが見える人達が通っているんですよね?」
「ええ。幼い頃からお見えになっている方や家系で強く力を受け継いでいる方もいらっしゃいます」
「家系?」
学園に通う生徒の殆んどに、怪師をやっている親や親族がいる。その影響を濃く受け継いでいる人が学園に入学する決意をし入試を受ける。
一括りに怪師と言っても、それぞれの家系によって持つ力も考え方も違う。全ての家系がアヤカシに親身に接する訳ではなく、アヤカシ嫌いの家系も存在する。これは、先代に当たる怪師達がそう考え子孫に言い伝えているのが原因の一つでもある。この学園には、そんな多種多様の考えや力を持つ家系で生まれ育った人達が各地から集まっている。
「各地からって、全国からってことですか!?」
「はい。怪師専門の学園はこの学舎しか存在しておりませんので、自然と各地から入学希望の方が集まります。ですが……」
一校しかない怪師専門の学園ということもあり、入試の倍率は高い。
怪師という特殊な仕事をしている人は、無知の人なら「数少ない」と思うかもしれないが、怪師という者は表向きに活動する人はいない。その為、人知れずに今でも活動している怪師が多く、代々「怪師」として活動している家系も全国に多く存在している。その家に生まれた人達が家を継ぐためにこの学園に通う事を強く希望する。だが、学舎の場所は無限ではないから、入学希望の人達を全員受け入れる事は出来ない。入試で合格の印が押される人数は、入試を受けた人数の約半分以下になる。
「合格出来なかった人達は……」
「残念ですが、普通の高校へ通われるか、来年の入試を受ける方がいます」
「入試は何度も受けられるんですね」
「年齢制限はありませんが、成人を過ぎた方は在籍しておりません。恐らく、成人を迎えた事もあり、怪師の事を学ばれるのを諦めているのだと……」
入試の合格基準は、大きく分けて二つ。
ある程度の「知識」を知り、その意味や生い立ち等をどれだけ理解しているか。特殊な力を兼ね備えているアヤカシを相手に動じない「心」と「能力」がどれだけ備わっているか。この二つを評価した上で順位を決め、上位百人が入試に合格し学園に通う事が許される。
「百人……でも、私は入試なんて……」
「はい、受けられていません。ですが、柊様は、学園長が認める素質を持っていた為、入試を受けていなくても学園への入学が許可されたのです」
「それって、私が入学を決めたから学園に通えない人がいるってことですか?」
入試を受けていない桜歌は、本来百位に選ばれていたはずの人が「入学が出来なかった」のではと気にするが、それに風海はにこやかに答える。
「いえ、入試の結果で百名は例年通り入学しております。柊様も含め新入生は百一名なので、柊様がその様にご心配をする必要はありません」
「そう、なんですか……良かった」
桜歌は、風海の話を聞いて胸を撫で下ろす。
「話し込んでしまいましたね。では、教室へ行きましょう」
「は、はい」
学園は三年制で、各学年四組ある。
組分けは一年毎に変わり、「星」「月」「明」「陰」の組に分けられ、一組二十五名で構成されている。組分けは、一年間の成績の総合で決まるのだが、新入生の場合は入試の成績で決められている。つまり、入試を受けていない桜歌はその成績を判断する事が出来ない為、いくら学園長が桜歌を学園に呼んだとしても組分けは公平に行われ、判断が無能に近い桜歌は「陰」の組になるのが自然だ。
「ふ、風海さん。教室、間違ってませんか?」
組分けの話を聞きながら、教室に着いた桜歌は自分が通う組に戸惑う。
風海が案内する教室は、入試成績上位二十五名が選ばれる星組。つまり、桜歌の成績は極めて優秀だと判断された事を指す。
「いえ、間違っておりません。柊様は、間違いなく星組です。渡し忘れておりましたが、こちらが生徒手帳です。こちらにも学年と組等が細かく記載されております」
「ほ、本当に星組になってる……」
「不安な事は多いと思います。慣れない事も初めて知る事も。ですが、この組になった意味も、学園が入学許可を出した本当の理由も分かるはずです……」
風海は目の前の教室の戸を開け、桜歌の背を軽く押しながら囁く。
「桜歌様、どうか早く思い出して下さい……」
その言葉に桜歌が振り返ると、そこには風海の姿はない。
「風海さん?」
「お前、何してんだ?」
桜歌が消えた風海を探して辺りを見回していると、教室から顔を出す生徒が、そんな桜歌に声をかける。
「門で会った……」
「同じクラスだったんだな……何かあったのか?」
桜歌に声をかけて来たのは、門の前で会ったあの二人の男子。
「その……教室まで案内してくれた人がいつの間にか居なくなってて……」
「探してたのか?」
「うん……お礼が言いたかったんだけど」
「そうか。また、会えると思うし、その時に話せば良い」
「そう、だね」
黒髪の男子生徒の言葉に、桜歌は笑みを浮かべ教室の中へ入る。
「そういえば、まだ名前言ってなかったよな? 俺は暁月煌夜。よろしく」
「俺は綾瀬仁。先に言っておくけど、俺はまだ成長期だからな!」
「う、うん……」
仁は桜歌に念を押す。
「ま~た、そんな自己紹介して」
紫の長い髪を後ろで一本に束ねた女子生徒が声をかける。
「またって何だよ! 俺にとっては重要な……」
「あ~はい、はい。 ごめんね。仁の事は気にしなくて良いから。あ、私は葛城楓。こっちが……」
楓は、隣にいる薄い灰色でふわふわとした髪の女子を見ると、その女子は小さな声で言う。
「と、兎木屋真冬……です」
「真冬は少し人見知りなんだ。慣れると普通に話してくれるから、仲良くして欲しい」
そう言って真冬の傍に、白銀の髪の男子が立つ。
「それは、私のセリフです。こちらこそ、よろしくお願いします……え~と」
「俺は保月影虎だ。真冬達とは、小学校からの付き合い」
「そうなの! だから、皆仲が良いんだね」
「それが皆じゃないんだよね~」
桜歌の言葉に、困った顔で楓が言う。
「え~と。仲が悪い人もいる、の?」
「あ~、そういう意味じゃなくて。もう一人、幼馴染みがいるんだけど、道に迷っているみたいでまだ学園についていなくてさ」
「さっき、連絡したからもう少しで来ると思うが……」
煌夜がそう呟くと同時に「ま、間に合いました」と言いながら教室の中に入って来た女子に、煌夜達は振り返る。
「あ! 噂をすれば! あの子が、もう一人の幼馴染み、スズネだよ」
教室に入って来た女子は、黒く長い髪でお嬢様の様な話し方をする。
「道、迷わなかったか?」
「はい。煌夜さんのお陰です。ありがとうございます」
「入学式に遅刻とか最悪だからな~」
「あの、そちらの方は?」
漸く桜歌の存在に気付いた女子が聞く。
「さっき自己紹介してたんだ。同じ組だからさ」
「そうなんですね! 私は、雪野鈴音と言います。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる鈴音に、桜歌は慌てて言う。
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
「それで? 君の名前は?」
楓の言葉に、桜歌は答える。
「そういえば、まだ……私は、柊桜歌。今日からよろしくね」
笑顔でそう話すと、教室内が静まり返る。
「さっき、柊って言った?」
「そうだけど……え……」
桜歌に向ける生徒達の視線が冷たい。
「あの放送って、聞き間違いじゃなかったんだ……」
「しかもこのクラスって……僕達、呪われるんじゃ」
「この瞬間にも、呪われてたりして!」
生徒達は、桜歌を見ながらそんな事をコソコソと口々に言う。そして、疑う様な目で楓が聞く。
「ねぇ、柊さんは鈴音に何かしようとしてるんじゃないよね?」
「ど、どういうこと……?」
「柊家は、雪野家を苦しめる存在なの。その姓を持つ貴女が雪野家に生まれた鈴音に何かするんじゃないかって。親から何か言われたりしてないの!」
「そ、そんなの私は知らない! 柊なんて何処にでもある名字だし……両親の事なんて…… 」
親の事を口にして桜歌は口を噤む。
三年前の春。
桜歌は、今暮らしているアパートで目が覚めた。だが、桜歌は名前と年齢は覚えていたが、それ以外のこと、今までどんな暮らしをしてきたのか、両親は誰なのか……それら全ての記憶を失っていた。最初の頃は、記憶が無いことを気にしていた桜歌だったが、不思議と私生活には何の影響も無く、月日が経つにつれ気にならなくなっていった。そして、桜歌はその事を誰かに話す事もしなかった為、周りの人がそれに触れる事も無かった。
「柊?」
その事を思い出した桜歌は何も言えなくなった。
「何してんだ? 席に着け」
そこに、青い髪の男が教室に入って来る。
男の声に生徒達は一斉に自分の席に着き、桜歌も俯いたまま、空いている窓側の後ろの席に座った。その様子に男はどこか辛そうな目で見ていた。
「えー。今日から一年間、お前達の担任を任せられた藍井龍だ。担当科目は実践と力学だ」
藍井は、軽く自己紹介を済ませ「廊下に並べ」と指示を出すと、生徒達はそれに返事をし席を立つ。
生徒達が廊下に出ると、他の組の生徒達も廊下に並んでいる。桜歌は、さっきの事もあり少し怯えている様に身を縮め下を見ながら並ぶ。
二時間程の入学式を終え、生徒達は自分の組に戻り、特組の生徒達は藍井が来るまで話をしている。
「やっと終わったぁ~」
「他と違うって思ったのにさ。話、普通に長いし……」
終わった入学式に文句を言う仁。
「飽きるって……いくら特殊な学校でも、大事なとこは同じだろ。儀式みたいなものだしな」
「それは分かってるけどさ……普通に飽きるだろ!」
「余計疲れるから、この話は止めよう」
仁と影虎の会話に、疲れ切った顔で楓が言うと、影虎は呆れた様に小さくため息をつく。
「入学式も無事終わりましたね」
「う、うん。き、緊張してきたよ……」
「本格的に怪師の事を学ぶのですから、緊張しますよ。私も、とてもドキドキしています」
仁達と少し離れた廊下側の席で、真冬と鈴音が話をしている。
「鈴音ちゃんも、緊張してるの?」
「もちろんです。新しい学園生活が始まるのですから、緊張はしますよ」
「そ、そうなんだ。わ、私だけ緊張してるのかなって思ってたから……良かったぁ」
鈴音の言葉に、真冬は安心した様な表情を浮かべる。
こんな風に生徒達が話をしている中、桜歌だけはずっと俯いていた。
「……柊、大丈夫か?」
「!」
隣の席に座る煌夜が、桜歌にそっと声をかける。
桜歌はそれに驚いた様に体を身構える。
「だ、大丈夫……」
俯いたまま小さく答える桜歌に、煌夜は少し視線を逸らす。その表情は何処か、辛そうに見える。
そして、再度、桜歌の方に視線を戻し煌夜は言う。
「葛城が言ったこと、気にしているのか?」
「……」
「……気にしない訳がないよな……悪い」
桜歌の反応に、煌夜はまた視線を逸らす。
「柊は、悪い人なの?」
「俺が知っている柊の人達は皆、良い人達だ。周りが言っている事は、ただの噂だと思ってる」
「噂……でも、皆が知っている噂なら本当なのかもしれない」
そう呟く桜歌に、煌夜は答える。
「それはない。柊家は他人を守り、アヤカシに対しても親身に接する一族だ。だから、噂自体、それを良く思っていない人が流したものだと思う」
「どうして、そこまで言い切れるの?」
桜歌が聞くと、煌夜は優しく微笑んで答える。
「知っているから。どれだけ人を想い、アヤカシに愛され慕われているかを。だから、柊が気にすることはないんだ」
その言葉に、桜歌の表情がほんの少し和らぐ。
だが、周りの視線は変わらず冷ややかに桜歌を見ている。
ガラガラーー。
その時、藍井がプリントを手に入ってくる。
生徒達は一斉に話を止め、席に着く。
「ホームルームを始めるぞ? と言っても、特に話すことはない。よって、これに答えた者から順番に帰って良い」
藍井は持ってきた用紙を一枚、ヒラヒラさせながら言うとその用紙を生徒達に配る。
「自己紹介かよ……」
「先生、本当に書き終わったら帰って良いんですか?」
「ああ、俺に提出したら帰って良い。答えたくない項目がある場合は、空欄でも構わない。書けるところだけ書いてくれれば良い」
藍井はそう話すと、用紙が渡った生徒から手を動かしていく。
用紙に書かれている質問は「名前」や「生年月日」は勿論だが、「能力」や「家系」、そして「家族構成」などといったものもあり、怪師の家の生まれの者なら誰でも答えられるものばかりだが、桜歌は名前と生年月日を書くとその手が止める。
答えられる項目が全くなく、桜歌は用紙とにらめっこの状態のまま時間が過ぎていく。その間にも、周りの生徒達は書き終え、藍井に提出し一人、また一人と教室から出て行く。
「煌夜、終わったか?」
「ああ。そっちは、出したのか?」
桜歌の隣の席に座る煌夜に、書き終えた用紙を提出した仁達が集まって来る。
「まぁな。早く提出して帰ろうぜぇ。他の奴らはとっくに帰ってるし」
「俺達が最後みたいだな……いや、まだ一人いたな」
「柊さん……」
影虎は用紙を見つめているだけの桜歌に目を向ける。
「柊、どうしたんだ?」
煌夜の声に、桜歌の体は跳ねる。
「な、何でも……ない、よ」
ぎこちない笑みを浮かべる桜歌に、仁が桜歌の用紙を覗く。
「まだ、何も書いてないじゃねぇか」
「配られてから大分時間経ってんのに? まさか、柊家は周りに教えられない事が多いから答えられないとか?」
「楓、そんな言い方ないだろ? 柊にだって事情ってもんが……」
「だからって、全部答えられないのはおかしいでしょ? やっぱり柊家は信用できない」
楓は「関わるのも嫌だ」と言うように、冷めた態度をとる。
桜歌は、楓の言葉と態度に視線を下ろす。
「何してるんだ? 書き終えたら提出して早く帰れ」
「俺は書き終えているんですが、柊がまだ……」
ダルそうに声をかける藍井に、煌夜が答える。
藍井は、桜歌の机の上にある真っ白な用紙を見ると俯く桜歌に聞く。
「柊、書けないのか?」
「……い、え……書け、ます」
「柊、俺は答えられないなら無理に答えなくて良いと言ったはずだ。だから、何も答えられないのなら、それでも構わないんだ」
「で、でも……皆は、書けているのに、私だけ……」
他の生徒達は全ての質問に答えていると思ってる桜歌は、自分だけ何も書かないのは可笑しいと適当に何か書こうとする。だが、ペンを手にするも何も書けず桜歌は手にしたペンをまた置いてしまう。
「……書けていないのは、柊だけじゃない。名前と生年月日以外、何も書かずに出した生徒は柊以外に二人いる。だから、気にすることはない」
「うそだ! 全く書けない人が他にいる訳……」
「この学園には、怪師の家系に生まれた生徒ばかりが通っているわけじゃない。学園長や俺達教師が認めた奴もいる、怪師の家系でもない奴が自分の能力など分かる訳がないだろ?」
藍井の言葉に、楓は言い返すことが出来ず黙る。
「そういう事だから、これは回収するぞ?」
「あ……」
藍井は、桜歌の用紙を手に取る。
その次いでに、書き終えた煌夜の用紙も受け取る。
「ほら、もう帰れ」
「……はい」
半ば強制に教室から出された桜歌達は、校内から外へ出るまでの間、一言も話さず校舎を出る。
あの門の前に来た桜歌は足を止める。
「柊?」
それに気付いた煌夜は名前を呼ぶ。
「どうしたんだ? 忘れ物か?」
煌夜の言葉に、仁がそう聞くと桜歌は俯いたまま顔を横に振る。
「……私……」
桜歌は何かを言おうとするが、その続きを口に出せない。
「もう、何なのよ! こっちは、あんたと一緒にいることが嫌なの。話があるなら、早くしてくれない?」
楓は、藍井との事もあるのか分かりやすく苛立ちを見せる。その態度に、桜歌は黙り込む。
「楓、いい加減にしろよ。柊家の事は噂程度には知っているけどさ、柊がお前に何かしたわけじゃないだろ? それなのに柊の事を分かった風に決めつけて、すげぇ感じ悪いぞ?」
仁が楓の態度にそう言うと、楓は言い返す。
「何よ! 柊家がどんな一族か知らないわけじゃないよね? それなのに、柊家の人を庇うの?」
「庇うって……確かに、柊家の話は怪師の家柄なら誰でも知っている事だよ。けど、本当の事は俺達は知らないだろ? 周りの大人が話しているのを聞いただけで、実際に柊家の誰かと話したりそれを見たりしたわけじゃねぇじゃん。それなのに、聞いたことを鵜呑みにして、柊も同じだって決め付けるのは可笑しいって言ってんだよ、俺は!」
返す仁の口調も苛立ちが見える。
「もういい! 帰る!」
楓は、仁の言葉にそう言い放ち門を潜る。
「おい、待て!」
「待つわけ無いでしょ! 付いて来ないで!」
「同じ方向だろうが! 楓、話を聞けって!」
早足で帰る楓を仁は追いかける。
「楓ちゃん、待って!」
「二人共、待って下さい!」
その後を、真冬と鈴音が追いかける。
それを見ていた桜歌は、小さく言う。
「私のせいで……ごめんなさい」
俯いて歩く桜歌の腕を掴み、煌夜が聞く。
「柊。葛城の事は気にしなくて良い。だから……」
「ありがとう、暁月君。でも、私がいるから楓ちゃんは気を悪くする。そんなに柊家って、人から嫌われる事をしていたんだね……」
「違う! 人から嫌われる様な事なんて……!」
「ごめんなさい……やっぱり私は、場違いだった。何も知らないのに……記憶がないのに……」
桜歌は、煌夜の手を振り解きそう呟きながら門を潜る。
「今、記憶が無いって……」
「俺も聞こえた。どういう意味なんだろうな」
「桜歌……お前に、何が……」
桜が舞う並木道を、俯いて歩く桜歌の背中を、煌夜は心配そうに見つめ呟く。
その様子を学園長室から見ている人影がいる。
「……本当に良いのか? ソウハ」
「ああ……桜歌の為だ……」
藍井の言葉に、腕を組む鋭い目付きの男が言う。
「それしか方法がないとしても、俺は桜歌が苦しむ様なら参加はしない」
「それって、止めるって言う意味か?」
鋭い目付きの男に、子供の様な見た目の男が聞くと、鋭い目付きの男は「だったら何だ?」と睨む。
「怒るなよ。聞いただけだろ?」
「ハクシュウの気持ちも分かりますが、今は、桜歌様に記憶を取り戻していただかないといけません。成人の儀まで時間がありませんし……」
火の様に赤く長い髪の女が、複雑な表情を浮かべて言う。
女の言葉に、その場が静まる。
「誰もが、桜歌殿を苦しめたいと思う者はおらんじゃろう。柊家を敵視している者達以外はの……」
「……桜歌様を守る為にも、必要な事なのは分かっていますが……それでも、笑顔が消えてしまう様な事になるかもしれないと思うと……」
「辛いよな……今まで、周りと変わらない女の子として笑って暮らしていたのにさ」
「このまま笑って暮らせるのであれば、そうさせたい……だが、我々の立場からしたらそうも言えないからな」
暗い表情を浮かべる三人に、藍井が言う。
「出来るなら、桜歌にはこのまま平穏に普通の人間として生きて欲しい。だが、柊家に生まれた運命から目を背けることも出来ない」
「それならば、柊家と手を結び歩んできた我々が桜歌殿を支え命を守る術や知識を教えるのもまた運命というものじゃ。これ以上、柊家に悲しみが生まれない為にも……」
静かに語るように話すのは、これが普段の口調なのか紳士らしさが消えた学園長の夕立。それに違和感なく藍井や側にいる風海、そして三人はその言葉に頷く。
「そうですわね。私達が暗い顔をしていたら桜歌様に心配されてしまいます」
「だな。何かその光景が目に浮かぶなぁ~」
「あいつは、自分の事より他人思いだからな……誰に対しても」
「それが桜歌の弱点であり、強みだから」
藍井達は、優しく微笑む。
「ホホホ、心は決まったようじゃな……」
「はい。僕も、微力ながら桜歌様の力になりたいです」
「それは、わしもじゃ。桜歌殿を人として好いているからのぉ」
藍井達の姿を見ていた夕立と風海は、藍井達と同じく桜歌の幸せを願い決意する。
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