陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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六十八、杉野清飛

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 あまり雪が降らない地域の電車は、いざ降るとすぐに運休になってしまう。漸く雪の降る心配が無くなったことを嬉しく思いつつ中学三年生になる四月を迎えた。そうは言っても電車にはあまり乗らないので、困ることなんてそうそう無かったのだけど。
 自転車を暫く漕いで住宅街を抜けると、辺りは田園風景となる。春休み中、大翔が友達の家に遊びに行き、美恵子さんや仁さんが仕事に行く日は自転車を漕いでこの場所に来ていた。四月になったとは言えまだ寒い日があり、マフラーを巻いて駅の駐輪場に自転車を置いてその付近のベンチに腰掛けた。そして、持ってきた本を読んだり、まだ田植えもしていないただっ広い景色をぼんやりと眺めたりして、一人静かに一日を過ごした。

 祖父が倒れたあの日以降、祖父母の家からは足が遠のいていた。元々暫く行くのは控えようとは思っていたが、それよりも気持ちの落ち込みようが酷く行くことができなくなった。
 もう、大切な人を作りたく無かった。「大切な人が亡くなってしまう」それを考えることが俺にとって耐え難い恐怖となっていた。そもそも俺よりも、祖父母の方が先に亡くなってしまう可能性の方が遥かに高く、いずれその時がくるのだとしても考えるだけで可笑しくなりそうだった。でも、それなら尚更傍にいて支えてあげるべきなのではないかという思いも勿論ある。あの日も、祖母が帰ってきた時に祖父がいた部屋を必ず訪れたかと言われれば、そうとは限らない。むしろ、普段はそうしないことの方が多く、俺がパニックになって助けを求めたから来てくれたのだ。また同じことが無いとは言い切れないし、祖母もそうなるかもしれない。頭では分かっているのに、自分の感情を優先してしまうほどやはり薄情者なのだと自分自身に呆れてしまい、苦しくなった。
 ただ、家にいても完全に気を休めることはできなかった。違和感と共に感じていた寂しさが強くなったこと、そして祖父母同様に大切な人を作りたく無いという思いで家族と一緒にいることがより辛くなってしまっていた。家族はみんな優しいのに、辛く思ってしまうことが申し訳なくて、誰に話しても悲しませてしまうことが明らかで、せめて不安に思っていることを知られないようにしないと、一人になれる方法を探すようになった。そして、この田園風景を見つけた。

 母と一緒に住んでいた時、時々祖父母の家を訪れる時、電車に乗っていると田んぼが広がっていたことをふと思い出した。その時はまだ二月で、運良く雪も降っておらず友達の家に行くと嘘を吐いて電車に乗った。冬の田園なんて稲も無く、景色も寂しいだけだったが自分を不安にさせる物が何も無い空間に俺はただホッとして、そのまま暫くベンチに座って目の前の光景を眺めていた。励ましになるようなことは何も無くても、この場所いれは家族を悲しませることも、恐怖に襲われることもない。そう思って、雪の降ってない日はここに来るようになった。最初は電車を使っていたが、お金をあまり使いたくなくて自転車で来るようになった。



 「清飛も受験生ね。どこか行きたい高校ってあるの?」

晩ごはんを食べ終えて、ソファで本を読んでいると美恵子さんにそう聞かれた。大翔はお風呂に入っていて、仁さんはダイニングでワインを美恵子さんはぶどうジュースを飲んでいた。

「え?」

そんなこと考えていなかった俺は、どう返答しようかと暫し黙り込んだ。

(高校……。)

電車やバスなどを利用しないて行ける高校だと、この辺りでは一校しか無い。故に俺の通っている中学校からは殆どの生徒がその高校に進学するので、俺もそうしようかという思いが頭に浮かんだ。しかし、同時に自分の中でやけに冷めた考えが浮かび、無意識のうちに別の答えが口から出ていた。

「高校、行かなくていいかな」
「え?」
「別に、義務教育じゃないし。俺家出て働くよ」

俺の言葉にポカンとする二人の顔が見えた。美恵子さんだけでは無く、仁さんもそのような表情になったのが、可笑しいはずなのに笑えなかった。

「え、あんた何言ってるの?義務教育じゃ無くたって高校は行くべきよ」
「別に良いよ。三年間で何か変わるなんて思えないし、そのお金は大翔に使って」
「なんだ、お金の心配してるの?大丈夫よ!清飛が心配する必要は無いわ」

違う。いや、違わないけど、お金が一番の理由では無い。
 生きるのか辛いんだ。もういない人の過去の姿に囚われ、大切な人がいなくなる恐怖に怯えて……目の前の人のことを全然考えていない自分に嫌になってしまう。優しさも温もりも不安の材料になってしまって、結局善意を無碍にしてしまう。そんな奴の為に、これ以上何かしてもらう価値があるなんて思えないし、無駄になってしまうなら高校なんて行かない方が良い。それなら少しでも働いて、一人で生きて、家にお金を入れた方が家族にとっては一番良いはずだ。

「だけど、別に学びたいことも無いし。そんなに変わらないって」
「あのね、高卒と中卒じゃ世間の目も待遇も大分変わるのよ。清飛は頭良いんだし、色々調べてみたら」
「あんまりもう勉強したく無いんだって。その日その日で生きていけたら十分だよ」
「今はそうかもしれないけど将来的に苦労するだろうし、清飛のそんな姿見たくないわ。ね、だからもう少し考えましょ」

普段よりも冷たい口調で言っているつもりだったのに、根気強く美恵子さんは諭そうとしてくる。仁さんの表情も特に変わることは無く、ただ静かに俺と美恵子さんのやりとりを見守っていた。怒って突き放してくれないだろうかと思っていたが、全然そうならなくて内心焦った俺はつい口走ってしまった。

「お母さんがいたら、こんなにしつこく言われなかったのに」

すぐに、自分が何を言ってしまったのかを理解してはっとした。美恵子さんは呆然とした表情を浮かべた後、悲しそうに顔を歪めた。
 言ってはいけないことだった。美恵子さんの表情に頭が真っ白になった。

「ごめ……ごめんなさい……!」
「清飛」
「ごめんなさい!そんなこと思ってない!ごめんなさい!」

傷つけてしまった。悲しませてしまった。それは俺が一番したく無い事だった。みんな優しくて、温かくて、大好きなのに、俺の子供じみた言動で悲しませてしまった。。
 最低だ、心の底からそう思った。
 嫌われても良いと思った。むしろ嫌われてしまいたい。もう悲しませることも、傷つけることもないだろうから。
 しかし、

「清飛、大丈夫」

頭上から低い声がして、仁さんに抱きしめられた。驚いたが、みんなと同じ柔軟剤の香りがすると気付いて緊張は無くなった。安心しかけたところで、(ダメだ、嫌われなくちゃ……。)と思って腕の中から出ようとしたが、腕の力は強く出られなかったので諦めた。

「大丈夫」

あやすように、背中をポンポンと叩かれる。それ以上仁さんは何も言わず、また、美恵子さんも何も言わなかった。暫くして、大翔が「どうしたのー?」と髪を拭きながら現れたことで抱擁は解かれ、「お風呂入っておいで」仁さんに頭を撫でられて、俺は逃げるように浴室に向かった。

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