陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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六十五、杉野清飛

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 「ホットケーキだー!」

 大翔とゲームをしていると美恵子さんがホットケーキを焼いてくれた。美恵子さんはお菓子作りが趣味なようで、カップケーキやクッキーなど、暇を見つけてはよく作っていた。

(ホットケーキ……お母さんと食べた時以来だ。)

大小様々で色んな形のホットケーキを各自思い思いに食べる、昔のことを思い出して懐かしい気持ちになった。ピーナッツバターで食べたいなとダイニングの机の上を見た時、あ、とそのことに気付いた。

(蜂蜜とメープルシロップ……。)

机の上にはお皿にのったホットケーキと、蜂蜜とメープルシロップが入った瓶しか置いていなかった。ジャムやピーナッツバターは無く、綺麗な丸い形のホットケーキがそこにはあった。

(そっか、これが一般的か。)

自分の思い出の中ですっかりそうだと思い込んでいたが、読んでいた漫画や本の中でも使われていたのは蜂蜜やメープルシロップだった。そこに疑問は抱いておらず、普通はそうなんだなとしか思っていなかったのに、いざ目の前にその光景があると違和感を覚えてしまった。

(まあでも、甘い物好きだし。絶対美味しいし。)

美恵子さんが作ってくれたホットケーキが嫌な訳が無かった。できたてだし、手作りだし、綺麗な丸いホットケーキはバターも染み込んいで見た目にも美しい。見ているとお腹が空いてきて、早く食べたいと思い大翔の隣に座った。ただほんの少しだけ、寂しくなっただけだった。

 その他にも、何かある度に母との違いを見つけるようになってしまった。今まで気にも留めていなかったことも意識するようになってしまって、そんな自分に戸惑い、自己嫌悪に陥った。ホットケーキだけでは無く、母の作る料理は主食がハンバーグで副菜が筑前煮とか、麻婆豆腐にタコのマリネとか一食の中に和洋中が入り乱れていることに対し、美恵子さんの作る料理は和食なら和食ときっちりと分けられていた。
 また、母は部屋のインテリアも少々派手な物を好んだ。テーブルは黒でカーペットは赤、カーテンは黄色みたいに色だけで見てもまとまりのない空間が広がっていたし、不思議な小物もアパートの中にいくつかあった。この家に来た時、玄関にあるモアイ像のモモタを見て「お母さんと趣味が似てるのかな」と思ったが、家の中は柔らかな色合いでまとめられていて驚いたこともあった。
 料理についても部屋についても、不満など持っていなかった。料理はなんでも美味しかったし、部屋は落ち着いた空間で好きだった。一般的に見ても、杉野家での生活の方が理想的であると多くの人が言うと思う。
 ただ、一度「違和感」と思い始めてしまうと心がきゅっと摘まれるような感覚に陥った。一つ違和感を目の当たりにする度に母がもういない寂しさ、そして付随するように当時の悲しさが湧き上がって来て暗い世界に一人取り残されたような孤独感に襲われた。

(こんな子供じみた考え、誰にも話せない……。)

こんなこと思っては駄目だ、美恵子さんの優しさも無碍にしてしまっている。自分がとんだ薄情ものに思えて、どうにか感情を消化しようと何も考えずに済むように読書に没頭し自分の意識を消すようにした。
 ただ、一度だけ友達に話したことがある。少しだけ人に聞いてほしいと思っていたのと、軽い調子の奴だったから深刻にせずに聞き流してくれると思ったからだった。実際に深刻にはならなかった。しかし、笑いながら

「良い生活してるのに贅沢な悩みだなー」

と言われて、すぐに「それよりも母ちゃんが面倒くさくてさー」という彼の愚痴に移行してしまった。もしかしたら伝え方が悪かったのかもしれない。「良くしてくれていると理解しているから、素直に受け取れないのが辛い」のだと、上手く伝えられなかった。しかし、贅沢な悩みというのは腑に落ちてしまったからやはり誰かに聞かせるようなものではないのだと思い、どうにか落とし所をつけながら騙し騙し日々を送っていった。




 「おばあちゃん、だだいま」
「あら、清飛くんおかえり。今日も来てくれたのね」

冬休みが終わった中学校二年生の三学期、俺は学校終わりに祖父母の家によく立ち寄るようになった。学校から杉野家に帰る時、途中で一本道を逸れると祖父母の家があり立ち寄りやすかった。祖母は炬燵で暖まりながらテレビを見ており、湯呑みの中は空になっていた。

「お茶淹れようか?」
「ありがとう、お願いしようかしら」

祖母にお茶を淹れるついでに、祖父にも淹れる。祖母に渡す時「棚の中のお饅頭食べて良いよ」と言われたので、お茶とお饅頭を持って祖父のいる部屋に向かった。
 ドアをノックして声をかける。

「おじいちゃん、入ってもいい?」
「おお」

部屋に入ると、本棚が二つ並ぶ部屋の奥で座布団に座って本を読んでいた。祖父の趣味も読書で、一日中この部屋から出ないことも多かった。祖父の近くにお茶を置くと何も言わずに飲んだ。本に集中してる祖父は声をかけたら返事はするが、それ以外は何も言わずに読書に没頭している(本を読み終わって「お茶ありがとう」と言われる)。
 最近、家にいることに少し疲れてしまっていた俺は祖父母の家を避難場所のように思っていた。母と美恵子さんの親だし、祖母ももちろん似ているのだが瓜二つという訳ではないので寂しくなることは無かったし、ずっと本が読めるのも嬉しかった。
 本棚から本を拝借し、祖父の隣に座布団を置く。ページを開くと、俺もまた時間を忘れて読書に没頭した。
 そうしているといつの間にか夜になっていて、家に帰る日もあれば休日の前は祖父母の家に泊まることもあった。



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