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六十三、杉野清飛
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「三年二組の杉野です……あ、滝野先生。……はい、熱が出て休みたくて……食べ物?大丈夫です。……はい、失礼します」
(やらかしたな……。)
電話を切ってベッドに倒れ込む。昨夜床で寝てしまったからか、朝目が覚めると倦怠感があって嫌な予感がした。熱を計ると「37.8℃」と表示され、休むことに決めて学校に電話をかけた。
学校に連絡すると運良く滝野が出てくれたので(保護者からの連絡じゃないと怪しまれるかもしれいないと思ったから)休むことを伝えると、食べる物があるかと気遣う言葉をかけてくれた。ケリーが作ってくれた料理はまだあるから、大丈夫だと答えると、それ以上は何も言われなかった。
(怠ってたな、色々と。)
食事をあまりとらず、眠りも浅く、体がずっと怠かったのに加えて床で寝るなんて愚行を働いてしまった。自身の体調管理を怠っていた自分の責任である。
「今日は大人しくしていよう……」
幸い今日は金曜日だし、明日と明後日は休みだ。あとで今日のバイトを休む連絡をしようと、何気なく視線を脇に向けるとテーブルの上に置いたテテの皿が目に入った。
昔の夢ーー初めて祖父母に会った時の夢を見たのは久しぶりだった。あの日以降、お正月には毎年帰っていたし、母も頼れる存在ができて安心したのか明るかった性格は更に賑やかな性格となって、反面俺は冷静になっていった。母の様子に時折呆れることはあっても、全て良い方向に転がっていたと思う。お母さんが亡くなるまでは。
視線を天井に向ける。電気はつけていない。目を閉じて、お母さんがいなくなった後の、杉野家で暮らし始めた時のことを思い返した。
母が亡くなってから三ヶ月が経った。俺は杉野家に引っ越し、もう一年も通わない小学校に転校した。転入の手続きが終わっても、暫く休んでいたので新しい学校に慣れる前に夏休みになり、遊ぶ友達もいないまま一人でぼんやりとした日々を送っていた。元々、前の学校にも友達はあまりいなかったが、いるにはいた。だけど、母が亡くなってすぐの俺の精神状態は不安定で、挨拶もしないまま別れることとなった。会いに行けば会えるのかもしれないが、きっともう会うことはないと思う。
美恵子さんと祖父母も、俺があまり他者と交流をもたないことについては何も言わなかった。三ヶ月とはいえ母が亡くなってすぐだったし、気を遣ってくれているのだと思う。美恵子さんは、
「小学校生活は残り少ないし、中学校は三校分の小学生が集結するんだから、その時までは焦らなくていいんじゃない?」
とあっけらかんと言った。そんなことで大丈夫なのだろうかと思ったけど、塞ぎ込んでいた俺にとってはありがたかった。
夏休み中、家で一人で過ごしたり、祖父母の家に行ったり、保育園が休みの日に大翔と遊んだりして過ごした。急に引き取ったのに、温かく迎え入れてくれて日々の不安なんて感じないほど、快適な生活を送らせてくれた。
しかし、一つだけ気がかりなことはあった。美恵子さんの旦那さんの仁さんのことだ。ほとんど喋らなくて、表情もあまり変わらない。背もとても高いし、母と二人暮らしで男の人が身近にいる生活を送ってこなかった俺は、緊張してしまって少し避けていた。できるだけ視界に入らないように生活していたけど、仁さんは何も言わなかったので更にどうしたら良いのかわからなかった。美恵子さんからは、
「仁が少し不安になってたわよー。清飛に嫌われてるかもって」
と皿洗いを手伝っている時に言われて、少し距離を詰めようとしても、どうしても萎縮してしまって上手くいかなかった。
ある日、リビングで一人テレビを見ていた。バラエティの再放送で出演者達が何を笑っているのかも分からないままぼんやりと見ていると、うとうとし始めてテレビを消した。
部屋に戻ろうかと思ったが、少し寝たら眠気も醒めるだろうと目を閉じた。気付くと、体にブランケットがかけられていた。
(美恵子さんかな?)
思っていたよりもしっかり眠っていたようだ。しかし、時計を見るとまだ十四時で、美恵子さんがパートから帰ってくるまであと一時間あった。じゃあ誰がかけてくれたのだろうと不思議に思っていると、台所からカチャリという音が聞こえてきて振り返った。
「あ……おかえりなさい……」
「ただいま」
そこにいたのは仁さんで、台所で何かしていた。恐らくコーヒーを作っているのだと思う。ホテルマンの仁さんはシフトがばらばらで、偶然でくわしたようだ。
(部屋、行こうかな。でも、そんなあからさまに避けるようなこと……。)
急に二人っきりになり、どうしようか悶々と考えていると突然「……プリン」と低い声が聞こえてきた。
「え?」
「プリン、食べる?」
聞き間違いか、聞き返すと紛れもなくプリンと言っていた。頭の中が(?)で埋め尽くされる。
(「プリン食べる?」俺に言った?)
返答に困り、思わず仁さんをじっと見ていると透明な容器に入ったプリンを二つ両手に持って見せてくれた。
「あ、食べます」
「分かった」
食べなきゃいけない状況のように思ったのと、甘い物が食べたいという欲が出て、ついそう答えた。
(やらかしたな……。)
電話を切ってベッドに倒れ込む。昨夜床で寝てしまったからか、朝目が覚めると倦怠感があって嫌な予感がした。熱を計ると「37.8℃」と表示され、休むことに決めて学校に電話をかけた。
学校に連絡すると運良く滝野が出てくれたので(保護者からの連絡じゃないと怪しまれるかもしれいないと思ったから)休むことを伝えると、食べる物があるかと気遣う言葉をかけてくれた。ケリーが作ってくれた料理はまだあるから、大丈夫だと答えると、それ以上は何も言われなかった。
(怠ってたな、色々と。)
食事をあまりとらず、眠りも浅く、体がずっと怠かったのに加えて床で寝るなんて愚行を働いてしまった。自身の体調管理を怠っていた自分の責任である。
「今日は大人しくしていよう……」
幸い今日は金曜日だし、明日と明後日は休みだ。あとで今日のバイトを休む連絡をしようと、何気なく視線を脇に向けるとテーブルの上に置いたテテの皿が目に入った。
昔の夢ーー初めて祖父母に会った時の夢を見たのは久しぶりだった。あの日以降、お正月には毎年帰っていたし、母も頼れる存在ができて安心したのか明るかった性格は更に賑やかな性格となって、反面俺は冷静になっていった。母の様子に時折呆れることはあっても、全て良い方向に転がっていたと思う。お母さんが亡くなるまでは。
視線を天井に向ける。電気はつけていない。目を閉じて、お母さんがいなくなった後の、杉野家で暮らし始めた時のことを思い返した。
母が亡くなってから三ヶ月が経った。俺は杉野家に引っ越し、もう一年も通わない小学校に転校した。転入の手続きが終わっても、暫く休んでいたので新しい学校に慣れる前に夏休みになり、遊ぶ友達もいないまま一人でぼんやりとした日々を送っていた。元々、前の学校にも友達はあまりいなかったが、いるにはいた。だけど、母が亡くなってすぐの俺の精神状態は不安定で、挨拶もしないまま別れることとなった。会いに行けば会えるのかもしれないが、きっともう会うことはないと思う。
美恵子さんと祖父母も、俺があまり他者と交流をもたないことについては何も言わなかった。三ヶ月とはいえ母が亡くなってすぐだったし、気を遣ってくれているのだと思う。美恵子さんは、
「小学校生活は残り少ないし、中学校は三校分の小学生が集結するんだから、その時までは焦らなくていいんじゃない?」
とあっけらかんと言った。そんなことで大丈夫なのだろうかと思ったけど、塞ぎ込んでいた俺にとってはありがたかった。
夏休み中、家で一人で過ごしたり、祖父母の家に行ったり、保育園が休みの日に大翔と遊んだりして過ごした。急に引き取ったのに、温かく迎え入れてくれて日々の不安なんて感じないほど、快適な生活を送らせてくれた。
しかし、一つだけ気がかりなことはあった。美恵子さんの旦那さんの仁さんのことだ。ほとんど喋らなくて、表情もあまり変わらない。背もとても高いし、母と二人暮らしで男の人が身近にいる生活を送ってこなかった俺は、緊張してしまって少し避けていた。できるだけ視界に入らないように生活していたけど、仁さんは何も言わなかったので更にどうしたら良いのかわからなかった。美恵子さんからは、
「仁が少し不安になってたわよー。清飛に嫌われてるかもって」
と皿洗いを手伝っている時に言われて、少し距離を詰めようとしても、どうしても萎縮してしまって上手くいかなかった。
ある日、リビングで一人テレビを見ていた。バラエティの再放送で出演者達が何を笑っているのかも分からないままぼんやりと見ていると、うとうとし始めてテレビを消した。
部屋に戻ろうかと思ったが、少し寝たら眠気も醒めるだろうと目を閉じた。気付くと、体にブランケットがかけられていた。
(美恵子さんかな?)
思っていたよりもしっかり眠っていたようだ。しかし、時計を見るとまだ十四時で、美恵子さんがパートから帰ってくるまであと一時間あった。じゃあ誰がかけてくれたのだろうと不思議に思っていると、台所からカチャリという音が聞こえてきて振り返った。
「あ……おかえりなさい……」
「ただいま」
そこにいたのは仁さんで、台所で何かしていた。恐らくコーヒーを作っているのだと思う。ホテルマンの仁さんはシフトがばらばらで、偶然でくわしたようだ。
(部屋、行こうかな。でも、そんなあからさまに避けるようなこと……。)
急に二人っきりになり、どうしようか悶々と考えていると突然「……プリン」と低い声が聞こえてきた。
「え?」
「プリン、食べる?」
聞き間違いか、聞き返すと紛れもなくプリンと言っていた。頭の中が(?)で埋め尽くされる。
(「プリン食べる?」俺に言った?)
返答に困り、思わず仁さんをじっと見ていると透明な容器に入ったプリンを二つ両手に持って見せてくれた。
「あ、食べます」
「分かった」
食べなきゃいけない状況のように思ったのと、甘い物が食べたいという欲が出て、ついそう答えた。
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