陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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お別れまでの日々

五十、

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 教師って大変だなと、当たり前のことを改めて思った。色んな生徒の相手をして、担任になるとその生徒の未来の一助となる役割も担わなきゃいけないし、俺みたいな奴に根気強く接しなきゃいけない。しかも一人ではなく、同時に何人も。

(やっぱ、早めに決めた方がいいのか。)

前向きとかではなくあくまでも、滝野の負担を軽くする為に遠ざけていた悩みに目を向けようと思った。
 


 「お疲れ様です」
「おお、遅かったね。忙しかったかい?」
「また呼び止められて、すみません」
「いいのいいの、三年生ともなると色々大変だろうしね」

ほこほことした笑みを浮かべる店長に出迎えられる。岡本書店に来る時間がいつもより三十分ほど遅くなってしまったが、いつものように大らかで怒っている様子は無かった。

「杉野くん、少し落ち着いたように見えるね」
「え?」
「昨日上の空だったから心配しとったんだ。なかなか本調子という訳ではないようだが、昨日よりかは落ち着いているように見えるよ」
「……はい、心配かけました」

そういえば昨日のバイトの記憶もあまりないと、今になって思う。一日の中でも店長と顔を合わせる時間は短いが、期間でいうともう二年もここでお世話になっているし様子が違うと心配されるのも無理は無い。しかもここ最近は、母の命日のこともあり落ち込んでいる日もあった。その日を穏やかに過ごせたことで、もう大丈夫だと思っていたところだったが、昨日ケリーが帰ってしまうことを思い出し動揺していたことで、余計に気にされたのだろう。今は一応心の整理はついているし、落ち着いてると言われるのもわかる。

「もう大丈夫です」

 これ以上、心配をかける訳にはいかないと思ってそう言った。店長の優しさに甘えないように、いちいち感情を表に出さないようにしようと。
 それに、ケリーとの別れの日を意識したその翌日に「落ち着いてる」と言われて少しホッとする気持ちがあった。そのように見えているのなら、もうこれ以上落ちることはないかもしれない。

(寂しさはあるけど、大丈夫なのかもしれない。)

 一ヶ月前の日常に戻るだけなのだ。二年間送っていた日々に戻るだけ。それなのに何故、あれほどまで動揺して寂しくなっていたのだろうと今更自分が馬鹿らしくなった。
 心が軽くなったような気がして、体の力が抜けた。頭の中の霧が晴れたような気分にもなった。


 それはきっと「諦め」によるものだと、その時の俺は気付かなかった。軽くなった心と対照的に、胸の中に巣食う息苦しさは見ないようにしていた。



 
 「ぴゃー!!」
「おかえり、清飛!」
「ただいま。テテ、ケリー」

玄関までテテが出迎えてくれた。いつものことで嬉しくてホッとした。テテを見てると癒されるし、ケリーがいると安心感に満たされる。温かい空間だが、これが無くなるのは仕方のないことなのだと自分を納得させた。

(お別れの日までは、ケリーとテテに甘えよう。)

 残された日を穏やかに過ごそうという思いは変わらない。だが、甘えるのはこれが最後にしようと決めた。
 
 (清水にも滝野にも甘えないようにちゃんと自分のことは決めよう。結局、大学行くことになるから美恵子さん達に負担がかかるのは否めないけどそれが望みなのならそうしよう。その代わり、来年からはもっとしっかりバイトして、せめて一人暮らしのお金は自分で賄えるようにしよう。滝野との話で気づいたが、奨学金という手もある。負担をかけることばかり気にしていたが、減らせることもできるはずだ。)

 「清飛?どうしたの?」

ケリーが顔を覗き込んでくる。心配そうな表情だ。

「いや、なんでもない。今日の晩ごはんなに?」
「そっか……肉じゃがにした!カレー作った時の材料余ってて」

何か言いたげなケリーに気付かないふりをして、「嬉しい、肉じゃが」と口元に笑みを浮かべた。ベッドを背に座り込むと、膝の上にのってきたテテの背中を優しく撫でた。



 それから、ケリーと暮らし始めてからの変わり映えのない日常を過ごした。アパートにいる間はケリーとテテに甘え、外に出ると心に蓋をするように周囲の人と接して余計な心配をかけないように努めた。清水がずっと何か言いたそうにしていたが、昼休憩は平田がいるしその話題に触れることがないまま時が流れた。しかし、気にかけてくれていた清水に何も伝えないのも悪い気がしたし、俺のことで気を揉んでほしくなくて大会前の金曜日、移動教室の際に廊下で、

「もう大丈夫。心配かけてごめん」

と一言だけ伝えた。僅かに驚いた顔の清水を置いて、先に教室に向かった。言い逃げのようなってしまったが、深刻さは出さないように軽い感じで言ったので懸念材料が減ってくれてたら良いと身勝手かもしれないがそう思った。
 土曜日はバイトで、岡本書店で一日を過ごした。本を棚に並べ終えたあとは読書に没頭して時間を忘れ、その日を終えた。

 そして、日曜日。明日の夜にケリーとテテは帰っていく。一日一緒に過ごせるのはこの日が最後だった。
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