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忘れていたこと
四十二、
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(もしかしたらまた、旅行に来るかもしれないし。)
今生の別れという訳では無い。吸血鬼にとってこっちの世界に来ることは難しいことではないらしいし、俺からケリーに会いに行くことはできないだろうが、待っていたらまた会える機会はあるかもしれない。仲良くなったと思ってくれているかは分からないが、顔見知りになったのだから尋ねてきてくれる可能性はある。
それが人間にとっての何年後になるかは分からないけど。
無理矢理、ポジティブに考えようと意識しているといつの間にかアパートに着いていた。二、三度深呼吸して部屋の前に立つ。沈んだ顔を出さないように心を無にして、ドアを開けた。
「ぴゃー!」
「おかえりー!清飛!」
「ただいま」
いつものようにテテとケリーは出迎えてくれた。そして、部屋に充満する美味しそうな香り。今日は魚かなと、その香りで想像する。見慣れたエプロン姿でケリーは言った。
「今日は鯖の味噌煮にした!先に食べる?それともシャワー浴びる?」
「あー……」
夕飯を作ってくれるようになってから、俺の帰りが遅くなってもケリーは食べるのを律儀に待っていてくれていた。それ以上待たせるのも申し訳ないし、普段だったらシャワーを浴びる前に晩ごはんを食べる。
しかし、今日はあまり空腹を感じず食欲も沸かなかった為、少しでも晩ごはんまでに時間を開けようと先にシャワーを浴びることにした。
「先にシャワー浴びる。ごめん、待ってないで食べてていいよ」
「わかった!でも、待ってるよ。一緒に食べたいし!ゆっくり入っておいで」
ケリーに頭をひと撫でされたあと、着替えを持ってシャワーに向かった。
服を脱ぎ、シャワーを浴びながら以前作ってくれた鯖の味噌煮の味を思い出す。今回、作ってくれたのは二度目だった。確か前回は一緒に暮らし始めて三日目とかだっまと思って。
俺は少し鯖が苦手だった。食べられないことはないのだが、どうしても匂いが受け付けず、その日の料理が鯖だと知って少しだけ落ち込んだ。だが、ケリーが作ってくれた物は下処理の仕方が良いのか、料理方法が良いのかは分からなかったが嫌な匂いを感じず、素直に美味しいと感じた。思わず、「こんなに美味しい鯖、初めて」と普段よりも少し上擦った声で言ってしまい、恥ずかしい思いはしたがケリーもニコニコと笑って「また作るね!」と喜んでくれた。
(約束通りまた作ってくれたんだから、しっかり食べたい。)
シャンプーを流しながらそのように思ったが、やはりなかなか食欲は沸かなかった。
「清飛、大丈夫?美味しくない?」
なかなか箸が進まない俺にケリーは心配そうに尋ねた。テテもおにぎり(塩は入ってない)を食べるのをやめ、「ぴゃ?」と不思議そうに俺を見る。案の定心配されてしまって、申し訳なく感じる。
「いや、美味しいよ」
「あんまり食べてないし、やっぱり鯖苦手だった?チャーハンとかで良かったらすぐに作れるから変えようか?」
「ごめん、大丈夫。せっかく作ってくれたんだし、食べさせて」
「うん……無理しないでね」
ケリーはそれ以上は言わず、心配そうな表情を浮かべながらも食事を続けた。テテがテーブルの上に上がって俺の手の甲に触れる。おにぎりを持っていたせいかペタペタするので、気が抜けて少し笑ってしまった。元気が無いのを察して励ましてくれようとするテテが可愛かった。
「ありがと、テテ。大丈夫だよ」
「ぴゃー」
「おにぎり美味しい?お米食べられる?」
「ぴゃー!」
テテにとって白米はお気に入りになったようだ。豆腐だったり白米だったり、日本人の食生活に合っている。
「今度、シャケほぐしたのとか入れてみようかな。塩味じゃない無塩の」
「良いと思う。色合った方がテテも食べるの楽しいだろうし」
テテのおかげでケリーの表情がふっと柔らかくなって安心した。鯖の味噌煮とごはんを口に運ぶ。柔らかい身に味噌の味がしみて、ごはんが進む。うん、美味しい。
(他にテテが食べられる味が濃く無い食べ物ってなんだろう、枝豆とか?)
おにぎりを食べるテテを見ながら思案する。枝豆を食べるテテの姿は見ていて楽しそうだ。想像すると笑いそうになる。
(苺食べてる姿とか可愛いだろうな。)
いつかテテに買ってこようと、思いついた瞬間はっとする。
ケリーがいなくなるということはテテもいなくなるということ。もうそんな日が訪れることはないと、さっきまでは分かっていた筈なのに自然とそんな考えがでてきてしまっていた。
(なんか情けない、俺。)
わかっていたはずなのに、ケリーがいなくなることを全然実感できてない自分に嫌気がした。
今生の別れという訳では無い。吸血鬼にとってこっちの世界に来ることは難しいことではないらしいし、俺からケリーに会いに行くことはできないだろうが、待っていたらまた会える機会はあるかもしれない。仲良くなったと思ってくれているかは分からないが、顔見知りになったのだから尋ねてきてくれる可能性はある。
それが人間にとっての何年後になるかは分からないけど。
無理矢理、ポジティブに考えようと意識しているといつの間にかアパートに着いていた。二、三度深呼吸して部屋の前に立つ。沈んだ顔を出さないように心を無にして、ドアを開けた。
「ぴゃー!」
「おかえりー!清飛!」
「ただいま」
いつものようにテテとケリーは出迎えてくれた。そして、部屋に充満する美味しそうな香り。今日は魚かなと、その香りで想像する。見慣れたエプロン姿でケリーは言った。
「今日は鯖の味噌煮にした!先に食べる?それともシャワー浴びる?」
「あー……」
夕飯を作ってくれるようになってから、俺の帰りが遅くなってもケリーは食べるのを律儀に待っていてくれていた。それ以上待たせるのも申し訳ないし、普段だったらシャワーを浴びる前に晩ごはんを食べる。
しかし、今日はあまり空腹を感じず食欲も沸かなかった為、少しでも晩ごはんまでに時間を開けようと先にシャワーを浴びることにした。
「先にシャワー浴びる。ごめん、待ってないで食べてていいよ」
「わかった!でも、待ってるよ。一緒に食べたいし!ゆっくり入っておいで」
ケリーに頭をひと撫でされたあと、着替えを持ってシャワーに向かった。
服を脱ぎ、シャワーを浴びながら以前作ってくれた鯖の味噌煮の味を思い出す。今回、作ってくれたのは二度目だった。確か前回は一緒に暮らし始めて三日目とかだっまと思って。
俺は少し鯖が苦手だった。食べられないことはないのだが、どうしても匂いが受け付けず、その日の料理が鯖だと知って少しだけ落ち込んだ。だが、ケリーが作ってくれた物は下処理の仕方が良いのか、料理方法が良いのかは分からなかったが嫌な匂いを感じず、素直に美味しいと感じた。思わず、「こんなに美味しい鯖、初めて」と普段よりも少し上擦った声で言ってしまい、恥ずかしい思いはしたがケリーもニコニコと笑って「また作るね!」と喜んでくれた。
(約束通りまた作ってくれたんだから、しっかり食べたい。)
シャンプーを流しながらそのように思ったが、やはりなかなか食欲は沸かなかった。
「清飛、大丈夫?美味しくない?」
なかなか箸が進まない俺にケリーは心配そうに尋ねた。テテもおにぎり(塩は入ってない)を食べるのをやめ、「ぴゃ?」と不思議そうに俺を見る。案の定心配されてしまって、申し訳なく感じる。
「いや、美味しいよ」
「あんまり食べてないし、やっぱり鯖苦手だった?チャーハンとかで良かったらすぐに作れるから変えようか?」
「ごめん、大丈夫。せっかく作ってくれたんだし、食べさせて」
「うん……無理しないでね」
ケリーはそれ以上は言わず、心配そうな表情を浮かべながらも食事を続けた。テテがテーブルの上に上がって俺の手の甲に触れる。おにぎりを持っていたせいかペタペタするので、気が抜けて少し笑ってしまった。元気が無いのを察して励ましてくれようとするテテが可愛かった。
「ありがと、テテ。大丈夫だよ」
「ぴゃー」
「おにぎり美味しい?お米食べられる?」
「ぴゃー!」
テテにとって白米はお気に入りになったようだ。豆腐だったり白米だったり、日本人の食生活に合っている。
「今度、シャケほぐしたのとか入れてみようかな。塩味じゃない無塩の」
「良いと思う。色合った方がテテも食べるの楽しいだろうし」
テテのおかげでケリーの表情がふっと柔らかくなって安心した。鯖の味噌煮とごはんを口に運ぶ。柔らかい身に味噌の味がしみて、ごはんが進む。うん、美味しい。
(他にテテが食べられる味が濃く無い食べ物ってなんだろう、枝豆とか?)
おにぎりを食べるテテを見ながら思案する。枝豆を食べるテテの姿は見ていて楽しそうだ。想像すると笑いそうになる。
(苺食べてる姿とか可愛いだろうな。)
いつかテテに買ってこようと、思いついた瞬間はっとする。
ケリーがいなくなるということはテテもいなくなるということ。もうそんな日が訪れることはないと、さっきまでは分かっていた筈なのに自然とそんな考えがでてきてしまっていた。
(なんか情けない、俺。)
わかっていたはずなのに、ケリーがいなくなることを全然実感できてない自分に嫌気がした。
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