陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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つかのま

三十七、

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 テテと一緒にビー玉で遊んでいると、部屋の中にカレーの香りが立ち込めた。今まで少し小腹がすいたかな程度だったのが、香りを感じた途端急激にお腹が空いてくるのだからカレーってすごい。お肉は俺のリクエストで鶏肉にしてもらった。

「いい香り」
「もう少し煮詰めたら出来上がるよ。テーブル拭いてくれる?テテはおもちゃ片付けて」
「うん」
「ぴゃー!」

布巾でテーブルの上を拭きながらテテを見ると、ケリーお手製のおもちゃ箱にビー玉を片付けていた。菓子箱の外側に切り絵を貼り付け、内側は型紙で仕切りを作っている立派なおもちゃ箱だ。

(こういうのって俺が寝た後にちまちま作ってたのかな?)

昼間は家事や、近所の人たちと喋ったりしてそうだし、こういう一人で黙々とする作業は夜にしていたのかもしれない。テテに見守られながら作業する光景を想像すると微笑ましかった。

 「え、お豆腐?」
「そう!お昼とか結構好んで食べてるよ」
テテの今日の晩ごはんは豆腐らしい。リスに豆腐?と思ったが、そもそもテテはリスではなかった。

「テテって他に何食べるの?」
「雑食だし、味が濃いものでなければなんでも食べるよ!カレーは無理そうだけど白米なら食べそう。だけど今日はテテが楽しみにしてたからお豆腐」

テテの前にサイコロ状に切った豆腐が置かれ、嬉しそうに目を輝かせた。果物とか木の実ばかり食べていたから豆腐で嬉しそうにするテテに違和感を覚える。

「ごはんこれくらい?多い?」
「もう少し多めで」
「え、どうしたの?お腹空いてる?」
「カレーならいくらでも食べられる」
「そっか!それならまた作るね!」

カレー皿にいつもより多めのごはんがよそわれ、湯気のたつカレーがかけられた。具材が大きくてゴロゴロしていて、美味しそう。テーブルに運んでそれぞれの場所に座った。

 「いただきます」
「いただきまーす!」
「ぴゃー!」

みんなで手を合わせた。なるほど、先程のテテの「お願い」ポーズは今のを真似たのかもしれない。

(野菜柔らかい。お肉も美味しい。)

じゃがいもも人参も形は崩れていないが、しっかりと柔らかかった。鶏肉もたくさん入っていて嬉しいし美味しい。恐らく中辛で、酸味等もなく懐かしい味わいで好みの味で嬉しかった。

「本当にカレー好きなんだね」

ケリーが笑いながら言う。

「今までで一番幸せそうな顔してる」
「そう?」
「うん。もっと早く作れば良かった」

嬉しそうにしているが、ケリーはまだカレーに手をつけていなかった。

「食べないの?」
「冷ましてる!」
「あ、そっか」

カレーはトロミがあるし、なかなか冷めないだろう。夢中になっていてケリーが熱いものが苦手なのを失念していた。作ってくれたのに先に食べているのが申し訳なく感じ、一度スプーンを置いた。

「いいよ!気にせず先に食べて!」
「うん、でも」

何気なくスマホを操作した。食事中にスマホというのも失礼かもしれないけど。
 だが、画面に表示された文字を見て俺は思考が止まった。

「今ニコットマート。あと10分で着きそう」
「え?」

清水からそのようなメッセージがきていた。ニコットマートとはここから一番近いスーパーだ。歩くと少し遠いのだが、自転車だと十分程で行くことができる。
 慌てて清水からのメッセージを遡った。

「やっぱり心配だから顔見に行っていい?無理なら返信して」

美恵子さんからのメッセージが多く、その通知は埋もれてしまっていた。

(まじか。)
思わず頭を抱える。

「え、清飛どうしたの?」
「清水が来る」
「清水くん?」
「一旦隠れて」

一度会うにしても今のこの状況はまずい。一緒に住んでるのだと清水に知られてそれが何かのタイミングで美恵子さんに伝われば怪しまれるだろう。美恵子さんは普段はあの様子だが、根は真面目な人だ。
 だが、そこから一分もしないうちにインターホンが鳴った。思わずビクリと震える。

「杉野、いる?メッセージ見た?」

ドアの向こうから清水の声がした。もう来たのか。気付いたのは今だが、ニコットマートからのメッセージは少し前に送ったものかもしれない。

 ケリーに隠れてもらえる場所は浴室しかない。だが、テーブルの上にあるカレーは隠せないし床に置いた豆腐の皿もかなり怪しい。どうするか、と頭を働かせるが、良い考えは思い浮かばない。

「ねえ、清飛。そんなに慌てなくても……」
「あ、開いてる。お邪魔しま……」

どうやら俺は鍵を締め忘れたようだった。テテに警戒されたことで疎かになっていた。ドアが開いた瞬間、清水と俺たちの目が合った。何か弁明しようと口を開きかけたその時、

「あー……ごゆっくり」

とバタンとそのドアは閉じられた。

(ごゆっくり?)

呆気にとられ、暫し考え込むがすぐに立ち上がってドアを開け清水の背中に向かって叫んだ。

「清水!誤解!戻ってきて!」

清水は恐らく何か誤解している。恋人ができたと疑っていたことと、今のごゆっくりという言葉と。俺は別にどう思われても構わないが、ケリーに迷惑がかかるのは嫌だった。
 清水は部活帰りなのか、Tシャツに短パンというラフな服装だった。俺の言葉にきょとんとしながら部屋の前に戻ってくる。

「杉野がそんなに慌ててるの初めて見た」
「気になるのはそこか」
「だって何に慌ててるのか分からないし。入ってもいい?」

呼び止めた手前、追い返すのも失礼なので仕方なく部屋の中に招き入れた。


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