9 / 87
日常に追加された
九、
しおりを挟む良いにおいがして、目が覚めた。
「あ、おはよー!」
「……おはよ」
台所スペースに立つケリーの姿に呆然とし、なんとか返事をする。
(出ていってなかった……。)
「このアパート、コンロがIHで良かったー!暑いの苦手だから火だと辛いんだよね。あ、冷蔵庫にあった卵とか野菜使ったけど大丈夫だった?」
「……大丈夫」
「ありがと!今日買い物行ってまた補充しとくね」
言いたいことは山程あるのだが、いかんせん寝起きで頭がまわらず(朝から元気だなぁ)と的外れなことを考えていた。とりあえず、しっかり目を覚そうと立ち上がる。
「歯磨く」
「はーい」
ケリーの背後を通り、浴室と一緒になっている洗面台に行き、歯を磨いていると徐々に頭が覚醒してきた。
(倒れていた男は吸血鬼で、ケリーって名前で、血を吸われて、カップ麺を食べさせて、色々と話して、本来の姿見せてもらって、また血吸われて、眠った。うん、全部覚えてる。)
そして、あろうことかまだアパートにいて料理を作っている。
頭が覚醒しても疑問が残る現状に戸惑いはしたが、結局考えても仕方ないかと思考を放棄した。
歯磨きを終えて着替えていると、ケリーがローテーブルに作った物を並べ始める。コンソメスープに目玉焼き、トースト、ほうれん草とベーコンのソテーという洋食の朝食だった。普段はせいぜいトースト一枚をかじるくらいで、品数の多い朝食に驚くが昨夜何も食べていなかったこともあり、美味しそうな見た目と香りで食欲がわく。
「よし、食べようか!苦手なものあったら貰うから無理に食べないでね」
「……うん」
それぞれが昨日座っていた場所に座り、「いただきます」と手を合わせる。湯気のたつ、温かいスープに口をつける。
(美味しい。)
じんわりと、胃の中が温まっていくのを感じる。
吸血鬼の作ったものが人間の口に合うのだろうかと少しだけ心配していたのだが、その心配は不要だった。人参と玉ねぎが入ったコンソメスープはよくある味で、だけど優しくて美味しかった。
(誰かが作ってくれるごはんなんて、いつ以来だろう。)
ケリーが作ってくれた料理はどれも美味しくて、つい箸が進んだ。殆ど食べ終えた所でふと視線を感じて顔をあげると、ごはんを食べ終えてニコニコと笑うケリーと目が合った。
「なに?」
「ん?しっかり食べてくれて良かったなって。口に合った?」
「うん、美味しい」
「ありがとう!」
(お礼を言うのはこっちだと思うんだけど。)
そう思いながら、残りの料理を食べ終えた。
朝ごはんを食べ終え、使った皿を重ねて気になっていたことを聞く。
「出て行くと思ってた。」
「やっぱり?」
俺の言葉にケリーは少し苦笑した。
「勝手に泊まってごめんよ。でも昨日話した通り満月の夜しか帰れないんだよね。よかったら暫くの間居候させてくれない?」
「ああ……そんなこと言ってたな」
昨夜色々と話していたせいですっかり頭から抜け落ちていた。確かに、今出て行っても血が吸えなくてまた倒れるかもしれないし、吸血鬼だって知られている俺の近くにいた方がケリーにとって都合がいいのだろう。
「別にいいけど」
断るのが面倒くさくてすぐに了承する。
「助かる、マジでありがとう!お世話になっている間は家事手伝うし、必要だったら家賃も払うから」
「家事はありがたいけど、金無いんだろ」
「昨夜のうちにテテに換金しに行ってもらったんだ。テテだと満月じゃなくても帰れるから」
「テテまじで賢いんだな」
伝書鳩みたいだと、ケリーの傍で毛繕いをしているテテを見ると、挨拶をするように「ぴゃー!」と鳴かれる。
「おはよ、テテ」
声をかけると、タタタと軽い足音で駆けてきて膝の上にピョコンと乗った。人差し指で撫でながらケリーに視線を向けると、優しく微笑んでいて不思議に思ったが、テテが可愛いのだろうと合点がいき、何も言わなかった。
(そういえば今何時だ?)
やけにゆっくり過ごしていたが、もういい時間じゃないだろうかとスマホの画面で確認する。予想通り、普段家を出る七時四十分と表示された。アラームをつけていなかったが、ケリーの料理のにおいでいつもの時間に起きることができて心の中で感謝する。
「学校行ってくる。朝ごはんごちそうさま」
「おう!」
俺が立ち上がるとケリーも立ち上がるので、不思議に思う。
「ケリーも出かけんの?」
「いや、俺は見送り。あとこれ作ったから昼に食べて」
「はい!」と手渡されたそれに目を見張る。
「弁当、作ったのか?」
「うん!お世話になってる間は家事手伝うって言ったでしょ」
「別にいいのに。俺普段コンビニのパンとかだし」
「それなら尚更!いる間だけでも甘えなさい!」
「甘える……」
"甘える"って?と少し考えたが、今の一人暮らしさせてもらってる状況も十分甘えている。別に今以上に甘やかされる必要なんてない。
だが、ケリーから与えられる情はなんだか心地よい。だから素直に享受することにした。
「じゃあ、まあ……行ってきます」
靴を履いて振り返ると、すぐ近くにケリーの手があった。驚く間もなく、その手は頭に置かれた。
「行ってらっしゃい!気をつけて」
頭をくしゃくしゃと撫でられ、整えた髪が崩れる。また直さなきゃいけないじゃないかと思ったが、まあいいいかと何も言わなかった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
醜い化け物に何の御用でしょうか?〜
まつおいおり
恋愛
遊び半分で魔物が出る森へと出かけた妹のマーガレットを庇い、血を主食とする魔物、吸血鬼竜の呪いに犯される主人公リフィル、鋭い牙、紅眼銀髪という悪魔じみた風貌に変化した彼女は虐待され、助けた妹にリフィルが勝手に遊び半分で森へ入ったと罪をなすり付けられ、ついには婚約者にまで見捨てられ、家から追い出される……数年の間、街から街へと放浪し、最後には田舎の街のゴミ山へと流れ着いた………放浪の旅の中、なんとか呪いを制御に成功し、自分の身を守れるようになった上に、この体は血を主食とする、なので気まぐれに魔物の依頼を受けて、血を吸って腹を満たし、後はひなたぼっこでもして過ごす事にしたリフィル………だが、吸血鬼の力を手にした彼女の噂を聞きつけたドラゴンテイマーや竜騎士、ドラゴンライダーなどが契約してパートナーになって欲しいと絡まれる日々にうんざりする彼女………ひょんなことから第四王子ハルバート・ペンドラゴンと仮契約する羽目になり、なし崩し的に貴族が通うグランフィリア学院へ入学………そこでは望まぬ再会もあった、そう元婚約者アルフレッドと妹マーガレットだ、試験で絡んできた彼女を模擬戦でボコボコにした後、王族と仮とはいえ契約者の彼女に媚を売ってくるが聞く耳を持たず一蹴、逆恨みをした彼女達が事あるごとに絡んでくるが悉く自爆…………仮契約なら自分と本契約してくれと様々な人物が迫って来るドタバタ系学園ラブコメディ。
悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
哀しい目に遭った皆と一緒にしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
ありあまるほどの、幸せを
十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。
しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。
静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。
「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。
このお話単体でも全然読めると思います!
気づいて欲しいんだけど、バレたくはない!
甘蜜 蜜華
BL
僕は、平凡で、平穏な学園生活を送って........................居たかった、でも無理だよね。だって昔の仲間が目の前にいるんだよ?そりゃぁ喋りたくて、気づいてほしくてメール送りますよね??突然失踪した族の総長として!!
※作者は豆腐メンタルです。※作者は語彙力皆無なんだなァァ!※1ヶ月は開けないようにします。※R15は保険ですが、もしかしたらR18に変わるかもしれません。
俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜
明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。
しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。
それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。
だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。
流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…?
エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか?
そして、キースの本当の気持ちは?
分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです!
※R指定は保険です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる