陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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出会い

八、

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 「そういうことなら尚更いいじゃん。元気になるだけでしょ」
「そうか、それなら……いやでも、一時的に貧血になるかもしれないし、しかも二回目だし調整はするけど吸いすぎてしまうかも……」
「大丈夫だってば。血なんてまた作られるんだし」

 「じゃあ……」と渋々といった様子で立ち上がると、一瞬ふわりと風が吹いた。窓も開けてないのにどこから?と思った時には目の前には違う男が立っていた。

 その変化はあまりにもスムーズで、驚く時間すら無かった。

 (全然違う……。)

 日本人にしては彫りの深い顔だと思ってはいたが、今の姿は西欧人のようであった。黒色の短髪はセミロングの白に近い金髪になっていて、部屋の電気を反射させてツヤツヤ輝いている。綺麗な二重瞼の中にはやはり宝石のような青い瞳あり、涼しげな……もっと言うと冷たい印象を与えた。

 変化した姿をぼーっと見ていると、ケリーの様子がふっとくだけ口元に笑みが浮かんだ。目元の印象も柔らかくなり、それを見て肩の力が抜けたのを感じ自分が少し緊張していたことを知る。

 「どう?」
姿は変わっても声はそのままだった。
「本当に年上なんだなと思いました」
「敬語やめて!」
随分雰囲気が大人っぽくなって、無意識のうちに敬語で話した結果同じ反応が返ってきたことでホッとする。

 (というか身長も変えてたのか。高くなってる…)

俺は座ってるのできちんと比べてはいないが、恐らく頭一つ分はケリーの方が高いだろう。

(イケメンな上に身長も高くて、かつ優しくて相当モテるんだろうな)

「ぴゃー!」
「え、なに?」

ケリーを見ているといきなり足元から変な音が聞こえてきて驚く。

 見ると、いつからいたのか小さな生き物がそこにいた。

「テテ、おいで」
「ぴゃー!」
「テテ?」

驚いている間に、ケリーに呼ばれた生き物は素早い動きで駆けていって、ピョンっと跳び掌の上に乗った。

「色々と俺の手伝いをしてくれるテテ。かわいいだろ」
「リス……?」
「似てるよね!」
「ぴゃー!」
 
 リスによく似たテテは、一回り大きく背中にはコウモリのような黒色の羽が生えていた。掌に乗ってからはケリーの腕の上を器用に走り、肩の上にのると頬を一舐めした。

「いつからいたんだ?」
「ずっといたよ。見えないようにしてたけど。本来の姿見せるしついでに見せちゃえって思って」
「そう。物壊したりしない?壊れて困る物もないけど」
「大丈夫。元々頭いい子だし、躾けてるから。触ってみる?」
「……うん」

 動物は嫌いでは無かったし、テテの見た目は愛くるしかった。

 ケリーが膝をついて掌を広げると、テテはその上にピョンっと跳び移った。俺がゆっくりと手を伸ばすと小さな鼻先でクンクンと嗅いだ後、じっと見つめられ一度瞬きをした。触ってもいいよと言われたように感じ、人差し指で優しく頭を撫でる。

(柔らかい……)

ふわふわとしているが、滑らかで気持ち良い。しかも、見た目はリスなのに撫でると尻尾を左右に振っていて犬みたいで可愛かった。

 「動物好き?」
「嫌いじゃない。テテ、可愛いな」
「そっか、良かった!」

 テテを褒められて嬉しそうにしているケリーに大切にしてるんだなぁと思った。

 それにしても、本来の姿になっても吸血鬼には見えない。テテのような羽でもあるのかと思ったけど無いし、歯もそんなに鋭そうではなかった。

(あ、でも黒いローブは着てる。)

 吸血鬼らしいものと言えばローブだけであった。

「飛べたりはしないの?」
「この姿では飛べないよ。飛ぶ時にはコウモリになる」
「なんか、色んな姿があるんだな」
「うん。だけどさっきの姿は日本人に模したものだったから、この姿とコウモリの姿が本来の姿だよ」
「なるほどな」

 流石にコウモリの姿は見たいとは思わなかった。

 「そっか。見せてくれてありがと。じゃあ血どうぞ」

そう言いながら立ち上がり、ベッドに向かう。一時的に貧血になるかもしれないって言ってたし、すぐに寝られるようにしておいた方がいいだろう。

 一通り質問をして、珍しい物も見ることもできて満足だった。記憶を消されるなら意味もないかもしれないけど、それでも良かった。長く話したことでそろそろ眠くなってきたから早く寝てしまいたい。

 「何度も聞くけど本当に大丈夫か?怖くないか?」
「何度も言うけど大丈夫だって。そういえば吸うのってどこからでもいいの?首からは吸わないの?」
「え、ああ。どこから吸ってもいいよ。でも肩こりとか頭痛治したかったら首からがおすすめだよ」
「それお灸じゃない?まあ、いいや。じゃあ肩こり酷いから首からでお願い」
「提案しといてあれだけど本当に怖くないんだね」

 なんとなくケリーの様子が呆れているように思える。だが、その顔は面白そうに笑っていた。もう会うことも無いだろうから、ベッドに腰掛けてその顔をじっと見ているとケリーの掌が頬に触れた。

 
 その衝撃で、思わずその手を払い除けた。驚いた表情のケリーと目が合い、少し気まずくなる。だが、思ってもいなかった出来事に心臓の音が一気に脈打ち、眠気も吹き飛んだ。

(冷たい……。)

 ケリーの手は氷のように冷たかった。吸血鬼といってもちょっと不思議な力が使えて生きるのに血が必要なだけでそれ以外は人間と同じだと認識してしまっていた。だから、体温も人と同じくらいあるのだろうと。

(そっか、これは人とは違うのか……。)

「ごめん!やっぱり怖くなった?やめとく?」
「いや、大丈夫。怖くなった訳じゃ無い」

 そう、怖くなった訳じゃないのだ。正確には、それ自体が怖い訳では無い。

「悪いが肌に直接触れないでくれないか?服の上からなら大丈夫だから」
「ああ……わかった。噛まれるのは本当に大丈夫?」
「うん」

 俺の様子に戸惑いながら、手が俺の肩に置かれる。ゆっくりとした動作で首元に顔が埋められると、手首から吸われた時のようにチクリとした痛みと血が吸われていく感覚を味わった。

(首元が空いている服で良かった。)

 能天気なことを考えていると、肩に置かれていた手が背中にまわされる。不思議に思っていると、ポンポンと幼子をあやすように優しく叩かれた。やっぱり怖がってると思っているのだろうか。

(別になんともないっての。)

 だが、気遣うようなその仕草は嫌ではなく、むしろ心地よかった。

 手首よりも長く吸われていたように思う。口元が離れていく時、また舐められてゾクリとする。

「それって、なんで舐めてるの?」
「これ?傷口塞いでるの。ほら、手首も傷ないでしょ?」
「え?本当だ……」

 そう言われて初めて手首の傷が無いことに気づいた。

(すごいなぁ。)

「貧血とか大丈夫?」
「ああー……少しフラフラするかも。もう寝る」
「うん、その方がいいね」

ベッドに横になると、ケリーが布団をかけてくれた。布団の上からポンポンと優しく体を叩かれ、子どもじゃないんだからと言おうとしたが、それよりも眠くてどうでも良くなった。

「おやすみなさい。今日は本当にありがとう。この恩は絶対に返すから」
「……そう。期待してる」

(起きた頃には覚えてないだろうけど。)

 目を閉じて、電気消し忘れたな、アラームのセット忘れたなと思ったけど、睡魔に抗うことはできずすぐに眠りに落ちた。
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