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第三章 黎明と黄昏

〇二六 「変態という名の勇者」 ※エリアス視点

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夜半過ぎ、ナナセが目を覚ました。
翌日に魔導書に詳しい人物との面会予定があったので早く床に就いていたのだ。

繋いでいた手をナナセが解いた時点で眠っていても私はすぐに気付く。
最初はトイレに行くのだろうと思い、ベッドの中から様子を窺っていた。

一瞬でも目を離すと攫われてしまう前科のある人だから、本当はトイレの中までついて行きたいが、それは以前本人によって拒否されている。
ナナセに「エリーは変態という名の勇者なのか?」と真顔で言われたときは、何を言ってるのかちょっと分からなかったが、そこで無理を通して強引にトイレへ押し入ってしまえば軽蔑されるということだけは分かった。
ナナセの信頼を裏切ることだけはしたくない。

ベッドを抜け出したナナセは、裸足のまま廊下へと続く出入り口の扉の方へ向かったので私は少し焦って飛び起きた。

「ナナセ? どこへ行くんだ?」

大股で駆け寄り、細い肩を掴んで声を掛けるとナナセはこちらを振り向いた。
しかし、若干、瞳の焦点が合っていないように感じる。

「エリー。エリーが俺を呼んでるから行かないと」
「ナナセ、私はここだ。ここにいる」
「でもまだ俺を呼んでるよ。だから俺、エリーのとこに行くんだ」

自身の言葉の矛盾に気付いていないようで、それだけ言うとナナセはまた扉のほうへ歩いて行く。
また例のトランス状態に陥っているが、今回は会話の内容はさておき受け答えがはっきりしているのが余計にまずい気がして不安を煽られる。

ちゃんとした宿泊施設に滞在しているとはいえ旅先では武器に靴や着替え、現金といった最低限の荷物をいつでも持ち運べるように枕元に置いておくのが基本だ。
私は一度ベッドまで引き返して自分とナナセの分の荷物を纏めて引っ掴み、ニスデールを肩に羽織りながら廊下へ出ると、隣室で寝ていた従僕のエミールが物音とただならぬ気配に気付いて起きてきたが、事情を説明している猶予はない。
戸締りをして部屋で待機し、明朝までに戻らなければヴェイラ王国のルートヴィヒ殿下へ連絡を取るよう指示してナナセの後を追う。

階段の手前で追いついてナナセにもニスデールを被せて靴を履かせると、これには足を止め大人しく従い「ありがとう」と礼まで言った。
話しかければ立ち止まって聞いてくれるし、形ばかりだが一応は意思の疎通ができるのだけが救いだ。

今ここで力尽くで引き留めることも可能だが、それでは問題を先延ばしにしているに過ぎず根本的な解決には至らない。
だったらナナセを好きに行動させて原因を突き止めた方がいいだろう。
私はひとまずナナセの後ろから付いて行くことにした。

こういった古城を改装したホテルでは、夜間は従業員が宿泊客に鍵を預けて帰宅してしまうところが多く、例に漏れずここも今は私たちの他は誰もいない。
ナナセはホテルを出て、迷いのない足取りでゴルゴヌーザの街を抜け暫く歩くと、やがてこの都市を囲む墻壁まで辿り着いた。
ゴルゴヌーザの建物はみな外壁が白く、道路の両側には街灯が均等に設置されているので夜でも明るい。
墻壁には小さな鉄製の扉が付いていて、閂が下ろされているが鍵などはないので街の中からなら誰でも開けることが出来る。
永遠の死の国に囲まれたこの都市の外へ出ようなんて者はいないから、この程度の戸締りで構わないのだろう。
ここまで来たということは薄々分かっていたが、ナナセが鉄扉に手を掛けようとしたところで慌てて止める。

「ナナセ! 寝惚けているのか? 起きてくれ! しっかりしろ!」
「あれ? エリー?」

両肩を掴んで前後に揺さぶりながら話しかけると、幾度目かで突然ナナセの瞳の焦点が合い、その焦げ茶色の瞳に私を映しながら、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
トランス状態から解放されたのだ。

「ナナセ……! よかった……!」

安堵して抱き締めると、ナナセはまだ混乱しているようで不思議そうにしていたが、おずおずと私の背に手を回して抱き返してくれる。

「戻ろう。夏とはいえこんな格好で出歩けば風邪を引いてしまうし、明日は約束があるだろう」

腕を解いて覗き込むと、ナナセは私を見上げてちょっと笑い、伸び上がるように私の頭に手を伸ばしてきた。

「エリー、頭に花弁が付いてるぜ? ほら……」

だがしかし、可愛らしい指が私の髪に触れたかと思うと、ナナセは驚愕に眼を見開いて私を見て、それきり言葉を失ってしまう。
釣られるようにその視線の先を追い、私も自分の頭へ手をやって、そして指先に触れたそれに私も言葉を失った。

何故なら、私の額から「ツノ」のようなものが生えていたからだ――。
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