上 下
86 / 266
第二章 魔王復活

〇〇七 林檎の花の季節は過ぎている③

しおりを挟む
それから少しお互いのことも話した。
ヒューはあの農村に住む農家の息子で十四歳だという。
魔族に強いられて俺を罠に掛けたことを何度も何度も謝られ、エリアスが俺に謝られると困った顔をするときの気持ちがよく分かった。

「あのな、ヒュー。こういうとき俺は、謝られるより『ありがとう』って言われた方が嬉しいんだ」

俺がそう言うと、ヒューは再び謝りかけたが途中で思い直して「あ、ありがとうございます」と言った。
なかなかの環境適応能力だ。

そう、環境適応能力と言えば、魔王に抱かれながら俺は、生存本能からか、無意識に何度も自分を治癒してしまっていたらしい。
これは魔王が俺の身体中に付けていたはずの鬱血痕が消えているから分かったことだが、道理で肛門括約筋が衰え知らずなわけだ。
治癒する側から贄が捧げられるんだから、まるで永久機関だな。
そんな永久機関は御免被るが。

そこでヒューが突然ピタリと動きを止めて扉の方を見たので、俺も釣られてそっちを見ると、部屋の扉が開け放たれた。

「ご機嫌いかがかな、聖者殿」

魔王だ。
両手に真っ黒なベルベットで出来たような薔薇の大きな花束を抱えていて、ついでに首から玻璃の涙壺ラクリマトリーまで提げている。
そうだよ。例の、俺の陰毛を入れてたやつだよ。
悪趣味が過ぎるだろ。

「……たった今、最悪な気分になった」
「それはよかった。俺がいない間はこの薔薇で癒されるといい。おい、そこのお前、これを後で活けておけ。それからもう下がれ」

魔王は戸惑うヒューに薔薇を預けて下がらせると、俺が身体に巻き付けていたブランケットを剥ぎ取り、鎖を掴んでベッドまで引き摺って行かれる。
容赦なく仰向けにひっくり返されたかと思うと、魔王は靴も脱がずに俺の上に乗っかってきた。
やっぱりまたそうなるわけか。

「……薔薇は嫌いだ」
「そうか、嫌いか。では、何の花が好きなんだ?」

どうやら魔王は、俺が嫌がっているところを見るのが好きらしく、指の背で頬を撫でられながら実に楽しそうに訊かれる。
それに顔を逸らしながら考えていたのは、エリアスと過ごしたブルーメンタール辺境伯領の花咲く谷のことだった。
辺境伯領はヴェイラの王都より北に位置しているため、夏が来るのが一か月ほど遅い。
俺が行った頃は、丁度林檎の花の時期で、谷あいを埋め尽くす林檎の花が、まるで吉野の桜のようで、言葉を失うほどの美しさだったのを覚えている。
エリアスは、その林檎の花で指輪を作ってくれたのだ。
俺は嬉しくて、それをドライフラワーにして硝子の小物入れにしまって大事にとってある。

「……林檎」

気付けばそう呟いていた。

「ふむ。林檎の花の季節は過ぎているな。果実の方なら用意できるが……」
「花なんていいから食事をどうにかしろよ」
「なんだ、手長海老は嫌いだったか? 寝言で手長海老と叫んでいたから、てっきり好物なのかと思って用意させたのだが」
「あれは旨かったよ。だからヒューの分も俺と同じものを用意しろって言ってんだ」
「ヒュー?」

俺の乳首を愛撫し始めた魔王は、ヒューが誰だか素で分からないし、どうでもいいという反応だ。

「お前らが脅して攫ってきた村の子だよ。あと、やることなくてつまんねえから本か何か持ってこさせろ」
「……本か。それは気付かなかったな。よかろう。食事も善処しよう。他に何か望みはないか?」

正直、裸族でいるのはつらいものがあるので、何か着るものが欲しかったが、エリアスに貰った制服を引き裂いた奴から貰った服なんて着たくないし、また破かれた服で手足を拘束されては堪ったもんじゃないから言わなかった。
だからその代わりに、魔王が絶対聞き入れられないだろう要求を言ってやる。

「今すぐ俺をエリアスのとこに帰せ」
「それは駄目だ」

機嫌を損ねた魔王に徐に唇を重ねられ、侵入してきた舌を俺は今度こそ思い切り噛んでやった。
魔王は激昂し、怒りに任せてその日は酷くされたが、優しく抱かれるよりずっと良い。
魔王なんかに気持ち良くさせれるのなんて御免だ。

大丈夫、大丈夫だ。
俺はまだ大丈夫。
男だし妊娠するわけでもないし、これくらい何てことない。
酷くされて怪我をしたって自分で治せる。
すぐにエリアスが助けに来てくれる。
それまでしっかりしないと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

愛の宮に囚われて

梅川 ノン
BL
先の大王の末子として美しく穏やかに成長した主人公の磯城(八宮)は、非常に優秀だが鷹揚な性格で権力欲はなかった。 大王の長子(後東宮)である葛城は、幼い頃より磯城に憧れ、次第にそれは抑えきれない恋心となる。 葛城の狂おしいまでの執愛ともいえる、激しい愛に磯城は抗いながらも囚われていく……。 かなり無理矢理ですが、最終的にはハッピーエンドになります。 飛鳥時代を想定とした、和風ロマンBLです。お楽しみいただければ嬉しいです。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

激レア能力の所持がバレたら監禁なので、バレないように生きたいと思います

森野いつき
BL
■BL大賞に応募中。よかったら投票お願いします。 突然異世界へ転移した20代社畜の鈴木晶馬(すずき しょうま)は、転移先でダンジョンの攻略を余儀なくされる。 戸惑いながらも、鈴木は無理ゲーダンジョンを運良く攻略し、報酬として能力をいくつか手に入れる。 しかし手に入れた能力のひとつは、世界が求めているとんでもない能力のひとつだった。 ・総愛され気味 ・誰endになるか言及できません。 ・どんでん返し系かも ・甘いえろはない(後半)

処理中です...