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第一章 聖者降臨

〇二八 穴兄弟

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これにはルートヴィヒ殿下が答えてくれた。

「転移門は移動させることも出来るが、現在は確か『イギリス』という国だと聞いている。アルビオンでは少し前に大戦があっただろう。その間、ルヴァの転移門はずっと閉鎖されていて、再び開通したのはつい数十年前なんだ。悪いがそれ以上詳しいことは分からない」
「いや充分だ。ありがとうルッツ。そっか、イギリスか……」

正直微妙。
普通そこはドイツだと思うだろ。
ここの人たちみんな名前とかドイツっぽいのに。
移動させることが出来るということはドイツから移動させた結果、イギリスになったと見るのが正解か?
大戦というのは恐らく第二次世界大戦のことだろう。
だとしたら当時のドイツは――ナチス支配下か……把握した。
情勢がキナ臭くなってきたから転移門を移動させたのか、閉鎖しているときに移動させて再開したのか、或いはもっとずっと前のことなのか、どのタイミングで何があって移動させたのかは分からないが、俺の故国が枢軸同盟側の主要国だったってことは黙っておこう。
それにアルビオンは「白」を意味する、ブリテン島の古い呼び名だしな。
転移門はきっと、あるべき場所に戻ったんだ。

でも、イギリスなら大使館あるし、自宅に連絡とって貰えばなんとかなるか。
俺嘘下手だから、事情を訊かれたら異世界行ってましたとか、転移門から入国しましたとか、真実をゲロッちゃいそうで病院送りにされないか心配だ。
そこへあの中二病の両親が来て、余計ややこしくなるのが目に浮かぶ。
脳内でぐるぐると帰宅プランをシミュレーションしていると、エリアスが心配そうに俺の手に自分の手を重ねてきた。

「そこは、ナナセの故郷から遠い地なのですか?」
「飛行機――こっちで言う飛行船みたいな乗り物で十数時間くらい、デス。ただ俺、突然こっちに来ちゃったから旅券パスポートもお金も持ってないし、どうなるかは行ってみないと分かりマセン」
「この先、何があっても私がナナセをお護りします」
「……」

なんて答えていいか分からなくて俺は曖昧に笑ってみせる。

「ああ、そういった懸念は必要ないと思うぞ。アルビオンで貿易商や両替商をしているルヴァ人もいるからな。話を通せばあちらでの協力を仰げる」
「マジか!」
「今度の夜会にも何人か来るんじゃないか? なあフリッツ」
「ああ、確かいたなそんな者も。よければ紹介しよう。向こうも聖者と交流を持てるとなれば喜ぶはずだ」

オナシャス! オナシャス!

「ということはナナセの夜会の衣装を至急仕立てさせなければな。ふふふ、余は俄然楽しみになってきたぞ」
「おいフリッツ、お前はもう今日の衣装を贈っただろうが。次こそは俺が贈る番だ」
「失礼ながら、婚約者の私を差し置いて話を進めないで頂きたい」
「お主がエスコート役なのは対外的に決定事項なのだから、それくらい我らに譲れ。ケチ臭い」
「そうだぞ。心の狭い男は嫌われるぞ。口を閉じよ。命令だ」
「なっ……! 越権行為です!」

は!?
もしかして、まんまとやられた!?
最初からそれが狙いだった!?
くっそ、これが宮廷の洗礼か……。
王侯貴族は宮廷で揉まれていて、こういった表面上で当たり障りのない会話を交わしながら、裏で高度な情報戦を繰り広げることに慣れているんだろうが、中二病ってだけで中身はただの一般人の俺には不利すぎる。後ろ盾もないしな。
ヤバイな。夜会が不安になってきた。
俺なんか、赤子の手を捻るように簡単に手玉に取られるんじゃないだろうか。

だんだん分かって来たけど、こいつらにとって俺はジャポネズリの珍しい陶磁器みたいなもんなんだな。
だから俺を貴族連中に見せびらかして自慢したいんだ。
俺の存在は謂わば、政治手腕や経済力といった力の象徴で、手元に置いておけば誇示できるのだろう。
多分そうやって承認欲求を満たしてるんだよ。
それ自体は悪いことじゃないし、とりあえず世話になってる身としては、そのくらいでいいなら我慢するが。
でも俺、遂に有機物から無機物に種族変更してない?

「ナナセよ、帰還の途につくまでは気兼ねなくこの城でゆるりと過ごすがよい」
「そうだな。いずれにせよナナセの帰郷の相談は夜会の後でないと進まないしな」

それからは俺に着せる衣装談義に花が咲き、当事者のはずの俺は放置された。
この穴兄弟ども、最初は牽制し合ってピリピリしてたくせに何時からそんなに仲良くなったんだよ。

俺は他にも、フリードリヒ陛下の暗殺未遂の件や、ヴェイラ王国の王位継承問題はどうなったのか聞きたかったんだが、三人が意図的にその話題を避けている節があったので聞けなかった。

放置されているのをこれ幸いと、俺はこれまでの情報を頭の中で整理することに専念した。
こうして知り得た情報を俺の記憶と統合して考えてみると、俺は今回の逃走劇を呑気に観光旅行か何かつもりでいたんだが、それは実はエリアスやルッツを始め、色んな人々の尽力によって守られていたものだったのだ。
アルビオンでも治安の良さでは一、二を争う日本出身の俺には、異世界の治安の悪さは現実離れしていたのと、俺自身の自己認識の甘さもあって、まるで危機管理意識を持つことが出来なかった。

よくアニメや漫画なんかに登場する、知識も思考力も想像力も持ち合わせていないくせに無駄に行動力だけはある足手纏いキャラって、俺大っ嫌いなんだけど、何時の間にか自分自身がそうなっていた事実に愕然とする。
そういうキャラが自業自得でちょっと痛い目見ても「ざまぁ」としか思わなかったけど、実際に自分がなってみると、俺の場合はみんなのお陰で特に痛い目に合わずに済んだにも拘わらず、こんな酷い気分なんだな。知らなかった。

悔しくて拳を握り締めると、ずっと俺の手の上に置かれたままだったエリアスの手がそれに気付いて優しく俺の拳を包んだ。

「放っておいてすみません。機嫌を直してください」

どうやらエリアスは俺が凹んでいるのを放置されて機嫌を損ねたのだと勘違いしたようだ。

「む、余としたことがこれは失礼した」
「すまない。少しはしゃぎ過ぎた」

高貴な方々にも謝られてしまい、俺は慌てて「朝から海老を食べ過ぎた」と言って誤魔化し、呆れられておいた。

最後に、これからは自意識過剰なくらいでいろと、フリードリヒ陛下とルートヴィヒ殿下とエリアスの三人から念を押され、朝食会は幕を閉じた。
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