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act.55
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カーテンも閉めてない大きな窓から、朝日がうっすらと射し込んでくる。
その日は薄曇りだったので、目に染みるほどの日差しではなく、返ってショーンには心地よかった。
ここは地上50階を越える高層ホテルだから、別に窓の外を心配する必要はないけど。
── でも、ちょっと恥ずかしいかな・・・、やっぱり。
昨夜、その最中は二人ともカーテンのことなんてまるで気が回らなかった。
隣では、完璧に熟睡中の羽柴が、穏やかな寝息を立てている。
無精ひげの伸びた、ワイルドな顔。
でもきっと、自分にも無精ひげが生えてる。
── だって、男同士だもんね。
ショーンは羽柴の寝顔を覗き込みながら、頬杖をついてクスクスと笑った。
ショーンは、チラリとベッドサイドの時計を見た。
朝の6時。
もうすぐ『例の約束の時間』だ。
白いシーツに意味もなくゴロゴロと巻き付きながら、ショーンは耳を澄ませた。
やがて、カチャリとドアが静かに開く音がする。
明らかに足音を偲ばせていると思しき気配がして、寝室の入口の壁から、『約束』の顔がひょっこり覗いた。
「 ── 待ってた・・・」
ショーンが羽柴を起こさないように囁く。
「なんだ・・・。ちゃんと起きてたのね」
ショーンの側で蹲り、シンシアがコソコソと声を潜ませながら、そう言った。
そして彼女はスンと鼻を鳴らすと、「やだ、ちょっとにおう」と呟く。
「え・・・。ホント? 昨夜、終わってから、一応二人で木のお風呂に入ったんだよ・・・」
シンシアが顔を顰めた。
「バカねぇ。シーツ代えない限り、多少は残るわよ。ま、私はパパ達の寝室で慣れてるけど」
ショーンがさっきのシンシアへの仕返しとばかりに顔を顰めた。
「それもどうかって思うけど・・・」
「いいの。写真撮ってほしくないの?」
「あ、ごめん。撮ってほしい。撮ってください」
シンシアはクスクスと笑うと、立ち上がって窓際まで後ずさった。
昨夜、もし羽柴がホテルに来てくれたら、次の朝シンシアに写真を撮ってもらうようお願いをしていたのだ。
そう、シンシアがマックスの誕生日に贈った写真のように、究極に幸せそうな朝の風景の写真を。
羽柴が起きていたら、きっと驚いてそれどころでなくなるから、羽柴が起き出さないうちに撮影してしまおうという作戦だった。
確かに、今朝のショーンは昨夜随分夜更かしをしたというのに、肌も唇もツヤツヤで、少し上気した頬がとても愛らしい。
ボサボサに寝乱れた髪もセクシーというよりかキュートで、これ以上にない『幸せ』な顔つきをしていた。
「── そんな格好でいいの?」
レンズを覗いたシンシアが、極力声を殺して質問してくる。
ショーンは首まですっぽりとシーツにくるまり、羽柴の胸元に頭をもたげさせてる。まるで蓑虫のようだ。
「だって・・・。首から下はキスマークだらけで、ちょっと恥ずかしいよ・・・」
シンシアがレンズから顔を外し、オーバーに天井を仰ぐ。
「ハイハイ。ごちそうさま」
シンシアはそう言って、ふいに真顔になると、今度は真剣にレンズを覗き込んだ。
「彼が起きるといけないから、二回だけしかシャッター押さないからね」
「 ── うん」
カシャ、カシャ。
妙に響くシャッターの音がして、その直後シンシアは隠れるように、ショーン側のベッドサイドにしゃがみ込んだ。
幸運なことに、羽柴は「うぅん・・・」と唸るだけで起きる気配を見せない。
「ショーンの彼氏、結構肝っ玉が座ってるかもね」
なんてシンシアが囁く。
ショーンはチラリと羽柴を見て、ニッコリと微笑むと、「コウって、ぐっすり眠って、パッと目を覚ますタイプなんだ。寝起きはとてもいいよ。ルイみたいにグズグズしない」とやり返す。シンシアが唇をへの字に曲げる。そして二人でクスクスと笑い合った。
「その写真、絶対に門外不出だからね」
「分かってるわよ。現像も向こうに帰って自宅の暗室でするから、安心して。── それより、その声。何とかするのね」
「声?」
「自分で分かってないの? 酷くガラガラよ。昨日はよっぽど盛り上がったのね」
ショーンが顔を赤らめる。
「あと2、3時間もしたら、例の女性記者がここに乗り込んでくるわよ。契約を果たしに。それまでに彼を叩き起こして、送り出す事ね。何なら、リサに言っておく? Mr.wingが部屋出るまで、女性記者の侵入を絶対に阻止しろって」
ショーンはそれを聞きながら、少し眉間に皺を寄せた。
── あの、コウとコウの愛した人をけちょんけちょんに言ってた人か。
今更ながらに、ムクムクとショーンの中の腹の虫が角を生やし始める。
「── あ、ショーン、何か考えてるでしょ、今」
ショーンはシンシアを見つめ、ニコッと笑った。
羽柴がパチパチと数回瞬きすると、間近にとろけそうな笑顔を浮かべたショーンの顔があった。
「あ、起きちゃった」
ショーンがそう言って、情熱的なキスをしてくる。
「・・・んっ・・・んん・・・ぷはっ。── 朝から熱烈歓迎だな・・・」
胸の上に乗っているショーンの髪を、羽柴はグシャグシャと掻き乱す。
思えば、最初の出会いもこうしてショーンは胸の上に乗っけてたっけ。
「 ── 重い?」
ショーンがコロリと顔を横に転がしながら、訊いてくる。
「いや。平気だよ。しばらくそこでまったりするかい?」
「ん」
頷くショーンの頬を撫で、羽柴は眉間に皺を寄せた。
「── ショーン、風邪ひいたか?」
「なんで?」
「声、えらく嗄れてるぞ。しまったな・・・昨夜髪の毛ちゃんと乾かさなかったから・・・」
「そんなんじゃないよ」
本日二人目の指摘に、ショーンは再度顔を赤らめるしかない。
その表情を見て、羽柴も理由を思い当たったらしい。
「今日仕事はないな?」
「ん。帰るだけ。だから大丈夫」
羽柴が溜息を吐く。
「これから考えないといけないなぁ・・・。喉を使う仕事の前には封印だな」
「え~! そんなぁ!」
また頭をポカポカ殴られそうだったので・・・昨夜もその最中にダダを捏ねられてポカポカやられた・・・、羽柴はさり気なく話題を変えた。
「ところで、今何時?」
羽柴は、ベッドヘッドの上に置いてある腕時計を手に取った。
昨夜服を脱ぐ時に外したそれは、その最中は床に無惨にも放り出されていたが、風呂に入った後に拾っておいた。見た目は地味だが、実は結構高い時計である。
「── んん・・・7時半か・・・」
羽柴は軽く溜息を吐くと、「身体は平気か?」と訊いた。
ショーンが口を尖らせる。
「平気じゃなくなることは、してくれなかったくせに」
「そうブーたれるなって・・・」
へそを曲げるショーンの顔も可愛くて、羽柴はつい微笑んでしまう。
「コウ、目が充血してる・・・」
ショーンはそう呟いて、羽柴の睫にそっと触れてくる。羽柴は大きな欠伸をした。
「だって、なんだかんだ言って、そんなに眠れる時間なかったろ?」
昨夜は、ベッドでいたした後、汗と汚れを流しに一緒に風呂に入って・・・風呂は何と桧風呂だった!・・・、またそこで第二ラウンドを始めてしまったものだから、本当に眠れてない。
「ショーンは意外にケロッとした顔してるなぁ・・・。やっぱり若いからかね」
羽柴もお返しとばかりにショーンの長い睫を撫でながら、そう呟く。
夕べは第一・第二ラウンド併せて、6回もイッた筈のショーンだが、この回復力を見る限り、やはり若いということか。
「俺なんか、一時間しか眠ってないよ」
確かに先に目を覚ましているところを見るとそうなんだろうが、見た目にはショーンの方が生き生きしている。今更ながらに年齢差を感じる羽柴である。
「今日は何時の飛行機で帰るんだい?」
「う~んと・・・何時だっけ。4時半頃って言ってたかなぁ」
「あ、じゃぁそうすると同じ飛行機かもしれないな」
「え! ホント?!」
ショーンの顔がパッと明るくなる。その鼻を、羽柴はクッと摘んだ。
「でも、ショーンはファーストクラスだろ。俺は悪夢のエコノミーだよ。ビジネスクラス、取れなかったから・・・。搭乗ラウンジも違うし、フロアも違うから、顔を合わせることはないな」
「えぇ~・・・。そんなのヤダ・・・。コウ、ファーストクラスに来たら? 席、一つぐらい空いてるんじゃないの?」
「そんなこと言わないの。ショーンは仕事で来てるんだから、他のスタッフもいるだろ? ダダ捏ねはしないこと。どっかの我が儘なオジサンロックスターになっちゃうぞ」
そう言われ、ショーンは渋々「そうだね」と呟く。
「ねぇ、コウのこれからの予定は?」
「んん・・・。墓参りに行こうと思ってる」
「彼のお墓? 真一さんの」
「一昨日も真一のお母さんと行ったんだけどね。帰る前に、もう一度独りでと思って」
「そっか・・・」
ショーンが、羽柴の胸元に耳を押しつけながら、少し複雑な表情を浮かべる。
「ん? どうした?」
羽柴がショーンの髪を梳きながら訊くと、「ホントは一緒に連れてって、って言いたいところだけど・・・」と呟いて、再び羽柴に視線を併せる。
「まだ、ダメだね。俺がそこについていくのは、まだ早い」
「ショーン・・・・」
「でも、いつか、いつかきっと連れてってね。それと、その真一さんのお母さんにも会いたい。昨日、電話で凄く親切にしてくれたみたいだし、それに、真一さんのことももっと知りたいし」
ショーンはなぜだか、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「── 愛したいんだ。彼のことも。コウを世界一大切にしてくれた人だもん。俺も、きっと好きになると思う。好きになりたい・・・」
羽柴はたまらなくなって、ショーンをギュッと抱きしめた。
「── コウ、泣いてる・・・の?」
ショーンが不安そうな声を上げた。
「いや・・・嬉しくて。嬉しくてさ。きっと、いつか一緒に行こうな」
「うん」
「せいぜい真一にショーンを取られないよう、男を磨かなきゃなぁ」
ハハハと羽柴は笑い声を上げる。
と、その時。
「失礼しまぁす!」
突如遠くの方から、女性の声が聞こえてきた。しかも、日本語で。
羽柴は、ガバリと身体を起こす。その拍子に、ショーンがゴロゴロと横に転がった。幸い、ベッドが広かったので、転げ落ちることはなかったが。
「ハッ、ハウスキーピングかッ?!」
── こんな時間に?!
自分で言いながら、まったくそんな気になれない羽柴である。
── いや、でも、オートロックを外して入って来られるんだから・・・。
羽柴はあたふたとベッドから身を乗り出し、床に散らばっている服に手を伸ばす。
それをショーンは呑気に頬杖をつきながら眺めていた。
「おい! ショーン!! 侵入者だぞ! ストーカーかなんかか?」
慌てふためく羽柴に、ショーンは呑気な顔つきのまま、「大丈夫だって、雑誌の取材だから」と呟く。
Tシャツに腕を通しながら、羽柴は「はぁ?!」とショーンを振り返った。
「取材?! 知ってたのか?」
「うん。ま、予定より早いみたいだけど。でもカメラマンもいない二人だけの取材だから、写真撮られることもないよ」
羽柴が眉間に皺を寄せる。
「そんなのってありか? 宿泊してる部屋まで押し掛けてきて?」
そんな非常識な・・・と顔を曇らせる羽柴を余所に、ショーンは「ん~~~~~」と背伸びすると、ベッドサイドに引っかけてあるバスローブを羽織って、スタスタと寝室を出ていこうとする。
「お! おい!! ちゃんと服着ろ!! おい! ショーン!!」
「コウは、顔でも洗って髭を剃ってきなよ。俺はもう先に済ませたから」
ショーンは余裕をかましながら、寝室を出ていく。
── 素っ裸にバスローブを引っかけただけで取材に応じるなんて、どうかしてる。しかもそんな非常識な取材、相手の狙いは単なる取材だけじゃないかもしれないんだぞ!!
羽柴の頭の中がグルグル回ったが、既にリビングまで女性記者が侵入していることを考えると大声を出す訳にはいかず、羽柴はワタワタと下着に足を通した。
追いすがる羽柴をさらりと交わし、ショーンはバスローブの襟を堅く併せ、紐を前で結わえながら、リビングまで裸足で出ていった。
案の定そこには、以前ショーンが頬にキスをしてあげたファッション雑誌の女性記者が、緊張の面もちでソファーに座っていた。
年齢は羽柴とそんなに差がないように見えたが、ファッション誌の記者らしい華やかな容姿をしている。
── へぇ。コウって、前はこんな人と付き合ってたんだ・・・。
そう思いつつ、ショーンは極上の微笑みを浮かべて、彼女の前に立った。
「おはようございます」
ショーンがセクシーに掠れた声でそう声がけすると、ショーンを見上げた彼女は、ショーンのしどけない格好を見て、明らかに頬を赤く染めた。
こんなに若くてハンサムなロックスターのバスローブ姿など、滅多に拝めるモノではない。
「あら。寝る時は何もお召しにならないんですね」
『あら』の『ら』の音の後に、確実にハートマークが見えたような気がした。
取材にしては、露出度の高い服を着ている。
胸元の開いたスケスケのブラウスに、見せてもOKな赤いブラジャー、横にスリットの入った深紅のスカート。
ショーンには、あかずきんちゃんを食べようとしているオオカミのようにしか見えない。
「再度自己紹介させていただいてもいいかしら?」
形のいい胸に手を当てて、英語で言う。
前回の取材でも思ったが、なかなか流暢なジャパニーズ・イングリッシュだ。
「私は、ユカリ・イチクラって言います。どうぞユカリって呼んでください」
「OK」
ショーンは由香里の向かいに腰掛ける。
「先の取材で抜かっていた質問って、なんですか?」
「そう、そうなんです。肝心のことを訊くの忘れてて・・・」
由香里は身を前に乗り出して、こう切り出す。
「ミスター・クーパーの好みのタイプについてお伺いしたいと思いまして」
「好みのタイプ?」
「そう、好みのタイプ」
ハハハとショーンが笑うと、由香里もあわせてウフフと笑った。
「そうだなぁ・・・。── こんなプライベートな場所だから、敢えて正直に言ってもいいですか」
ちょっと大人びた、妙に色気のある笑みを浮かべるショーンに、由香里の喉がゴクリと鳴るのがアリアリと分かる。
「実は、日本人が好きなんです。しかも、僕より17歳ぐらい年上で、英語が堪能な人」
由香里の顔つきがみるみる真剣なものに変わっていく。
「── 日本人で・・・17も年上?」
ショーンが親指の爪を軽く噛む。
「ええ。それぐらい年が離れてるのが好きなんです。・・・だって、経験豊富でしょ? 何かと」
そう言って、上目遣いで由香里を見る。
マックスとリサに「それは武器だ」みたいなことを言われていたので、今日はちょっと意識的にしてみる。
由香里は、ハァと大きく息を吐き出すと、「うンもう・・・」とお色気満点で呟きながら席を立ち、ショーンの隣に腰掛けてきた。
そしてショーンのバスローブの胸元に手を沿わしながら、「私はあなたより15年上だけど・・・2年ぐらいはどうってことないわ。経験は、豊富だから・・・。どうかしら? 私と二人で朝の運動をしてみない? すっきりすると思うわよ」と明らかな色目を使ってくる。
ショーンは少し眉間に皺を寄せた。
「それって、あなたと僕が今ここでセックスするってこと?」
「あら、はっきり言うのね。もう、若いんだから・・・。でもそういうのも悪くないわ。そう、セックスしましょ。若いから、溜まってるでしょ? いろいろと・・・」
由香里の手は、どんどん上に這い上がってくる。ショーンがそのままその手を放っておくと、手は大胆にバスローブの襟元をゆっくりと開けて行った。
と、由香里が明らかにギョッとする。
そこで彼女がご対面したのは、ショーンの白い胸に花のように散らされた、熱烈なキスマークの数々だったのだ。
ショーンの身体が、するりと由香里から逃れる。
「コウ! ちょっと来て!!」
ショーンが立ち上がりざま、奥の部屋に声をかける。奥からは、「取材中だろ!!」と返事が返ってくるが、「俺が襲われてもいいの?!」と怒鳴り返すと、すぐさまバタバタと足音がしてきて、羽柴がリビングに飛び込んできた。
「取材対象を襲いに来るって、どういうモラルしてんだ!!」
飛び込んだなりそう怒鳴る羽柴の動きが、相手の姿を確認してピタリと固まった。
「── 由香里。お前何してんだ、ここで」
「こっ、耕造!!」
由香里も、あまりの衝撃に口をパクパクさせている。
羽柴は、そんな由香里の格好を頭から足の先まで眺めた。
「── お前、マジ、ショーンのこと襲いにきたのか・・・」
羽柴が、困り果てた、とでもいうように眉を八の字にする。
由香里が、カッと顔を赤らめる。
「ああああ、あなたこそ、どうしてこんなところにいるのよ!!」
由香里はそこまで言ったところで、今もショーンの胸元から覗くキスマークと羽柴を激しく見比べた。
今まで二人が日本語で怒鳴り合っているので、話している内容がイマイチ分からなかったショーンだが、由香里がショーンと羽柴の関係に気付きかけたことは雰囲気で分かった。
ショーンは羽柴の首に腕を回すと、羽柴の顎を掴み自分の方に向かせ、熱いキスを交わしたのだった。それは遠目でも舌を絡ませていると分かるほどの大胆なキスで。
由香里は、その光景に完全に顎を外した状態で、折角のモデル系美女が台無しだった。
キスを終えたショーンはペロリと自分の唇を舐めると、由香里の方を向き直って少年臭い生真面目な表情を浮かべた。
「あなたの逃した魚は、もう、ものすっっっっっごく大きい魚だから」
ショーンは両手を大きく広げ、さっきまでの妖しげな色気など、どこかに吹き飛ばし、いっそ清々しい表情を浮かべ、そう言う。
ショーンが指している『魚』が、羽柴のことを言っているのかショーンのことを言っているのか、由香里には分からなかったようだが、自分が現時点で敗北していることは十分に分かっているらしい。
キ ────!!と声を上げる由香里に、ショーンがトドメを刺す。
「あ、それから、ウソつくのはよくないですよ。それと、取材にかこつけて、襲おうってするのも」
ショーンは、二人の間にあるローテーブルの下に屈んで手を伸ばすと、ICレコーダーを取り出した。
「今の、録音させてもらったんで。今後コウや、僕を傷つけるような真似をされた場合は、これをあなたの出版社に送って厳重に抗議させてもらいます。前の取材では、エイズ撲滅についてあなたと素晴らしいデスカッションができたんですから、それを素材にいい記事を書いてくださいね。僕の好みなんていう下らない話題より、そっちの方がずっとずっと大切なことだから。── 期待してます」
ショーンは、呆然と立ち竦む由香里と固い握手を交わし、彼女の上着を肩に掛けてあげると、そのままドアまで優しくエスコートする。
由香里はまさに狐に化かされたかのような表情を浮かべ、ショーンを見上げた。
ドアを開けると、戸口にリサが控えていた。
「リサ、おはよう。これ、問題の録音したブツ。それと、こちらもお願い」
「ハイハイ」
リサがレコーダーと由香里を同時に受け取る。
「で、ショーン。あなた、どうするの? 朝食食べに行く?」
リサが訊ねると、ショーンは「んー」と少し考えて、ニコッと笑った。
「朝食はルームサービスお願いしていい? 俺はもうちょっとコウとイチャイチャする」
「 ── ハイハイ」
リサが苦笑いを浮かべ、ゆっくりとドアを閉めたのだった。
その日は薄曇りだったので、目に染みるほどの日差しではなく、返ってショーンには心地よかった。
ここは地上50階を越える高層ホテルだから、別に窓の外を心配する必要はないけど。
── でも、ちょっと恥ずかしいかな・・・、やっぱり。
昨夜、その最中は二人ともカーテンのことなんてまるで気が回らなかった。
隣では、完璧に熟睡中の羽柴が、穏やかな寝息を立てている。
無精ひげの伸びた、ワイルドな顔。
でもきっと、自分にも無精ひげが生えてる。
── だって、男同士だもんね。
ショーンは羽柴の寝顔を覗き込みながら、頬杖をついてクスクスと笑った。
ショーンは、チラリとベッドサイドの時計を見た。
朝の6時。
もうすぐ『例の約束の時間』だ。
白いシーツに意味もなくゴロゴロと巻き付きながら、ショーンは耳を澄ませた。
やがて、カチャリとドアが静かに開く音がする。
明らかに足音を偲ばせていると思しき気配がして、寝室の入口の壁から、『約束』の顔がひょっこり覗いた。
「 ── 待ってた・・・」
ショーンが羽柴を起こさないように囁く。
「なんだ・・・。ちゃんと起きてたのね」
ショーンの側で蹲り、シンシアがコソコソと声を潜ませながら、そう言った。
そして彼女はスンと鼻を鳴らすと、「やだ、ちょっとにおう」と呟く。
「え・・・。ホント? 昨夜、終わってから、一応二人で木のお風呂に入ったんだよ・・・」
シンシアが顔を顰めた。
「バカねぇ。シーツ代えない限り、多少は残るわよ。ま、私はパパ達の寝室で慣れてるけど」
ショーンがさっきのシンシアへの仕返しとばかりに顔を顰めた。
「それもどうかって思うけど・・・」
「いいの。写真撮ってほしくないの?」
「あ、ごめん。撮ってほしい。撮ってください」
シンシアはクスクスと笑うと、立ち上がって窓際まで後ずさった。
昨夜、もし羽柴がホテルに来てくれたら、次の朝シンシアに写真を撮ってもらうようお願いをしていたのだ。
そう、シンシアがマックスの誕生日に贈った写真のように、究極に幸せそうな朝の風景の写真を。
羽柴が起きていたら、きっと驚いてそれどころでなくなるから、羽柴が起き出さないうちに撮影してしまおうという作戦だった。
確かに、今朝のショーンは昨夜随分夜更かしをしたというのに、肌も唇もツヤツヤで、少し上気した頬がとても愛らしい。
ボサボサに寝乱れた髪もセクシーというよりかキュートで、これ以上にない『幸せ』な顔つきをしていた。
「── そんな格好でいいの?」
レンズを覗いたシンシアが、極力声を殺して質問してくる。
ショーンは首まですっぽりとシーツにくるまり、羽柴の胸元に頭をもたげさせてる。まるで蓑虫のようだ。
「だって・・・。首から下はキスマークだらけで、ちょっと恥ずかしいよ・・・」
シンシアがレンズから顔を外し、オーバーに天井を仰ぐ。
「ハイハイ。ごちそうさま」
シンシアはそう言って、ふいに真顔になると、今度は真剣にレンズを覗き込んだ。
「彼が起きるといけないから、二回だけしかシャッター押さないからね」
「 ── うん」
カシャ、カシャ。
妙に響くシャッターの音がして、その直後シンシアは隠れるように、ショーン側のベッドサイドにしゃがみ込んだ。
幸運なことに、羽柴は「うぅん・・・」と唸るだけで起きる気配を見せない。
「ショーンの彼氏、結構肝っ玉が座ってるかもね」
なんてシンシアが囁く。
ショーンはチラリと羽柴を見て、ニッコリと微笑むと、「コウって、ぐっすり眠って、パッと目を覚ますタイプなんだ。寝起きはとてもいいよ。ルイみたいにグズグズしない」とやり返す。シンシアが唇をへの字に曲げる。そして二人でクスクスと笑い合った。
「その写真、絶対に門外不出だからね」
「分かってるわよ。現像も向こうに帰って自宅の暗室でするから、安心して。── それより、その声。何とかするのね」
「声?」
「自分で分かってないの? 酷くガラガラよ。昨日はよっぽど盛り上がったのね」
ショーンが顔を赤らめる。
「あと2、3時間もしたら、例の女性記者がここに乗り込んでくるわよ。契約を果たしに。それまでに彼を叩き起こして、送り出す事ね。何なら、リサに言っておく? Mr.wingが部屋出るまで、女性記者の侵入を絶対に阻止しろって」
ショーンはそれを聞きながら、少し眉間に皺を寄せた。
── あの、コウとコウの愛した人をけちょんけちょんに言ってた人か。
今更ながらに、ムクムクとショーンの中の腹の虫が角を生やし始める。
「── あ、ショーン、何か考えてるでしょ、今」
ショーンはシンシアを見つめ、ニコッと笑った。
羽柴がパチパチと数回瞬きすると、間近にとろけそうな笑顔を浮かべたショーンの顔があった。
「あ、起きちゃった」
ショーンがそう言って、情熱的なキスをしてくる。
「・・・んっ・・・んん・・・ぷはっ。── 朝から熱烈歓迎だな・・・」
胸の上に乗っているショーンの髪を、羽柴はグシャグシャと掻き乱す。
思えば、最初の出会いもこうしてショーンは胸の上に乗っけてたっけ。
「 ── 重い?」
ショーンがコロリと顔を横に転がしながら、訊いてくる。
「いや。平気だよ。しばらくそこでまったりするかい?」
「ん」
頷くショーンの頬を撫で、羽柴は眉間に皺を寄せた。
「── ショーン、風邪ひいたか?」
「なんで?」
「声、えらく嗄れてるぞ。しまったな・・・昨夜髪の毛ちゃんと乾かさなかったから・・・」
「そんなんじゃないよ」
本日二人目の指摘に、ショーンは再度顔を赤らめるしかない。
その表情を見て、羽柴も理由を思い当たったらしい。
「今日仕事はないな?」
「ん。帰るだけ。だから大丈夫」
羽柴が溜息を吐く。
「これから考えないといけないなぁ・・・。喉を使う仕事の前には封印だな」
「え~! そんなぁ!」
また頭をポカポカ殴られそうだったので・・・昨夜もその最中にダダを捏ねられてポカポカやられた・・・、羽柴はさり気なく話題を変えた。
「ところで、今何時?」
羽柴は、ベッドヘッドの上に置いてある腕時計を手に取った。
昨夜服を脱ぐ時に外したそれは、その最中は床に無惨にも放り出されていたが、風呂に入った後に拾っておいた。見た目は地味だが、実は結構高い時計である。
「── んん・・・7時半か・・・」
羽柴は軽く溜息を吐くと、「身体は平気か?」と訊いた。
ショーンが口を尖らせる。
「平気じゃなくなることは、してくれなかったくせに」
「そうブーたれるなって・・・」
へそを曲げるショーンの顔も可愛くて、羽柴はつい微笑んでしまう。
「コウ、目が充血してる・・・」
ショーンはそう呟いて、羽柴の睫にそっと触れてくる。羽柴は大きな欠伸をした。
「だって、なんだかんだ言って、そんなに眠れる時間なかったろ?」
昨夜は、ベッドでいたした後、汗と汚れを流しに一緒に風呂に入って・・・風呂は何と桧風呂だった!・・・、またそこで第二ラウンドを始めてしまったものだから、本当に眠れてない。
「ショーンは意外にケロッとした顔してるなぁ・・・。やっぱり若いからかね」
羽柴もお返しとばかりにショーンの長い睫を撫でながら、そう呟く。
夕べは第一・第二ラウンド併せて、6回もイッた筈のショーンだが、この回復力を見る限り、やはり若いということか。
「俺なんか、一時間しか眠ってないよ」
確かに先に目を覚ましているところを見るとそうなんだろうが、見た目にはショーンの方が生き生きしている。今更ながらに年齢差を感じる羽柴である。
「今日は何時の飛行機で帰るんだい?」
「う~んと・・・何時だっけ。4時半頃って言ってたかなぁ」
「あ、じゃぁそうすると同じ飛行機かもしれないな」
「え! ホント?!」
ショーンの顔がパッと明るくなる。その鼻を、羽柴はクッと摘んだ。
「でも、ショーンはファーストクラスだろ。俺は悪夢のエコノミーだよ。ビジネスクラス、取れなかったから・・・。搭乗ラウンジも違うし、フロアも違うから、顔を合わせることはないな」
「えぇ~・・・。そんなのヤダ・・・。コウ、ファーストクラスに来たら? 席、一つぐらい空いてるんじゃないの?」
「そんなこと言わないの。ショーンは仕事で来てるんだから、他のスタッフもいるだろ? ダダ捏ねはしないこと。どっかの我が儘なオジサンロックスターになっちゃうぞ」
そう言われ、ショーンは渋々「そうだね」と呟く。
「ねぇ、コウのこれからの予定は?」
「んん・・・。墓参りに行こうと思ってる」
「彼のお墓? 真一さんの」
「一昨日も真一のお母さんと行ったんだけどね。帰る前に、もう一度独りでと思って」
「そっか・・・」
ショーンが、羽柴の胸元に耳を押しつけながら、少し複雑な表情を浮かべる。
「ん? どうした?」
羽柴がショーンの髪を梳きながら訊くと、「ホントは一緒に連れてって、って言いたいところだけど・・・」と呟いて、再び羽柴に視線を併せる。
「まだ、ダメだね。俺がそこについていくのは、まだ早い」
「ショーン・・・・」
「でも、いつか、いつかきっと連れてってね。それと、その真一さんのお母さんにも会いたい。昨日、電話で凄く親切にしてくれたみたいだし、それに、真一さんのことももっと知りたいし」
ショーンはなぜだか、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「── 愛したいんだ。彼のことも。コウを世界一大切にしてくれた人だもん。俺も、きっと好きになると思う。好きになりたい・・・」
羽柴はたまらなくなって、ショーンをギュッと抱きしめた。
「── コウ、泣いてる・・・の?」
ショーンが不安そうな声を上げた。
「いや・・・嬉しくて。嬉しくてさ。きっと、いつか一緒に行こうな」
「うん」
「せいぜい真一にショーンを取られないよう、男を磨かなきゃなぁ」
ハハハと羽柴は笑い声を上げる。
と、その時。
「失礼しまぁす!」
突如遠くの方から、女性の声が聞こえてきた。しかも、日本語で。
羽柴は、ガバリと身体を起こす。その拍子に、ショーンがゴロゴロと横に転がった。幸い、ベッドが広かったので、転げ落ちることはなかったが。
「ハッ、ハウスキーピングかッ?!」
── こんな時間に?!
自分で言いながら、まったくそんな気になれない羽柴である。
── いや、でも、オートロックを外して入って来られるんだから・・・。
羽柴はあたふたとベッドから身を乗り出し、床に散らばっている服に手を伸ばす。
それをショーンは呑気に頬杖をつきながら眺めていた。
「おい! ショーン!! 侵入者だぞ! ストーカーかなんかか?」
慌てふためく羽柴に、ショーンは呑気な顔つきのまま、「大丈夫だって、雑誌の取材だから」と呟く。
Tシャツに腕を通しながら、羽柴は「はぁ?!」とショーンを振り返った。
「取材?! 知ってたのか?」
「うん。ま、予定より早いみたいだけど。でもカメラマンもいない二人だけの取材だから、写真撮られることもないよ」
羽柴が眉間に皺を寄せる。
「そんなのってありか? 宿泊してる部屋まで押し掛けてきて?」
そんな非常識な・・・と顔を曇らせる羽柴を余所に、ショーンは「ん~~~~~」と背伸びすると、ベッドサイドに引っかけてあるバスローブを羽織って、スタスタと寝室を出ていこうとする。
「お! おい!! ちゃんと服着ろ!! おい! ショーン!!」
「コウは、顔でも洗って髭を剃ってきなよ。俺はもう先に済ませたから」
ショーンは余裕をかましながら、寝室を出ていく。
── 素っ裸にバスローブを引っかけただけで取材に応じるなんて、どうかしてる。しかもそんな非常識な取材、相手の狙いは単なる取材だけじゃないかもしれないんだぞ!!
羽柴の頭の中がグルグル回ったが、既にリビングまで女性記者が侵入していることを考えると大声を出す訳にはいかず、羽柴はワタワタと下着に足を通した。
追いすがる羽柴をさらりと交わし、ショーンはバスローブの襟を堅く併せ、紐を前で結わえながら、リビングまで裸足で出ていった。
案の定そこには、以前ショーンが頬にキスをしてあげたファッション雑誌の女性記者が、緊張の面もちでソファーに座っていた。
年齢は羽柴とそんなに差がないように見えたが、ファッション誌の記者らしい華やかな容姿をしている。
── へぇ。コウって、前はこんな人と付き合ってたんだ・・・。
そう思いつつ、ショーンは極上の微笑みを浮かべて、彼女の前に立った。
「おはようございます」
ショーンがセクシーに掠れた声でそう声がけすると、ショーンを見上げた彼女は、ショーンのしどけない格好を見て、明らかに頬を赤く染めた。
こんなに若くてハンサムなロックスターのバスローブ姿など、滅多に拝めるモノではない。
「あら。寝る時は何もお召しにならないんですね」
『あら』の『ら』の音の後に、確実にハートマークが見えたような気がした。
取材にしては、露出度の高い服を着ている。
胸元の開いたスケスケのブラウスに、見せてもOKな赤いブラジャー、横にスリットの入った深紅のスカート。
ショーンには、あかずきんちゃんを食べようとしているオオカミのようにしか見えない。
「再度自己紹介させていただいてもいいかしら?」
形のいい胸に手を当てて、英語で言う。
前回の取材でも思ったが、なかなか流暢なジャパニーズ・イングリッシュだ。
「私は、ユカリ・イチクラって言います。どうぞユカリって呼んでください」
「OK」
ショーンは由香里の向かいに腰掛ける。
「先の取材で抜かっていた質問って、なんですか?」
「そう、そうなんです。肝心のことを訊くの忘れてて・・・」
由香里は身を前に乗り出して、こう切り出す。
「ミスター・クーパーの好みのタイプについてお伺いしたいと思いまして」
「好みのタイプ?」
「そう、好みのタイプ」
ハハハとショーンが笑うと、由香里もあわせてウフフと笑った。
「そうだなぁ・・・。── こんなプライベートな場所だから、敢えて正直に言ってもいいですか」
ちょっと大人びた、妙に色気のある笑みを浮かべるショーンに、由香里の喉がゴクリと鳴るのがアリアリと分かる。
「実は、日本人が好きなんです。しかも、僕より17歳ぐらい年上で、英語が堪能な人」
由香里の顔つきがみるみる真剣なものに変わっていく。
「── 日本人で・・・17も年上?」
ショーンが親指の爪を軽く噛む。
「ええ。それぐらい年が離れてるのが好きなんです。・・・だって、経験豊富でしょ? 何かと」
そう言って、上目遣いで由香里を見る。
マックスとリサに「それは武器だ」みたいなことを言われていたので、今日はちょっと意識的にしてみる。
由香里は、ハァと大きく息を吐き出すと、「うンもう・・・」とお色気満点で呟きながら席を立ち、ショーンの隣に腰掛けてきた。
そしてショーンのバスローブの胸元に手を沿わしながら、「私はあなたより15年上だけど・・・2年ぐらいはどうってことないわ。経験は、豊富だから・・・。どうかしら? 私と二人で朝の運動をしてみない? すっきりすると思うわよ」と明らかな色目を使ってくる。
ショーンは少し眉間に皺を寄せた。
「それって、あなたと僕が今ここでセックスするってこと?」
「あら、はっきり言うのね。もう、若いんだから・・・。でもそういうのも悪くないわ。そう、セックスしましょ。若いから、溜まってるでしょ? いろいろと・・・」
由香里の手は、どんどん上に這い上がってくる。ショーンがそのままその手を放っておくと、手は大胆にバスローブの襟元をゆっくりと開けて行った。
と、由香里が明らかにギョッとする。
そこで彼女がご対面したのは、ショーンの白い胸に花のように散らされた、熱烈なキスマークの数々だったのだ。
ショーンの身体が、するりと由香里から逃れる。
「コウ! ちょっと来て!!」
ショーンが立ち上がりざま、奥の部屋に声をかける。奥からは、「取材中だろ!!」と返事が返ってくるが、「俺が襲われてもいいの?!」と怒鳴り返すと、すぐさまバタバタと足音がしてきて、羽柴がリビングに飛び込んできた。
「取材対象を襲いに来るって、どういうモラルしてんだ!!」
飛び込んだなりそう怒鳴る羽柴の動きが、相手の姿を確認してピタリと固まった。
「── 由香里。お前何してんだ、ここで」
「こっ、耕造!!」
由香里も、あまりの衝撃に口をパクパクさせている。
羽柴は、そんな由香里の格好を頭から足の先まで眺めた。
「── お前、マジ、ショーンのこと襲いにきたのか・・・」
羽柴が、困り果てた、とでもいうように眉を八の字にする。
由香里が、カッと顔を赤らめる。
「ああああ、あなたこそ、どうしてこんなところにいるのよ!!」
由香里はそこまで言ったところで、今もショーンの胸元から覗くキスマークと羽柴を激しく見比べた。
今まで二人が日本語で怒鳴り合っているので、話している内容がイマイチ分からなかったショーンだが、由香里がショーンと羽柴の関係に気付きかけたことは雰囲気で分かった。
ショーンは羽柴の首に腕を回すと、羽柴の顎を掴み自分の方に向かせ、熱いキスを交わしたのだった。それは遠目でも舌を絡ませていると分かるほどの大胆なキスで。
由香里は、その光景に完全に顎を外した状態で、折角のモデル系美女が台無しだった。
キスを終えたショーンはペロリと自分の唇を舐めると、由香里の方を向き直って少年臭い生真面目な表情を浮かべた。
「あなたの逃した魚は、もう、ものすっっっっっごく大きい魚だから」
ショーンは両手を大きく広げ、さっきまでの妖しげな色気など、どこかに吹き飛ばし、いっそ清々しい表情を浮かべ、そう言う。
ショーンが指している『魚』が、羽柴のことを言っているのかショーンのことを言っているのか、由香里には分からなかったようだが、自分が現時点で敗北していることは十分に分かっているらしい。
キ ────!!と声を上げる由香里に、ショーンがトドメを刺す。
「あ、それから、ウソつくのはよくないですよ。それと、取材にかこつけて、襲おうってするのも」
ショーンは、二人の間にあるローテーブルの下に屈んで手を伸ばすと、ICレコーダーを取り出した。
「今の、録音させてもらったんで。今後コウや、僕を傷つけるような真似をされた場合は、これをあなたの出版社に送って厳重に抗議させてもらいます。前の取材では、エイズ撲滅についてあなたと素晴らしいデスカッションができたんですから、それを素材にいい記事を書いてくださいね。僕の好みなんていう下らない話題より、そっちの方がずっとずっと大切なことだから。── 期待してます」
ショーンは、呆然と立ち竦む由香里と固い握手を交わし、彼女の上着を肩に掛けてあげると、そのままドアまで優しくエスコートする。
由香里はまさに狐に化かされたかのような表情を浮かべ、ショーンを見上げた。
ドアを開けると、戸口にリサが控えていた。
「リサ、おはよう。これ、問題の録音したブツ。それと、こちらもお願い」
「ハイハイ」
リサがレコーダーと由香里を同時に受け取る。
「で、ショーン。あなた、どうするの? 朝食食べに行く?」
リサが訊ねると、ショーンは「んー」と少し考えて、ニコッと笑った。
「朝食はルームサービスお願いしていい? 俺はもうちょっとコウとイチャイチャする」
「 ── ハイハイ」
リサが苦笑いを浮かべ、ゆっくりとドアを閉めたのだった。
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