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act.50
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「ショーン! ああ、いたいた!!」
ライブハウスの控え室で、遅めの昼食を取っていたショーンの元に、リサが駆け込んできた。
「どうしたの? 血相変えて」
思わず大きな塊をゴクリと飲み込んでしまって、ショーンは胸元をドンドンと叩きながら、リサを見上げた。
リサはそれでも興奮を抑えきれないといった表情で、ショーンの隣にパイプイスを持ってきて座る。
「落ち着いて聞いて」
全然落ち着いてないリサにそんなことを言われ、ショーンは思わず笑ってしまう。
「分かった。分かったから。何?」
「── 羽柴君の滞在先が分かったかも」
「えぇ?!」
思わずショーンは大声を上げてしまった。
同じ長机で食事をしていたバンドのメンバーやスタッフ達がギョッとした顔でこちらを見る。リサとショーンは二人して顔を赤らめ、「sorry」と謝った。
少し離れたところでフィルムの整理をしていたシンシアが、側にやってくる。
「どうしたの?」
「コウの行き先が分かったって」
「ホント!!」
シンシアも思わず大声を上げ、再び三人で周囲の人に「sorry」と謝る。
「確定じゃないのよ。でもいい手がかりにはなるかもしれない」
「どういうこと?」
「実は、昨日最後に取材に来ていた女性ファッション誌の記者がいたでしょ?」
「ああ、ショーンに刺青見せてってダダコネしてた人ね」
「そう。さっきその人から電話があって・・・。つまりもう一度取材させてもらいたいっていう要請の電話だったんだけど、エニグマとショーンが組むことになった経緯を訊かれてね、そこでちょっと羽柴君の名前出しちゃったのよ。私も全然手がかりが掴めなくて苛々してたものだから、つい。ごめんなさい、ショーン」
「いいんだよ、そんなこと。それで?」
「ところがその女性、羽柴君と以前付き合ってたらしいの」
「えぇ!!」
今度はショーンとシンシアが同時に大声を上げる。
もはや、周囲に謝る余裕すらなかった。
「それ、本当?」
「ひょっとしたら、同姓同名の人かも知れないけど、証券関係で働いていたそうだから、きっとそうよ。彼女と付き合っていたのは随分前らしいけど、取材をもう一度許してもらえるなら、その時のこと、しゃべってもいいって言うの」
シンシアが眉間に皺を寄せる。
「何でそんなことで取引しなきゃいけないの?」
「まぁまぁ、それで?」
リサは、ショーンをじっと見つめて、両手を広げた。
「だから、お伺いを立てに来たの。取材受けるかどうか。相手は、明日の朝、ショーンの泊まってる部屋に押し掛けるって言ってるわ。今度は外野を省いて、二人切りで取材を行いたいって」
「それ、本当に取材するのが目的なの?」
シンシアが益々顔を顰めて言う。
リサも、肩を竦めてガマカエルみたいな顔つきをした。
「私も彼女のことは顔見知り程度に知ってるけど、数年前に編集長を下ろされてから少し様子が変わったみたい。ひょっとしたら、結婚でも狙ってるのかしら?」
「昨日頬にキスしたのがまずかったわねぇ、ショーン・・・」
シンシアが苦々しくそう言う。ショーンもそう言われてゴクリと喉を鳴らした。
早くも日本でストーカーが出現してしまったか。
「いくら俺が年上好きだからって・・・、それはちょっと・・・」
ショーンは苦笑いを浮かべた。
「で、どうする? その条件を呑むのも断るのも、ショーンの自由」
「やめといたら? どれだけの情報価値があるかどうかも分からないし。逆に食われちゃうかもしれないわよ。そのベテラン女性記者に」
シンシアにはそう言われたが、ショーンは「受ける」と答えた。
「コウに会えるんだったら、どんなことがあっても平気だ。その条件、呑むよ」
真剣なショーンの表情に、リサは真顔で「分かったわ」と答えた。
リサは、その場で電話をかける。
交渉は成立し、次々と日本での羽柴情報が出てきた。
市倉というその女性と羽柴が付き合うきっかけは、フレンチレストランで羽柴が市倉に一目惚れしたからで、二人は結婚を考えていた。
ところが、その間に『須賀真一』という仕立屋の男が割り込んできて、市倉を誘惑したばかりか羽柴も誘惑して、二人の仲を裂いた。
実はその須賀はゲイであり、しかもエイズ患者だった。
市倉は生命の危険を彼によって与えられ、それでも気力を振り絞り、何とかその仕打ちに耐えた。
市倉は羽柴もエイズに感染したと思い、彼から離れざるを得ない状況になり、市倉から別れを切り出した。
羽柴は、自分の罪を悔い改め、市倉との交際を続けたいと懇願したが、病気のこともあり、羽柴は泣く泣く復縁することを諦めたという。
「それって、どこまでがホント?」
シンシアから、正直な感想が零れ出た。
「確かに、羽柴君の性格を考えると彼女に追いすがっただなんて、考えられないけど」
リサも少々困惑気味にそう言う。
「でも、コウの昔の恋人の名前は合ってるよ。須賀真一さん。テーラーだっていうのもホント。コウのいつも着ているコートは彼が作ったものだ」
「へぇ、なるほど、あれオーダーメイドだったんだ。凄く仕立てがいいといつも思ってたのよ」
リサが感嘆の声を上げる。
「でも、コウがHIVのキャリアーだっていうのは間違ってる。彼はそうじゃないって言ってた。だってコウ、あんまり相手を愛し過ぎて、むしろ一緒の病気で死ねたらいいとさえ思ってたんだよ・・・」
そう言ってショーンは口を噤んだ。
その時の羽柴や、彼を置いて逝くしかなかった『彼』のことを思うと、やはり今でも涙が出てきそうになる。
シンシアが、俯いたショーンの肩を優しく撫でた。
「ショーンは素敵な人に恋をしたのね」
そう言ってくれる。
ショーンは顔を上げ、涙の滲ませながらも笑顔で「うん」と頷いた。
「でもま、とにかく羽柴君の行き先が須賀テーラー店である可能性は高いから、電話番号を調べてみるわ。もしそこに羽柴君がいたら、何て伝える?」
「── ライブに来てって伝えて。俺の歌を聴いて欲しいって。ファンの皆には悪いけど、今日はコウのことだけを考えて歌うからって。・・・整理券がなくったって、一人ぐらい入れる余裕はあるよね?」
リサがフフフと笑った。
「もちろんよ。特別枠で用意しておく。じゃ、行くわね。また状況に進展があったら報告に来るから」
「うん。忙しいのに、ごめんね」
ショーンが立ち上がったリサを見上げると、リサはショーンの額を指で押した。
「その上目遣いでお願いされたら、誰だってイチコロなんだから」
── そんなこと、前にも言われたなぁ。
まったくその自覚のないショーンは、そう思って肩を竦めた。
CDディスクの回転が止まっても、羽柴はヘッドフォンを頭につけたまま、しばらく呆然とそこに座っていた。
── これが、これがショーンの言う真実・・・。
その曲の歌詞、一字一句、羽柴の心を捕らえて離さなかった。
いつの間に、ショーンはこれほどまで強くなったんだろう。
いや、元から彼はこの強さを持っていたのだ。
なんてストレートで純粋で、そして大きな優しさに満ちた歌だ。
羽柴には、その曲がチャリティーコンサートでショーンが披露した曲だということは分かっていた。そして、その時の曲と歌詞の意味が全く正反対になっていることにも気が付いた。
これはまさしく、『今の』ショーンの気持ちなのだ。
そして、ショーンが女性との仲を噂された報道を否定したということは、恐らく・・・いや紛れもなくこの歌は、羽柴に対してのメッセージ。
『私の人生にはあなたが必要 例え星が消え果てても あなたは輝き続ける・・・』
キラキラと、羽柴の頬に陽が差した。
羽柴が目線を上げると、ポプラの大きな葉がふいに起こった強い風に吹かれ、ザワザワと梢を揺らしていた。
── もういいよ。
ふいに真一にそう言われたような気がした。
── 何かに後悔して生きるなんて、やめて。そんなの、耕造さんらしくないじゃない。
真一の墓を目の前にしてもまったく感じることができなかった彼の存在を、今この場で強く感じているだなんて、不思議な気がした。
目尻には涙が滲んでいたが。
でも実際に顔に浮かんだのは、穏やかな微笑みだった。
ショーンの目の前に、メモ帳に端書きしたフォンナンバーが差し出された。
ショーンがそれを手に取ると、ここまで走ってきたのか、リサが荒い呼吸のまま、説明した。
「羽柴君、ここに、いるって」
リサはそう言って、大きく息を吐き出した。
ライブ開始2時間前。
既に客が会場前に列を作り、開場するのを今か今かと待ちわびている時間だった。
本番に向けて気持ちを集中させていたショーンだったが、リサのその知らせにドキリと胸が高鳴った。
今まであやふやだった羽柴の存在に、ギュッと焦点が合ったという感じ。
── ひょっとしたら、今夜逢えるかもしれない・・・!
そう思うと、居ても立ってもいられなくなった。
「ハヤト・カジワラ?」
「日本での羽柴君の友人だって。羽柴君、須賀テーラー店に寄った後、その梶原君の家に泊まってるって教えてもらったわ。ああでも、須賀さんのお母さん、とてもいい人だった・・・。最初、私を羽柴君の新しい相手だと間違えて、何度も何度も『羽柴さんのことをよろしくお願いね』って言うの。息子が死んでから、とても、とても苦しい思いを味わってきた人だからって。絶対に幸せにしてあげてって。涙ながらにそう言われて、こっちまで泣けてきちゃって・・・」
思い出したのか、リサはそう言いながら小鼻を摘む。
── 会ってみたいな。
ショーンはそう思った。
コウとまだ付き合えるかどうかも分からないけれど・・・ひょっとしたらダメな可能性の方が高いけど・・・、それでも一度会ってみたい。
なぜなら、彼女もまたコウの幸せを願ってくれている人だからだ。
羽柴と真一がどのように愛し合ったのか、その時のことを身近で見ていた人から聞いてみたい。須賀真一という人が、どういう人だったか、もっと知りたい。
ショーンは唇を噛みしめた。
その目の前に、リサの携帯が差し出される。
「かけてみたら。時間が中途半端だから、留守かもしれないけれど」
ショーンは携帯を受け取った。
ドキドキと高鳴る胸元を左手で押さえながら、ナンバーを押す。
しばらくコールの音が続いた後、ふいにマシンの声が答えた。
「留守みたいだ・・・。機械みたいな声で何か日本語を話してる・・・」
「ピーと鳴ったら、メッセージが入れられると思うから」
リサに早口でそう言われ、ショーンは頷いた。
すぐにピーッと受話器が鳴る。
「ハイ・・・。初めまして。突然すみません。クーパーと言います。そちらにミスター・ハシバがいたら、伝えてください・・・」
ショーンは、今夜渋谷で行われるライブのことを留守電に吹き込んだ。ショーンの想いも手短だがしっかりと盛り込んで。
この伝言を果たしてライブが始まるまでに聞いてもらえるかどうかは謎だったが、それでも、できるだけのことはした、という気分になれた。
これでダメだったら・・・もし日本で羽柴に会えなかったとしても、諦めがつく。
さっきまで必要以上にドキドキと高揚していた気分が、電話を切ると共に落ち着いてくる。
ショーンは、携帯を胸に押し当て目を閉じると、大きく息を吐き出した。
── 神様。
もし俺の声が届いているのなら、奇跡を起こしてください。
どうかこの声を、あの人に伝えて。
この気持ちを、あの人に届けて。
広いこの世界で、またあの人に出逢えるように。
どうか・・・どうか・・・。
ライブハウスの控え室で、遅めの昼食を取っていたショーンの元に、リサが駆け込んできた。
「どうしたの? 血相変えて」
思わず大きな塊をゴクリと飲み込んでしまって、ショーンは胸元をドンドンと叩きながら、リサを見上げた。
リサはそれでも興奮を抑えきれないといった表情で、ショーンの隣にパイプイスを持ってきて座る。
「落ち着いて聞いて」
全然落ち着いてないリサにそんなことを言われ、ショーンは思わず笑ってしまう。
「分かった。分かったから。何?」
「── 羽柴君の滞在先が分かったかも」
「えぇ?!」
思わずショーンは大声を上げてしまった。
同じ長机で食事をしていたバンドのメンバーやスタッフ達がギョッとした顔でこちらを見る。リサとショーンは二人して顔を赤らめ、「sorry」と謝った。
少し離れたところでフィルムの整理をしていたシンシアが、側にやってくる。
「どうしたの?」
「コウの行き先が分かったって」
「ホント!!」
シンシアも思わず大声を上げ、再び三人で周囲の人に「sorry」と謝る。
「確定じゃないのよ。でもいい手がかりにはなるかもしれない」
「どういうこと?」
「実は、昨日最後に取材に来ていた女性ファッション誌の記者がいたでしょ?」
「ああ、ショーンに刺青見せてってダダコネしてた人ね」
「そう。さっきその人から電話があって・・・。つまりもう一度取材させてもらいたいっていう要請の電話だったんだけど、エニグマとショーンが組むことになった経緯を訊かれてね、そこでちょっと羽柴君の名前出しちゃったのよ。私も全然手がかりが掴めなくて苛々してたものだから、つい。ごめんなさい、ショーン」
「いいんだよ、そんなこと。それで?」
「ところがその女性、羽柴君と以前付き合ってたらしいの」
「えぇ!!」
今度はショーンとシンシアが同時に大声を上げる。
もはや、周囲に謝る余裕すらなかった。
「それ、本当?」
「ひょっとしたら、同姓同名の人かも知れないけど、証券関係で働いていたそうだから、きっとそうよ。彼女と付き合っていたのは随分前らしいけど、取材をもう一度許してもらえるなら、その時のこと、しゃべってもいいって言うの」
シンシアが眉間に皺を寄せる。
「何でそんなことで取引しなきゃいけないの?」
「まぁまぁ、それで?」
リサは、ショーンをじっと見つめて、両手を広げた。
「だから、お伺いを立てに来たの。取材受けるかどうか。相手は、明日の朝、ショーンの泊まってる部屋に押し掛けるって言ってるわ。今度は外野を省いて、二人切りで取材を行いたいって」
「それ、本当に取材するのが目的なの?」
シンシアが益々顔を顰めて言う。
リサも、肩を竦めてガマカエルみたいな顔つきをした。
「私も彼女のことは顔見知り程度に知ってるけど、数年前に編集長を下ろされてから少し様子が変わったみたい。ひょっとしたら、結婚でも狙ってるのかしら?」
「昨日頬にキスしたのがまずかったわねぇ、ショーン・・・」
シンシアが苦々しくそう言う。ショーンもそう言われてゴクリと喉を鳴らした。
早くも日本でストーカーが出現してしまったか。
「いくら俺が年上好きだからって・・・、それはちょっと・・・」
ショーンは苦笑いを浮かべた。
「で、どうする? その条件を呑むのも断るのも、ショーンの自由」
「やめといたら? どれだけの情報価値があるかどうかも分からないし。逆に食われちゃうかもしれないわよ。そのベテラン女性記者に」
シンシアにはそう言われたが、ショーンは「受ける」と答えた。
「コウに会えるんだったら、どんなことがあっても平気だ。その条件、呑むよ」
真剣なショーンの表情に、リサは真顔で「分かったわ」と答えた。
リサは、その場で電話をかける。
交渉は成立し、次々と日本での羽柴情報が出てきた。
市倉というその女性と羽柴が付き合うきっかけは、フレンチレストランで羽柴が市倉に一目惚れしたからで、二人は結婚を考えていた。
ところが、その間に『須賀真一』という仕立屋の男が割り込んできて、市倉を誘惑したばかりか羽柴も誘惑して、二人の仲を裂いた。
実はその須賀はゲイであり、しかもエイズ患者だった。
市倉は生命の危険を彼によって与えられ、それでも気力を振り絞り、何とかその仕打ちに耐えた。
市倉は羽柴もエイズに感染したと思い、彼から離れざるを得ない状況になり、市倉から別れを切り出した。
羽柴は、自分の罪を悔い改め、市倉との交際を続けたいと懇願したが、病気のこともあり、羽柴は泣く泣く復縁することを諦めたという。
「それって、どこまでがホント?」
シンシアから、正直な感想が零れ出た。
「確かに、羽柴君の性格を考えると彼女に追いすがっただなんて、考えられないけど」
リサも少々困惑気味にそう言う。
「でも、コウの昔の恋人の名前は合ってるよ。須賀真一さん。テーラーだっていうのもホント。コウのいつも着ているコートは彼が作ったものだ」
「へぇ、なるほど、あれオーダーメイドだったんだ。凄く仕立てがいいといつも思ってたのよ」
リサが感嘆の声を上げる。
「でも、コウがHIVのキャリアーだっていうのは間違ってる。彼はそうじゃないって言ってた。だってコウ、あんまり相手を愛し過ぎて、むしろ一緒の病気で死ねたらいいとさえ思ってたんだよ・・・」
そう言ってショーンは口を噤んだ。
その時の羽柴や、彼を置いて逝くしかなかった『彼』のことを思うと、やはり今でも涙が出てきそうになる。
シンシアが、俯いたショーンの肩を優しく撫でた。
「ショーンは素敵な人に恋をしたのね」
そう言ってくれる。
ショーンは顔を上げ、涙の滲ませながらも笑顔で「うん」と頷いた。
「でもま、とにかく羽柴君の行き先が須賀テーラー店である可能性は高いから、電話番号を調べてみるわ。もしそこに羽柴君がいたら、何て伝える?」
「── ライブに来てって伝えて。俺の歌を聴いて欲しいって。ファンの皆には悪いけど、今日はコウのことだけを考えて歌うからって。・・・整理券がなくったって、一人ぐらい入れる余裕はあるよね?」
リサがフフフと笑った。
「もちろんよ。特別枠で用意しておく。じゃ、行くわね。また状況に進展があったら報告に来るから」
「うん。忙しいのに、ごめんね」
ショーンが立ち上がったリサを見上げると、リサはショーンの額を指で押した。
「その上目遣いでお願いされたら、誰だってイチコロなんだから」
── そんなこと、前にも言われたなぁ。
まったくその自覚のないショーンは、そう思って肩を竦めた。
CDディスクの回転が止まっても、羽柴はヘッドフォンを頭につけたまま、しばらく呆然とそこに座っていた。
── これが、これがショーンの言う真実・・・。
その曲の歌詞、一字一句、羽柴の心を捕らえて離さなかった。
いつの間に、ショーンはこれほどまで強くなったんだろう。
いや、元から彼はこの強さを持っていたのだ。
なんてストレートで純粋で、そして大きな優しさに満ちた歌だ。
羽柴には、その曲がチャリティーコンサートでショーンが披露した曲だということは分かっていた。そして、その時の曲と歌詞の意味が全く正反対になっていることにも気が付いた。
これはまさしく、『今の』ショーンの気持ちなのだ。
そして、ショーンが女性との仲を噂された報道を否定したということは、恐らく・・・いや紛れもなくこの歌は、羽柴に対してのメッセージ。
『私の人生にはあなたが必要 例え星が消え果てても あなたは輝き続ける・・・』
キラキラと、羽柴の頬に陽が差した。
羽柴が目線を上げると、ポプラの大きな葉がふいに起こった強い風に吹かれ、ザワザワと梢を揺らしていた。
── もういいよ。
ふいに真一にそう言われたような気がした。
── 何かに後悔して生きるなんて、やめて。そんなの、耕造さんらしくないじゃない。
真一の墓を目の前にしてもまったく感じることができなかった彼の存在を、今この場で強く感じているだなんて、不思議な気がした。
目尻には涙が滲んでいたが。
でも実際に顔に浮かんだのは、穏やかな微笑みだった。
ショーンの目の前に、メモ帳に端書きしたフォンナンバーが差し出された。
ショーンがそれを手に取ると、ここまで走ってきたのか、リサが荒い呼吸のまま、説明した。
「羽柴君、ここに、いるって」
リサはそう言って、大きく息を吐き出した。
ライブ開始2時間前。
既に客が会場前に列を作り、開場するのを今か今かと待ちわびている時間だった。
本番に向けて気持ちを集中させていたショーンだったが、リサのその知らせにドキリと胸が高鳴った。
今まであやふやだった羽柴の存在に、ギュッと焦点が合ったという感じ。
── ひょっとしたら、今夜逢えるかもしれない・・・!
そう思うと、居ても立ってもいられなくなった。
「ハヤト・カジワラ?」
「日本での羽柴君の友人だって。羽柴君、須賀テーラー店に寄った後、その梶原君の家に泊まってるって教えてもらったわ。ああでも、須賀さんのお母さん、とてもいい人だった・・・。最初、私を羽柴君の新しい相手だと間違えて、何度も何度も『羽柴さんのことをよろしくお願いね』って言うの。息子が死んでから、とても、とても苦しい思いを味わってきた人だからって。絶対に幸せにしてあげてって。涙ながらにそう言われて、こっちまで泣けてきちゃって・・・」
思い出したのか、リサはそう言いながら小鼻を摘む。
── 会ってみたいな。
ショーンはそう思った。
コウとまだ付き合えるかどうかも分からないけれど・・・ひょっとしたらダメな可能性の方が高いけど・・・、それでも一度会ってみたい。
なぜなら、彼女もまたコウの幸せを願ってくれている人だからだ。
羽柴と真一がどのように愛し合ったのか、その時のことを身近で見ていた人から聞いてみたい。須賀真一という人が、どういう人だったか、もっと知りたい。
ショーンは唇を噛みしめた。
その目の前に、リサの携帯が差し出される。
「かけてみたら。時間が中途半端だから、留守かもしれないけれど」
ショーンは携帯を受け取った。
ドキドキと高鳴る胸元を左手で押さえながら、ナンバーを押す。
しばらくコールの音が続いた後、ふいにマシンの声が答えた。
「留守みたいだ・・・。機械みたいな声で何か日本語を話してる・・・」
「ピーと鳴ったら、メッセージが入れられると思うから」
リサに早口でそう言われ、ショーンは頷いた。
すぐにピーッと受話器が鳴る。
「ハイ・・・。初めまして。突然すみません。クーパーと言います。そちらにミスター・ハシバがいたら、伝えてください・・・」
ショーンは、今夜渋谷で行われるライブのことを留守電に吹き込んだ。ショーンの想いも手短だがしっかりと盛り込んで。
この伝言を果たしてライブが始まるまでに聞いてもらえるかどうかは謎だったが、それでも、できるだけのことはした、という気分になれた。
これでダメだったら・・・もし日本で羽柴に会えなかったとしても、諦めがつく。
さっきまで必要以上にドキドキと高揚していた気分が、電話を切ると共に落ち着いてくる。
ショーンは、携帯を胸に押し当て目を閉じると、大きく息を吐き出した。
── 神様。
もし俺の声が届いているのなら、奇跡を起こしてください。
どうかこの声を、あの人に伝えて。
この気持ちを、あの人に届けて。
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どうか・・・どうか・・・。
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