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第4章 魔女の館と想いの錯綜

2階(6)

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次から次へとあふれ出る魔物の量に苦戦していた。
一匹一匹弓矢で応戦するも、その量はとどまることを知らず、かなり時間をかけてしまっていた。
そもそも弓矢など大量の敵を前に、一人で正面からやりあうには向いていない。

そうして戦う間にも、先ほどの爆発のような衝撃音が絶えずあちこちから響いていた。

 *

「これで……やっとか」

魔物を全て倒して、俺は大きく一呼吸をついた。
その瞬間、廊下には今までにない静寂が訪れていたことに気付いた。
先ほどまで響いていた————どこかの扉の向こうの衝撃音も止んでいる。

「サムとギルバートは……!?」

俺は、慌てて身近なドアを開く。
しかしそこには、先ほどと同様————2人の影はない。
それから何度も、手あたり次第のドアを開き続ける。


————勝ったのは “どっち” なんだ?


頭の中で巡るのはそればかりだった。

俺は自分の左手についた腕輪をもう一度チラリと見る。
今ここにあるのは————ラルフの緑と、ユウリの黄色の石。

サムが持っているはずなのは、自身の青の石。
ギルバートが持っているのは、自身の紫の石と俺の赤い石だ。

ここでサムとギルバートの石がどちらか一方に集まれば————
————その相手、と俺の2人に石が集まる。


そんな思考が頭を駆け巡りながら、一枚の扉を開いた時だった。

「わっ……」

扉を開いた瞬間に、大量の土埃が舞い込み、視界が塞がれた。
たまらず目を瞑り、その場でゲホゲホとせき込んだ。

それから、しばらくして————おそるおそる目を開くと、視界の先に誰かの影があった。












「ギルバート……!」

目に飛び込んできたのは、倒れるギルバートの姿だった。
部屋の中は荒れていて壁も地面もボロボロと崩れていた。

部屋の奥の壁には人が通れるほどの大きな穴が開いている。
どこか別の道が続いているのか、その穴の先は暗闇で見えない。

部屋を見渡すが、サムの姿は見当たらなかった。
今俺が開けた扉から出たのでないとすると、その穴の奥へと進んでいるのかもしれない。

俺は足元の瓦礫に気を付けながら、ギルバートの元へと慎重に駆け寄った。

「大丈夫か?」

そう声をかけると、ギルバートは「うう……」と、小さくうめき声を上げた。
右足を見ると、太ももの辺りにうっすらと血が滲んでいた。
しかし外傷はおそらくそれだけで、幸い他に大きな傷はないようだった。

「身体を起こすよ」

倒れるギルバートの背中にそっと右手を差し込むと、ゆっくりと助け起こした。
ギルバートは俺に背中を支えられ、もたれかかるような姿勢になる。
ギルバートはうっすらと目を開くと、一度俺の顔を確認したが、すぐに視線を逸らした。

「……やめろよ」
「……え?」

「……屈辱だ。俺が、お前にも、まさか……あいつにも負けるなんて。……お前らなんかより、よっぽど俺は強いはずなのに」

そう呟くギルバートは、まるで拗ねているような様子だった。
俺はギルバートの怪我が大したことなかった事への安堵と、ギルバートの態度が妙に可笑しくて、声を出して笑った。

「ああ、そうだよ。……ギルバートは俺よりずっと強いさ。それに……優しいしな」

俺はそういって、抱きかかえたギルバートを見つめる。
呪いの内容を知ったギルバートにいつまでも触れているのは少し躊躇われたが、怪我をするギルバートを突き放すわけにはいかなかった。

「……やめろ、子ども扱いするんじゃねぇよ」

不機嫌にギルバートは言い放ったが、その声に力はなかった。
右足の傷が痛むのか、俺を振りほどこうともしなかった。

俺はギルバートの左腕をチラリと盗み見る。
その腕輪には5つの穴が空いていた。
ギルバートが持っていたはずの————紫と、赤の石は無くなっていた。

「……あいつ、懐に小型ナイフを忍ばせていた。1階の武器庫にあったやつを、盗んだんだろう」

ギルバートの持つ石を俺が確認したことを察したのか、ギルバートはそう告げた。
俺はギルバートと2人で武器庫の中で話をしていた時間を思い出す————。

確かに、小型のナイフや飛び道具の並ぶ棚に誰かが抜いたように、いくつか武器が欠けていた。
扱いやすい小型のものばかりのようだったため、てっきりユウリが奪ったものとばかり思っていた。
————まさか、サムが隠し持っていたとは。

「闇雲にただ剣を振り回しやがると思ったら……突然、今までにないスピードでナイフを取り出して俺の右足に付きたてやがった。……思わず怯んじまった、あいつの気迫に。なりふり構わず、ああいうことをやる奴だったんだな」

「……いや、違うよ」

本来、サムは相手の不意を突くような、そういう戦い方をする奴じゃない。
正々堂々と真正面から敵と戦って勝利することこそが正義だ、と他人に公言するほどに、その性格は実直だった。

「それが想いの強さ、ってやつか? ……全く笑えるな」

そういってギルバートは力なく笑った。
それからふと視線を下げて、黙ってしまった。

俺はギルバートの表情が気になって、顔を少しのぞき込む。

————その目には、寂しさの色が滲んでいるように見えた。

「だから俺はいつまでも、負けるのか? ……なぁ、教えてくれよ」

余りにも不安げなギルバートのその声に、心臓が少し縮むような痛みを覚えた。
俺はその雰囲気を掻き消すように、あえて明るく声を上げた。

「そうだなぁ~! ……まぁ、確かにギルバートは素直になってもいいと思うな。それから、もう少し可愛げも……」
「……馬鹿にしやがって」

ギルバートは舌打ちをして、それから自身の唇を噛んでいた。

「そういうところだよ。もっと欲張りになればいい。ギルバートは」

すると、ギルバートはその言葉に何か思う所があったのか、突然下を向いて、何かを考えるように沈黙した。
俺は抱きかかえるギルバートの顔を上からじっと見つめ、返答を待った。
ギルバートの視線は地面に向かっている。長い睫毛の一本、一本が視界に映った。
そうやって、俺はしばらくギルバートを見守っていた。

しかし、あまりにギルバートが長い沈黙を守るため、痺れを切らし声を掛けた。

「……ギルバート?」

すると、ギルバートは顔を上げて俺を見た。

ギルバートの整った顔が真っすぐに————俺の瞳を、見つめていた。





「…………ギル、」




「え?」



「だから……ギルと呼べばいい」
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