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第4章 魔女の館と想いの錯綜
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俺の生命が取られていないとするならば、魔女が俺に嘘を吐いていたことは明らかだ。
————何が、真実で。
————何が、嘘なのか。
俺は確かめなければならない。
そう考えていた時。
俺はとあることをギルバートに伝え忘れていたことに気が付いた。
(そういえば……この呪いってさ、”男” にしか効かないらしい)
その言葉にギルバートの眉がピクリ、と動くのがわかった。
ほんの少しの間————時が、静かに流れるのを感じる。
(…… ”真実の愛” ってなんなんだろうな)
(……え)
伝わる声音が余りに真面目で、それが一瞬ギルバートのものなのか、わからなかった。
俺は、鏡の中の世界で見たギルバートの過去————を思い出す。
ギルバートと、彼と恋仲だった青年と。
(……俺に聞かないでくれよ。それがわかってたら、もうとっくに呪いは解けてる)
(……全くだな)
(ちなみにこの呪いを受けるのは、本当は……サムの方だった)
そうなのだ。
魔女はサムのイケメンぶりを偉く気に入っていて、呪いをかけようとした。
それを邪魔したのが俺なのだ。
すると、ギルバートは何かを察したのか————ハァ、と小さくため息を吐いた。
(……そうか。……結局、あの魔女様のご趣味ってことか)
(うーん、そう……だな)
俺は魔女に対して疑問を抱いていた点について、ギルバートに尋ねる。
(なぜ魔女は俺の生命を奪った……と嘘を吐いたんだと思う? 今まで魔女は誰かの生命力を吸い取って若さを保っていた。俺にもできないはずは無いと思う)
(……知らん。まぁ……冷静に考えればお前への圧力……急かすためだろう。魔女は単なる娯楽の一環で男を誑かす呪いをかけた。生命を1年にしたと嘘を吐けば、お前はそれを解くために躍起になる)
(……確かに)
(結局、呪いが解けなければ、お前の生命は継続したまま。……1年が過ぎても魔女は翻弄されるお前を見て楽しめる……そんなとこだろう)
俺は、ギルバートの余りの完璧な理論に感嘆としていた。
それなら、わざわざ生命を奪い取ったと嘘を吐いて、呪いは本物であることに筋が通る。
(……さ、流石だな、ギルバート。俺は考えもしなかった)
(全くもって、その感情に理解はできないが、な)
俺は魔女の極悪さ————に、改めて、辟易としていた。
(……それで、お前はこのゲーム、どう動くつもりなんだ)
————そう。
————そのために、ギルバートに相談しなければならない。
————このゲームに、本当の意味で勝つために。
(俺は、このゲームに勝って魔女に直接会う。なぜ嘘を吐いたのか、その真意を知りたい。それに、どのみち……文句を言わないと気が済まない)
(ふん……くだらんな。まぁいいんじゃないか。……それで?)
(……俺は魔女の思い通りになりたくない。だから、そのために今ギルバートに伝えたことを、ラルフ、ユウリ……それから、サム、全員に言おうと思う)
(……その人を誑かす、くだらない能力のことか?)
(あぁ、そうだ。だから石を5つ集める。……俺の呪いを解く方法を知ったなら、皆が石を集める必要はもう無くなる)
(……)
(たとえ、それが魔女の裏切りと同時に……皆への裏切りになったとしても、な)
(……)
俺がせき止めていた気持ちを吐露すると、ギルバートは再び静かになった。
熱くなった顔と裏腹に————触れている額が、心なしか冷たく感じられた。
(なぁ、ギルバート……何か、言ってくれよ)
————しかし、頭に声は響かない。
(皆に、俺は許されると思うか……?)
(……俺のこと軽蔑したか?)
(……ギルバート?)
————頭に声は響かない。
(ギルバートは、俺の事を……許してくれるか?)
その時————ふ、と息を吐く音がした。
(……どうして、お前は……俺に最初に話した。……俺なら、お前にかけられた呪いを聞いて……理解する、と。……そう、思ったのか)
————突然、その声に胸が締め付けられるようだった。
頭の中に響いた声からは、怒りのような、悲しみのような、感情を覚えた。
(一番ギルバートが冷静に聞いてくれる……判断して、アドバイスをくれる……そう思ったんだ)
(……それは俺の性格のことを言っているのか? ……それとも俺が、お前を嫌っているからか?)
————ギルバートのその声音に、俺の思考はぐるぐると回っていく。
————その質問の意図を考える余裕は、なかった。
(……ど、どうしたんだ? ギルバート)
(答えろ)
まるで熱に浮かされるように。
自分の立つ地面がぐにゃり、と歪んだように、足元がふらつく。
(……両方だ)
————やっとの思いで、その言葉を頭に描いた時だった。
「あ」
俺の頭を抑えつけていたギルバートの両手がすっと離れる————。
次の瞬間————。
闇。
視界が真っ黒に閉ざされる。
————目は開いている、のに。
「ギルバート……!? お前がやってるのか!?」
————叫ぶ。
————しかしその声は、どこに反響することもなく宙に消える。
————応答はない。
上も下も————真っ暗な空間の中で、一人ポツンと、立たされている。
「エル」
そう耳元で、聞こえた瞬間————。
————この声は。
俺が後ろを振り返るが、そこには————誰も、いない。
その時、真っ暗闇の中で————。
俺の両肩にポンと確かな体温と柔らかな重みが乗った。
————これは、手の平————なのか。
「ギルバート?」
————途端、口を塞がれた。
「ンっ……」
感じるその柔らかさと、体温————は、確かに唇だった。
舌の先がユルリ、と口の隙間を縫うように侵入した。
一度許したその空間からは————強引に侵されていく。
お互いの鼻が少しだけ、触れた。
肩に乗せられた両手に力が、次第に込められている。
互いの温かな唾液が口の中でニルリと、絡み合うのが、わかる。
俺は目の前の存在を確かめたくて、手を伸ばした—————。
しかし、その瞬間————。
「あ」
触れていた唇が突然、離れ————伸ばした手は、空を切った。
再び、闇の中に一人、放り出される。
「……心底、お前の事が嫌いだ」
「ギルバート……?」
「……お前が俺に ”呪い” を、かけたんだ」
「!」
「……少しは俺のことも考えろ」
————突然、ぱっと光に照らされる。
————辺りを覆っていた闇が一瞬にして、晴れる。
「ギルバート!」
俺は再び両の手を伸ばす。
しかし、手は何に触れることもなく。
目の前にいたであろう、ギルバートは————居なくなっていた。
先ほどまで見ていた武器庫の景色だけが残される。
「ギルバート……」
空を切った手を————見つめる。
「あ」
その時、ある、大事なことに気が付いた。
左の腕輪についていた、赤い石が————無くなっていた。
————何が、真実で。
————何が、嘘なのか。
俺は確かめなければならない。
そう考えていた時。
俺はとあることをギルバートに伝え忘れていたことに気が付いた。
(そういえば……この呪いってさ、”男” にしか効かないらしい)
その言葉にギルバートの眉がピクリ、と動くのがわかった。
ほんの少しの間————時が、静かに流れるのを感じる。
(…… ”真実の愛” ってなんなんだろうな)
(……え)
伝わる声音が余りに真面目で、それが一瞬ギルバートのものなのか、わからなかった。
俺は、鏡の中の世界で見たギルバートの過去————を思い出す。
ギルバートと、彼と恋仲だった青年と。
(……俺に聞かないでくれよ。それがわかってたら、もうとっくに呪いは解けてる)
(……全くだな)
(ちなみにこの呪いを受けるのは、本当は……サムの方だった)
そうなのだ。
魔女はサムのイケメンぶりを偉く気に入っていて、呪いをかけようとした。
それを邪魔したのが俺なのだ。
すると、ギルバートは何かを察したのか————ハァ、と小さくため息を吐いた。
(……そうか。……結局、あの魔女様のご趣味ってことか)
(うーん、そう……だな)
俺は魔女に対して疑問を抱いていた点について、ギルバートに尋ねる。
(なぜ魔女は俺の生命を奪った……と嘘を吐いたんだと思う? 今まで魔女は誰かの生命力を吸い取って若さを保っていた。俺にもできないはずは無いと思う)
(……知らん。まぁ……冷静に考えればお前への圧力……急かすためだろう。魔女は単なる娯楽の一環で男を誑かす呪いをかけた。生命を1年にしたと嘘を吐けば、お前はそれを解くために躍起になる)
(……確かに)
(結局、呪いが解けなければ、お前の生命は継続したまま。……1年が過ぎても魔女は翻弄されるお前を見て楽しめる……そんなとこだろう)
俺は、ギルバートの余りの完璧な理論に感嘆としていた。
それなら、わざわざ生命を奪い取ったと嘘を吐いて、呪いは本物であることに筋が通る。
(……さ、流石だな、ギルバート。俺は考えもしなかった)
(全くもって、その感情に理解はできないが、な)
俺は魔女の極悪さ————に、改めて、辟易としていた。
(……それで、お前はこのゲーム、どう動くつもりなんだ)
————そう。
————そのために、ギルバートに相談しなければならない。
————このゲームに、本当の意味で勝つために。
(俺は、このゲームに勝って魔女に直接会う。なぜ嘘を吐いたのか、その真意を知りたい。それに、どのみち……文句を言わないと気が済まない)
(ふん……くだらんな。まぁいいんじゃないか。……それで?)
(……俺は魔女の思い通りになりたくない。だから、そのために今ギルバートに伝えたことを、ラルフ、ユウリ……それから、サム、全員に言おうと思う)
(……その人を誑かす、くだらない能力のことか?)
(あぁ、そうだ。だから石を5つ集める。……俺の呪いを解く方法を知ったなら、皆が石を集める必要はもう無くなる)
(……)
(たとえ、それが魔女の裏切りと同時に……皆への裏切りになったとしても、な)
(……)
俺がせき止めていた気持ちを吐露すると、ギルバートは再び静かになった。
熱くなった顔と裏腹に————触れている額が、心なしか冷たく感じられた。
(なぁ、ギルバート……何か、言ってくれよ)
————しかし、頭に声は響かない。
(皆に、俺は許されると思うか……?)
(……俺のこと軽蔑したか?)
(……ギルバート?)
————頭に声は響かない。
(ギルバートは、俺の事を……許してくれるか?)
その時————ふ、と息を吐く音がした。
(……どうして、お前は……俺に最初に話した。……俺なら、お前にかけられた呪いを聞いて……理解する、と。……そう、思ったのか)
————突然、その声に胸が締め付けられるようだった。
頭の中に響いた声からは、怒りのような、悲しみのような、感情を覚えた。
(一番ギルバートが冷静に聞いてくれる……判断して、アドバイスをくれる……そう思ったんだ)
(……それは俺の性格のことを言っているのか? ……それとも俺が、お前を嫌っているからか?)
————ギルバートのその声音に、俺の思考はぐるぐると回っていく。
————その質問の意図を考える余裕は、なかった。
(……ど、どうしたんだ? ギルバート)
(答えろ)
まるで熱に浮かされるように。
自分の立つ地面がぐにゃり、と歪んだように、足元がふらつく。
(……両方だ)
————やっとの思いで、その言葉を頭に描いた時だった。
「あ」
俺の頭を抑えつけていたギルバートの両手がすっと離れる————。
次の瞬間————。
闇。
視界が真っ黒に閉ざされる。
————目は開いている、のに。
「ギルバート……!? お前がやってるのか!?」
————叫ぶ。
————しかしその声は、どこに反響することもなく宙に消える。
————応答はない。
上も下も————真っ暗な空間の中で、一人ポツンと、立たされている。
「エル」
そう耳元で、聞こえた瞬間————。
————この声は。
俺が後ろを振り返るが、そこには————誰も、いない。
その時、真っ暗闇の中で————。
俺の両肩にポンと確かな体温と柔らかな重みが乗った。
————これは、手の平————なのか。
「ギルバート?」
————途端、口を塞がれた。
「ンっ……」
感じるその柔らかさと、体温————は、確かに唇だった。
舌の先がユルリ、と口の隙間を縫うように侵入した。
一度許したその空間からは————強引に侵されていく。
お互いの鼻が少しだけ、触れた。
肩に乗せられた両手に力が、次第に込められている。
互いの温かな唾液が口の中でニルリと、絡み合うのが、わかる。
俺は目の前の存在を確かめたくて、手を伸ばした—————。
しかし、その瞬間————。
「あ」
触れていた唇が突然、離れ————伸ばした手は、空を切った。
再び、闇の中に一人、放り出される。
「……心底、お前の事が嫌いだ」
「ギルバート……?」
「……お前が俺に ”呪い” を、かけたんだ」
「!」
「……少しは俺のことも考えろ」
————突然、ぱっと光に照らされる。
————辺りを覆っていた闇が一瞬にして、晴れる。
「ギルバート!」
俺は再び両の手を伸ばす。
しかし、手は何に触れることもなく。
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