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第1章 魔女の呪いと変わる世界

酩酊の虎

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「お、重い……」

俺は後悔していた。
酔っぱらったラルフとちょっとムフフな展開を、なんて想像した自分がバカだった。

店を出て歩くこと10分。
ラルフの家は酒場から近いが、まだ道のりの半分も到達していない。

たとえ訓練で鍛えているとはいえ、どちらかといえば小さい方の俺が190cmの屈強な男の肩を担いで歩くというのは、予想以上に厳しかった。
―――しかもラルフは虎なのだ。
一般の人間の更に一回り大きい体格をしている。

「ちょっと休憩、もう無理だ」

俺は通過するはずの公園でベンチを見つけ、半分投げるようにラルフを座らせた。

「……ガー」

ラルフは気持ちよさそうにいびきをかいている。
普段の凛々しい顔も今はなんだかだらしなく、涎を垂らしている。
耳は垂れたまま、しっぽもだらんとベンチから投げ出されている。

ラルフは皆の兄貴分のような存在で、こんな姿を見ることは本当に珍しい。
こんなに無防備なラルフを見るのは初めてかもしれない。

だからだろうか。
夜風が当たるところが心地が良くて、でも顔だけは熱が集まったように火照っていた。
俺も酒で酔っているのかもしれない。

少しくらいなら触ってもいいだろうか。
俺はつい、もふもふの虎の毛を触りたい欲に駆られてしまった。

意を決してラルフの頭を恐る恐る撫でてみた。
おお、これは。

「ふわふわで気持ちいいな」

俺はそのまま耳、頬と撫でていった。
こんなにも屈強な男の顔を撫でまくって楽しむなんて俺はとんだ阿呆だな。
ははは。なんだか楽しくなってきた。

そのまま首筋のあたりを執拗に撫でてみた。
するとラルフの口から、ンン……と吐息がこぼれて、俺は思わず手を引っ込めた。

―――俺は、何をしてるんだ。

するとラルフは虚ろな目を開けた。
こちらを見てはいるが視点は合っていないようだ。

「……おー? ここでするのかー?」

"する"ってなんだ。

「……な、何をバカなこと言ってんだよ、そろそろ行くぞ」

"する"ってなんだ。

こいつは何を考えてる。
いや、俺も何を考えていたんだ。

再びラルフの肩を担ぐと、なんとかベンチから立ち上がった。

「ほら、ちゃんと歩いてくれよ、頼むから」

そう言うと、ラルフは少し大人しくなったようで、自分の足で大分歩くようになった。
そのまま俺とラルフは、しばらくお互い無言で歩いた。

さっきのこと、謝ったほうが良いだろうか。
流石に気を悪くしたんじゃないか。
いや、これくらいの積極性がなければいけないはずだ。
そうだ。これは俺のためだ。

―――そういえば、こんな長時間誰かと触れ合っているのは初めてかもしれない。
ラルフは大丈夫なのだろうか。

そう思って俺は右側にいるラルフの顔を見上げた。
するとラルフは真剣な顔で俯いたまま、自身の足元を見ていた。

思わずドキッとして、俺は前を向きなおした。
こちらが見たことには気づいていないようだった。
ベンチで寝ていた時の顔とは余りにも打って変わったラルフの凛々しい顔に、俺は先刻の自身の行いを後悔していた。

「……なァ、不思議なんだけどよォ。オメェに触れてると何だかあったけえ気持ちになんだよ。心地良いんだ。でも、こう、なんていうか胸の奥がさ……痛くなるんだ。なんでだろうな。……ああ、そうだ、オメェを見ていると悲しくなるんだ」

完全に俺のたぶらかし能力です、ごめんなさい。
あのラルフにここまで言わしめる魔女の呪い、恐るべし。

「オメェはさ、余りに自己評価が低すぎるんだ。正直、オレは昔からオメェに一目置いてたんだぜ。確かに俺ら警備隊の仕事は連携が大事だ。実質、村の雑用が多いが、魔女の調査の時みたいにチームワークが大事なことも多い。その点オメェはそういうのが苦手で、それをよく思わない連中もいる」

ラルフはゆっくり確かめるような口調で少しずつ話をした。
それにしても、この話の流れはなんだ。
なんだかラルフの声の調子もおかしい。
歩幅が少しずつ狭くなっていく。

「オメェはあの野郎にしか心を開いていないようだったな。きっとオレが構うのも嫌がるだろうから、あまり今まで触れないようにしてたんだぜ。……でもオメェが陰で努力していること、オレにはわかってた」

気づけばラルフも俺も足を止めていた。
相変わらず肩は組んだまま、不自然な体勢で。
俺はどうにもラルフの顔が見られなかった。
誰もいない公園の広場で、あまりにも自分の足元が覚束ないことに気づいた。

「皆が帰った後も一人で訓練をやめねェし、弓の手入れもいつだってきちんとやってらァ。技術なら、たぶん村中で一番上だぜ。魔女の調査にもオメェと2人で選ばれてオレは誇らしいくらいだった。この数週間だって、オメェと、やっとこうやって話せるようになって楽しいんだぜ」

初めて聞く話だった。
俺は自身が褒められていることに気づいて、ようやく口を開くことができた。

「そんな。こんな俺でも、皆と同じように接してくれるラルフがすごいんだって……そう、思ってたよ。一人で可哀想な奴だって思ってるんだろうなって」

「オメェ、それ本気で言ってるのか。……バカだな」

そう言って、ラルフは俺の右手を優しく自身の肩から外した。
あまりにも自然な振る舞いだった。
そして俯いたままの俺の真正面に立った。
俺に向き合うと、優しく笑って俺の頭をわしわしと豪快に撫でた。

「もっと自分を大事にしろよ。……オレはさ、オメェがまだ生きててくれて嬉しいんだ」

そしてラルフは前を向くと、フラフラとした足取りで一人で歩き出した。

撫でられた頭が熱い。
俺はその温もりが信じられなくて、自分の右手を頭の上に乗せた。
とても俺の手のひらとは比較にならない大きさだった。

歩き出せない。
少しでも気を抜けば、涙が溢れてしまいそうだった。

―――なんだよ。

―――そんなの好きになっちゃうじゃないか。
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