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10・恋する愛人
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「お帰りなさいませ、ボス」
エルヴィーノが頭を下げると、後ろで皆が習った。
「出迎えご苦労だった。特に変わったことはないか」
いつもと変わらぬやり取りの間、パメラはいたたまれない思いで立っていた。ボスと話しているのはエルヴィーノだけで、残りの者はチラチラともの問いたげにパメラを見る。セナートに至ってはあからさまに眉を上げてみせた。パメラはツンと視線を逸らしたが、横目にもセナートがにたにた笑っているのが分かる。
ボスが居なくなったら、完全に酒の肴にされるだろう。彼らに捕まらないうちに、さっさと部屋へ逃げ込まなくては……。
「皆、下がっていい。ご苦労だった」
ボスの声に顔を上げると、ロドリゴがパメラの腰に手を回した。セナートが短く口笛を吹くと、ボスは振り向いてにやりと笑う。そして―――。
「あっ!?」
あろうことか、珍しく下ろしていたパメラの髪を、さらりと背中からかきあげた。小さく悲鳴を上げてその手を振りほどいたが、もう遅い。
コルデラーラの玄関ホールに、かつてない歓声が響き渡った。拍手に口笛、足を踏み鳴らす音。
「―――――!!」
彼らはバッチリと見てしまったのだ、うなじにくっきりと付けられたキスマークを。
ロドリゴはパメラを引き摺るように、階段を登って行く。背中まで赤く染めたパメラの耳に、「賭けの倍率」という言葉が聞こえた。
―――賭け? ……てことは、皆、最初から……!?
「……どうして皆知ってるの!?」
思わず振り返り、パメラは叫んだ。ボスとこんなことになるつもりなど、出発する時には小指の先程も無かったというのに。
「なんだパメラ、おまえ覚えてねえのか?」
ニヤニヤ笑いを顔に張り付かせたまま、セナートが答える。
「……何のことよ」
「あの嬢ちゃんのところで、言っただろ」
「……?」
あの小娘に? 心当たりが思い浮かばず首を傾げると、セナートがさらににったりと笑み崩れた。
「『ボスは渡さねえ』ってよ」
「!?」
―――本当に!?
はじかれるようにロドリゴを見ると、ロドリゴもまた笑っていた。明らかに狼狽えるパメラを楽しんでいる。
「……もう、ボス!」
「……ボス?」
ロドリゴが低く問い返すと、傍目にもパメラがたじろいだのが分かった。彼らにはその理由が分からないが、どうやらボスは完全にパメラを手に入れたらしい。
冷やかすような歓声に送られて、パメラはボスに連れられて行った。
彼らの歓声は義理ではなかった。
その辺の女では当然こうは喜べないが、パメラならいい。ボスに心酔しているし、元々コルデラーラの女だから、組織のためにならないことはしないだろう。あの一途な性格なら、ボスのものになったからと言って図に乗ることも有り得ない。ついでに少しくらいは、からかう楽しみも増えるというものだ。
「あっ……、やぁ……」
ロドリゴの私室の、これまでは入ることの無かったベッドルーム。ドアを閉めるなりそこに身体を押し付けられ、パメラは早くも甘い声を上げていた。
「もう忘れてしまったか?」
「あぁっ、ちが……」
広げられた胸元にロドリゴの舌が這い、スリットを割って入り込んだ手が、お尻をきゅっと掴んでいる。
「もうボスとは言うな、と言わなかったか?」
別邸にいる間、パメラはほとんどあの寝室から出なかった。というか、出してもらえなかった。ロドリゴが自分を求めるのは一時の気まぐれや酔狂ではないことが分かるまで、それはもう何度でも、気を失うまで抱かれつづけた。昨日一日だけで、パメラがこれまでに経験したセックスの回数を軽く超えている。
これからもボスの傍にいていいのだ。何度頬をつねっても足りないほど嬉しいが、とうぶんは仲間たちに冷やかされるだろう。
「ひぁっ……! お願い、もう言わないから許して、ロドリゴ……!」
「さあ、どうかな。二度と忘れないように、さて何をしたらいいだろうね?」
ロドリゴが口角を上げると、パメラの背中にぞくりと甘い痺れが走った。
本当のところロドリゴには、パメラが「ボス」と呼ぶことに抵抗はない。だが生真面目なパメラはすぐ「ボス」と口から出てしまうので、それをお仕置きの口実にしているだけだ。美しい愛人が自分の傍にいることに慣れるまで、とうぶんは楽しめるだろう。
ロドリゴはパメラの胸元に、またひとつ赤い印をつけた。
それからもパメラは、ロドリゴの愛人として街へ出た。
「ナイフを使わせたら並ぶ者のない凄腕なんだ」
「なんとも色っぽい、すごいいい身体の美女じゃねえか」
以前と変わらず評判だが、最近新たに言われるようになった言葉がある。
「それがよ、ボスのロドリゴを見るときだけは……ごくたまに、やけに可愛い顔をするのさ」
「そうそう、まるで恋する乙女みたいにな」
そんな口さがない連中も、ロドリゴがちらりと視線を向けると慌てたように口を噤む。ロドリゴはやたら耳敏いというのも、近頃もっぱらの評判だった。
エルヴィーノが頭を下げると、後ろで皆が習った。
「出迎えご苦労だった。特に変わったことはないか」
いつもと変わらぬやり取りの間、パメラはいたたまれない思いで立っていた。ボスと話しているのはエルヴィーノだけで、残りの者はチラチラともの問いたげにパメラを見る。セナートに至ってはあからさまに眉を上げてみせた。パメラはツンと視線を逸らしたが、横目にもセナートがにたにた笑っているのが分かる。
ボスが居なくなったら、完全に酒の肴にされるだろう。彼らに捕まらないうちに、さっさと部屋へ逃げ込まなくては……。
「皆、下がっていい。ご苦労だった」
ボスの声に顔を上げると、ロドリゴがパメラの腰に手を回した。セナートが短く口笛を吹くと、ボスは振り向いてにやりと笑う。そして―――。
「あっ!?」
あろうことか、珍しく下ろしていたパメラの髪を、さらりと背中からかきあげた。小さく悲鳴を上げてその手を振りほどいたが、もう遅い。
コルデラーラの玄関ホールに、かつてない歓声が響き渡った。拍手に口笛、足を踏み鳴らす音。
「―――――!!」
彼らはバッチリと見てしまったのだ、うなじにくっきりと付けられたキスマークを。
ロドリゴはパメラを引き摺るように、階段を登って行く。背中まで赤く染めたパメラの耳に、「賭けの倍率」という言葉が聞こえた。
―――賭け? ……てことは、皆、最初から……!?
「……どうして皆知ってるの!?」
思わず振り返り、パメラは叫んだ。ボスとこんなことになるつもりなど、出発する時には小指の先程も無かったというのに。
「なんだパメラ、おまえ覚えてねえのか?」
ニヤニヤ笑いを顔に張り付かせたまま、セナートが答える。
「……何のことよ」
「あの嬢ちゃんのところで、言っただろ」
「……?」
あの小娘に? 心当たりが思い浮かばず首を傾げると、セナートがさらににったりと笑み崩れた。
「『ボスは渡さねえ』ってよ」
「!?」
―――本当に!?
はじかれるようにロドリゴを見ると、ロドリゴもまた笑っていた。明らかに狼狽えるパメラを楽しんでいる。
「……もう、ボス!」
「……ボス?」
ロドリゴが低く問い返すと、傍目にもパメラがたじろいだのが分かった。彼らにはその理由が分からないが、どうやらボスは完全にパメラを手に入れたらしい。
冷やかすような歓声に送られて、パメラはボスに連れられて行った。
彼らの歓声は義理ではなかった。
その辺の女では当然こうは喜べないが、パメラならいい。ボスに心酔しているし、元々コルデラーラの女だから、組織のためにならないことはしないだろう。あの一途な性格なら、ボスのものになったからと言って図に乗ることも有り得ない。ついでに少しくらいは、からかう楽しみも増えるというものだ。
「あっ……、やぁ……」
ロドリゴの私室の、これまでは入ることの無かったベッドルーム。ドアを閉めるなりそこに身体を押し付けられ、パメラは早くも甘い声を上げていた。
「もう忘れてしまったか?」
「あぁっ、ちが……」
広げられた胸元にロドリゴの舌が這い、スリットを割って入り込んだ手が、お尻をきゅっと掴んでいる。
「もうボスとは言うな、と言わなかったか?」
別邸にいる間、パメラはほとんどあの寝室から出なかった。というか、出してもらえなかった。ロドリゴが自分を求めるのは一時の気まぐれや酔狂ではないことが分かるまで、それはもう何度でも、気を失うまで抱かれつづけた。昨日一日だけで、パメラがこれまでに経験したセックスの回数を軽く超えている。
これからもボスの傍にいていいのだ。何度頬をつねっても足りないほど嬉しいが、とうぶんは仲間たちに冷やかされるだろう。
「ひぁっ……! お願い、もう言わないから許して、ロドリゴ……!」
「さあ、どうかな。二度と忘れないように、さて何をしたらいいだろうね?」
ロドリゴが口角を上げると、パメラの背中にぞくりと甘い痺れが走った。
本当のところロドリゴには、パメラが「ボス」と呼ぶことに抵抗はない。だが生真面目なパメラはすぐ「ボス」と口から出てしまうので、それをお仕置きの口実にしているだけだ。美しい愛人が自分の傍にいることに慣れるまで、とうぶんは楽しめるだろう。
ロドリゴはパメラの胸元に、またひとつ赤い印をつけた。
それからもパメラは、ロドリゴの愛人として街へ出た。
「ナイフを使わせたら並ぶ者のない凄腕なんだ」
「なんとも色っぽい、すごいいい身体の美女じゃねえか」
以前と変わらず評判だが、最近新たに言われるようになった言葉がある。
「それがよ、ボスのロドリゴを見るときだけは……ごくたまに、やけに可愛い顔をするのさ」
「そうそう、まるで恋する乙女みたいにな」
そんな口さがない連中も、ロドリゴがちらりと視線を向けると慌てたように口を噤む。ロドリゴはやたら耳敏いというのも、近頃もっぱらの評判だった。
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きゃぁ〜〜、ロドリゴ様ぁ〜😍😍😍
イケおじ過ぎてヤバイです。
ありがとうございます!!
イケオジボスをお楽しみくださいませ♡