上 下
29 / 29

29・魔王は逃げる 下

しおりを挟む
「陛下、どちらにいらっしゃるのです?」

 城のあちこちで、私を探して歩くエリーの声がする。

「お願いエリー、しばらく見逃してよ!」
「まあ、駄目ですよ陛下。さあ、お部屋に戻りましょう」

 私はエリーに連れられ、すごすごと部屋へ戻る。もちろん部屋には謙斗が待っていて、ニヤニヤと嬉しそうに笑っていた。

「よう、見つかったな」

 手を伸ばしてベッドに引っ張り込まれながら、私はせめてもの抵抗を試みる。

「もう、謙斗の馬鹿! どうせ分かってるんなら、エリーに探させなくてもいいじゃないの」
「そこまで分かってるんなら、探させるようなことをしなきゃいいだろ」

 そのころにはもう、謙斗の手は私のドレスにかかっていて、早くも押し倒されていたりするのだが。

「やだ、さっきまでしてたじゃない! もっとお仕事したらどうなの?」
「とっくに全部終わったよ。うちの宰相は有能だからな」

 ―――アードンめ! こんなことなら、もっと無能な奴を宰相にしておけばよかった。

「ほら、余計なことを考えてる暇はないぞ」
「えっ、やだもう謙斗の馬鹿―――っ! 少しは休ませてぇ!」





「バルゴラス、匿って!」

 黒龍将軍のバルゴラスは私を座らせ、「妻の心得」らしきお説教を始めた。この際お説教でもいいから時間を稼ごうと思っていたら、さすが筆頭将軍。綺麗に切り上げて謙斗のところへ連れて行かれてしまった。

「バルゴラス、ご苦労」
「何のことはございません、創造主マスター

 ―――バルゴラスの裏切り者っ!


 毎日毎晩、私は謙斗に抱き潰されている。人間なら何回死んでも足りないだろう。いくら回復するからって、毎日あれでは私が保たない。あんなにイきまくって、気絶するまで……。さすがに怖くなるのだ。
 そして耐えられなくなると、私は謙斗から逃げ出したくなる。
 ところが城の皆は、もう痴話喧嘩とすら思ってくれないらしい。そんなプレイなんかしたくもないのに!



「アードン、何とかして! 貴方なら謙斗に言えるでしょう? もう少し自重しろとか、仕事した方がいいとか……」

 あんなに有能で忠実で、誰より頼りになった宰相アードンは、重々しく首を振った。

「陛下、どうか創造主マスターの言うことをお聞きください。それが今のこの国にとって、一番の幸せです」
「アードンまで……」

 私はがっくりと下を向いたけれど、ひとつだけ思い出して聞いてみる。

「そういえば、貴方たちはどうして……彼を創造主マスターだと知ったの?」

 アードンはあっけにとられたような顔をして言った。

「初めて勇者として城に来たとき、頭の中に命令が聞こえました。あの強さを見ては、疑う理由もありませんでしたし」
「私にはそんなこと言わなかったじゃない」
「申し訳ありません、陛下。そういう命令でしたので」

 ―――もう、謙斗ってば、人を馬鹿にして!!

 怒り狂って謙斗のもとへ駈け込んで行った私は、やっぱり馬鹿だった。またも美味しくいただかれただけ。本当は、謙斗の掌から逃げられる気がしないのだ。こういうのも、惚れた弱みって言うのだろうか?


「もうあんたでもいいわ、ギエルム! あんたは出ていって、私をこの部屋に匿いなさい!」

 ギエルムは私を見ただけで、顔を引きつらせて部屋から出て行った。前に謙斗から締め上げられたのが、よほど効いているらしい。やがてエリーが呼びに来て……、もうあとは言うまでもなかった。





創造主マスター、失礼ですがあの陛下が、本当に言いなりになるとお思いで?」

 ある日の会議室で、バルゴラスが尋ねた。何やら書類を手にしたアードンも手をとめて、謙斗を興味深げに見る。

 私は会議室にはいない。謙斗の行先を知ろうと、こっそり魔鏡で会議室の様子を覗いていた。

「言いなりに? そんなわけねぇだろ。別に俺は、そんなことも望んでないしな」
「ではなぜ、あんなふうになさるのです? おそらくわざと逃げさせて、捕まえてらっしゃるでしょう」

 アードンが問うと、ギエルムがそっと目を上げた。やはり気になるらしい。

「俺は気の強いあいつを追い詰めて、悔しがりながら堕ちていくのを見るのが好きなんだよ」
「やれやれ、それは陛下にはお気の毒というか……。永遠に終わらない追いかけっこですな」


 バルゴラスとアードンが苦笑するなかで、謙斗はふと視線を移してこっちを見た。

 ―――!? 魔鏡ごしに目が合うなんて、嘘っ!

「……覚悟しろよ」

 将軍たちは意味が分からない顔をしている。私はやにわに立ち上がった。

 ―――ヤバい、逃げないと!! これは、絶対にお仕置きコースだ……!

 私は慌てて部屋を飛び出した。もう、これじゃ何回転生しても命が足りない気がする。それでもきっと、謙斗は私を追って来るのだろう、どこまでも。





 ―――魔王は今日も広大な魔王城で、逃げている。





しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(9件)

さんしろう
2019.02.20 さんしろう

「知らなかったのか、創造主からは逃げられない」
このセリフがしっくりくるシュチュですね
末永くお幸せにとしか言いようがないな

砂月美乃
2019.02.21 砂月美乃

さんしろう様

素敵セリフありがとうございます!
逃げられないけれど、いつまでもじたばた逃げようとする魔王と、それを愛でる創造主なのでした。

最後までお読み下さって、本当にありがとうございました!

解除
ニカ
2019.02.15 ニカ

健斗 謙斗 どっち?

砂月美乃
2019.02.17 砂月美乃

うわ、サブタイトルですね!

すみません、健斗→謙斗に訂正致しました。
変換ミスに全く気付いておらず、お恥ずかしい限りです。

ご指摘ありがとうございましたm(*_ _)m

解除
柴田 沙夢
2019.02.15 柴田 沙夢
ネタバレ含む
砂月美乃
2019.02.17 砂月美乃

柴田 沙夢様

感想ありがとうございます!
スッキリしていただけて良かったです(*^^*)

このお話は、書いていて本当に楽しかったです。
あと数話で完結になりますが、最後までお楽しみいただけるように祈っております。

解除

あなたにおすすめの小説

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される

吉川一巳
恋愛
気が付いたら男性向けエロゲ『王宮淫虐物語~鬼畜王子の後宮ハーレム~』のヒロインに転生していた。このままでは山賊に輪姦された後に、主人公のハーレム皇太子の寵姫にされてしまう。自分に散々な未来が待っていることを知った男爵令嬢レスリーは、どうにかシナリオから逃げ出すことに成功する。しかし、逃げ出した先で次期辺境伯のお兄さんに捕まってしまい……、というお話。ヒーローは白い結婚ですがお話の中で一度別の女性と結婚しますのでご注意下さい。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。