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最終話・騎士たちと大魔導師
しおりを挟む良かった、喜んでもらえた。そう思って笑顔で仲間たちを振り返った私が見たものは―――私の足元に跪く、カインとエリスとグリフ。
その作法の意味するところを見間違う者などいない。
「え……!?」
慌てて見回すも、陛下はおろかウェインまでもが見えなくなっていた。思いがけない事態に、足元から地鳴りのような歓声と騒めきが立ち昇ってくるけれど、私はどうしていいか分からない。
「ミア、俺達と結婚してくれ」
カインの言葉に、私は頭が真っ白になった。だって、この国では結婚は……。
「心配しなくていい、陛下の許可もいただいた」
「きょ、許可……?」
「その通りだ」
そう言ってまたバルコニーへ出て来た陛下は、なんとルカ様と一緒だった。
ルカ様は前へ進み出ると、魔法で声を風に乗せ、町の人たちに届くようにして話し出した。
「私はこれなる大魔導師ミアの師、ルカ。少し話を聞いてほしい」
称号こそ受けていないが、伝説の魔導師として有名なルカ様の声に、人々はまた静まり返った。
「我が弟子ミアは稀なる4属性と、私を超える高い魔力を得て魔導師になった。だが知るものもいるだろうが、彼女の魔力顕現は遅かった。―――理由は」
そこでルカ様は一度言葉を切って私を見た。その時私は、ルカ様が何を言おうとしているのか分かった気がした。さすがに身体が強張ったけれど、ただ黙ってルカ様を見つめる。
「理由は、彼女のチャージ法にあった。それは『愛される』というものだったから」
周囲のどよめきが広がる。陛下の後ろからウェインの
「なるほど、考えたな」
という小さなつぶやきが聞こえたけれど、私は理解が追い付かず、呆然と立っていた。
「詳しいことは言わない。だが、ようやく顕現を果たし、王都へ来て、ミアは彼らと出会った。彼女の膨大な魔力を維持するには、常に傍らにいて愛を注ぐものが必要なのだ」
そこで陛下が言葉を発した。ルカ様は一歩下がりつつ陛下の言葉を風にのせる。
「ここで皆に告げる。ルカおよびカインらと話し合った結果、今回のこと、国王セレスの名において、すべての法に優先して差し許す。すべて大魔導師ミアと、勇者カイン、そして騎士エリス、グリフ、ウェインのこれまでの殊勲によるものであり、さらなる功績を期待してのことである」
陛下が話し終えると、ルカ様はバルコニーの後ろ、ウェインの隣まで下がった。もう町の人には聞こえない声で、陛下が囁く。
「さあ、ここまでしてやったのだ、魔導師ミア。もう諦めよ」
「諦めるとは何ですか、陛下」
未だ動けない私を置いて、エリスが呆れた声を出した。そして私に向きなおる。
「大丈夫、ミア。何も変わらないよ。ただ、僕らが堂々と君を抱いて歩きたいだけだから」
「おい、陛下の前でそこまで……」
グリフが気恥ずかしそうに止めたけれど、そのグリフも結局、
「こうすれば役を退く歳になっても、ずっと一緒にいられるからな」
と言って微笑んでいる。
「ミア、頼む。もうあの時のように、失うことを恐れたくないんだ。……俺達の手を取ってくれ」
そして3人の手が伸ばされ、ひとつに重ね合わされた。
―――いいの? 本当に、この手を取ってもいいの?
最後のためらいを振り切ることが出来ず、思い余った私はルカ様を振り返る。
ルカ様は何も言わず、ひとつ頷いただけだ。するとなぜか、この前エリンと話した言葉が思い出された。
―――私が「魔導師ミア」でいられるのは……この人たちがいるから。
身体の前で組んでいた手にぎゅっと力を込め、私は顔を上げた。そして両手を伸ばし、重ねられた3人の手の上にそっと重ねる。
その瞬間に沸き起こった嵐のような歓呼の声に、3人が口々に言った言葉はかき消されてしまった。それでも飛び上がるように立ち上がった3人に引き寄せられ、かわるがわる抱きしめられる。
そして私を横抱きにしたグリフが、町の人に向かって進み出た。歓声に口笛や拍手も混じって響くなかで、カインとエリスが拳を突き上げると、声がひときわ大きくなった。
◆◇◆
かつてない歓声に包まれたバルコニーで、国王セレスは内心ほっと安堵の息をついていた。
ルカをこの場に立たせる為に、自分がどれだけ骨を折ったか。いつかあの騎士達にも知ってもらいたいものだ。それにしても良かった、何とか納まるところに落ち着きそうだ……。
そんな国王の内心を知ってか知らずか。ルカは抱き合う4人を見ながら、隣のウェインに囁いた。
「ウェイン殿には苦労をかけるな」
「まあ、あいつらに見せつけられるのはもう慣れたよ、ルカ師。それに……」
そこでウェインはにやりと笑った。
「邪魔ものがいるくらいで、ちょうどいいのさ。俺がいなかったら、あの館は纏まらないし。だいいちさすがの嬢ちゃんも抱き潰されちまうだろ」
これにはルカも苦笑するしかなかった。
◆◇◆
「……いつから考えてたの?」
「陛下に言ったのは、称号と褒賞の話が出たときだ。でも本当は、もっと前から考えてた……いい方法が浮かばなかったけど」
バルコニーでの思いがけないプロポーズの一幕で、その後大広間で行われた宴は、騎士達を中心に大変な騒ぎとなった。もちろん好意的な反応ばかりではなく、王宮の官僚や、特に魔導師たちは冷ややかな視線を注いでいたけれど。それでも町へ出ていた騎士たちによると、町の人達の反応はおおむね好意的だったとか。
「やっぱり『さすがエメラルドの乙女』ってのが多いらしいね」
「もともとオレ達の誰とくっつくか、なんて面白がってたくらいだからな」
3人は余裕で笑っているけれど、私はまだ少し恥ずかしい。でもカイン達が今までになく嬉しそうなので、これで良かったんだと思う。
これからの私達の行動で、評価も変わってゆくだろう。
宴には前の勇者モース様やショーン様をはじめ、ウェインの元のお仲間が皆出席し、祝いの言葉をかけてくれた。当然そのまま馴染みの店に繰り出すことになったウェインは、わざわざ「絶対帰らねえから安心しろ」と言い置いて行った……。
もちろんカイン達はそのつもりだ。私はすでに長椅子で、3人に左右と足元を固められている。
「ミア、ありがとう。僕達の妻になると言ってくれて」
「ずっと大切にする」
「あ……ん」
彼らの手が肩を、腰を、膝を抱き、いたるところに口づけが落とされた。
「ね、待って……ここじゃ……」
早くも息が弾んできた私は、流されてしまわないうちにと焦って訴える。
「部屋ならいいのか?」
カインが嬉しそうに笑って、私を抱き上げて立ち上がった。
―――私……。これから毎晩、ちゃんと眠れるのかしら?
一抹の不安が胸をよぎるけれど、口づけひとつでそんなものは吹き飛んでしまう。
「愛してるよ、ミア」
その言葉だけで、どんな魔法よりも、どんな秘薬よりも、私は強くなれるから。
乱れてゆく意識の底で、私も「愛してる」と囁いた。
◆◇◆
この王国には、稀代の大魔導師がいたと伝えられている。
「エメラルドの乙女」の二つ名のもとになった美しい緑の瞳と長い髪をした魔導師は、言い伝えによれば他の追随を許さぬ圧倒的な魔力を誇り、4つの属性を操り、3人の騎士に愛された。
美しい大魔導師と逞しい騎士達の活躍により、王国は一層栄え、どんな魔物や竜にさえも脅かされることはなかったという……。
fin.
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