魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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98・ソフィアを捕らえろ 下

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 ◆◇◆

 モルシェーンの町で感じた不穏な気配。あの時は本能的に避けた方が良いと思って、すぐさま町を出た。
 ヨルンの町でのんびり休んでみたが、やはりどうにも、じっとしていられなくなった。何が起こっているのかも気になるし、第一にこの身体はもう嫌だ。やはり最初に決めた通りに、あのミアの身体に、もっと早く乗り移っておけばよかったのだ。
 朝一番でヨルンを出て馬車に揺られながら、ソフィアはじっと床を見つめて、そればかり考えていた。

 いよいよ王都モルシェーンの町が見えてきた。そっと目をこらすが、特に気配は感じない。あれは気の迷いだったのか。そう思ってしまうほど空は明るく、町は相変わらず賑やかだ。

 いつも通り、門の前で騎士達が中を検める。もっとも人数や職業に旅の目的を聞く、ごく形式的なものだ。この前と同じに「父を探して」と言えば、むしろ同情してくれるだろう。
 再び馬車が動きだした。降りたらどうするか、この間の宿は―――。

 ―――!?
 ソフィアははっと顔を上げた。15歳の娘にはあり得ない、食い入るような目で前を見つめ、探し求める。
 今、確かに感じたのだ。あの娘、ミアの気配を。絶対に近くにいる……!

「お客さん方、到着ですよ」
馭者が声を張り上げたその時、見つけた。あの鮮やかな緑色の髪。そして圧倒的な魔力の気配。他のものなど目にも入らなくなる。ソフィアはポケットに触れ、中身を確かめた。―――今日こそ手に入れる。どんな手を使っても……。



 ◆◇◆

 布を外した私は、飾り物を眺めているふりで、広場に背を向けて立っていた。グリフも物陰に身を隠し、万一に備えて私を見守っている。詳しくは知らないけれど、他にも数名の騎士たちが、同様に潜んでいるらしい。

「栗色の髪、子供みたいな体。―――いたぜ、ミア」
店の陰から、グリフの囁き声がした。私は目で分かったと合図し、打ち合わせた通りに広場の中央へ向かう。絶対にソフィアの方を見ることはしない。広場の屋台や露店を眺め、ゆっくりと歩いていく。それでも、背後からもの凄い魔力が迫ってくるのが感じられていた。もはや探ろうとなどしなくても、勝手に伝わってくる。……カナの魔力は知られていないから、隠そうとも思わないの? 私の知っているサラの頃とはあまりに違うむき出しの気配に、不審を感じずにはいられなかった。


 魔力の主が、一気に距離を詰めてきた。最後は軽い足音とともに駆け寄ってくる。周りの騎士たちが思わず一歩踏み出した瞬間、後ろから私の腰に、鋭い痛みを感じた。
「!?」
「ミアっ!?」
思わず叫んでしまったらしい、グリフの声が聞こえた、と思ったとき、頭上からバラバラと何かが降ってくる。
「……くっ」
「ううっ」
魔力の主―――カナの姿をしたソフィア―――が呻き、私も声をもらしてしまっていた。降ってきたそれは、ひどく不快で、息苦しい。さっきの腰の痛みも痺れるように広がって、意識が遠のきそうになる。

 頭上から降ってきたそれは、いつか騎士たちに貸し与えられた、魔力を一時的に封じ込めるためのロープで編まれた網だった。ソフィアの出方によってはこれを使うと言われていたけれど、こんなに苦しいなんて……。 

 腰の痛みが、ひどく熱く、そして冷たくも感じられる。身体を伝う生ぬるい感覚に、血が出ているらしいと気付いた。
「ミア、血が……!」
「網ごと捕えろ! 可哀そうだが、こいつを押さえてから、ミアを出してやるんだ」
エリスやカインの声が、どこか遠くでざわざわと聞こえる。


 カインとエリスが、さらに魔力封じの剣を手にしてソフィアに迫った。その周りをたくさんの騎士たちが囲む。
「今度こそ逃がさない、ソフィア」
不快感に耐え、荒い息を吐いて周りをうかがっていたソフィアが、急に目を見開いた。全身に脂汗を垂らしながら、何か口の中で呟いている。

「――――――!?」
不快感と傷の痛みで朦朧としていた私は、いきなり生じた感覚に、声にならない悲鳴を上げた。
 何かが、むりやり私の中へ……、私の意識の中へ押し入ってくる!?
 ―――これが、ソフィアの。
 魔力封じの網の中で、強引にそんなことをしたら、たとえソフィアの魔力をもってしても無事ではないはずなのに、信じられないほどの強さで、私の中を埋め尽くそうと広がってくる。私に乗り移ろうとして。
 なにかの発作のような、かすれた荒い息遣いばかりが耳に響く……。

「ミア!」
誰の声かは覚えていない。
 でもその瞬間、ほんの一時だけれど、私の残った意識が一斉に叫んだ。
 ―――させない!
 カイン達の剣が網越しにソフィアに向かうと同時に、私は腰につけていた小瓶を開けて投げつける。魔導師の命とも言うべき魔力、それを永遠に失わせる「王家の秘薬」が、ソフィアの身体に降りかかった。


「ぎゃあああああああああぁ――――――!」
響き渡った悲鳴は、広場中の人を立ち竦ませた。目の前で見ていたカイン達でさえ、少女のような姿のカナの口から出た声とはとても思えなかったのだから、何も知らない町の人には何が起こったのか分かるはずもない。

 ソフィアと私は、ほぼ同時に倒れた。カインの指示で、網に包まれたままのソフィアを用意した馬車で運び、私はグリフに抱えられ、すぐに館に運ばれたらしい。
 私は腰をナイフで刺されていた。ただ、私がいつも植物の種をいれ、腰につけて持ち歩いている袋。そこに当たって狙いがそれ、出血は多かったけれど傷自体は浅かったらしい。すぐにショーン様が回復をかけてくれ、私が気が付いた時には、もう傷は塞がっていた。





「―――ソフィアは?」
長椅子に横たわったままで、私は尋ねた。
「やっぱりまだ気を失ったままだ。例の薬を浴びたから心配はいらないと思うが、念のため魔力封じのロープで手足を縛って寝かせてある。後で長官殿と一緒に、魔力を確認してほしいそうだ」

私は頷いて、自分の魔力を探る。するとショーン様が笑った。
「大丈夫だよミア。君の魔力はここにいてもひしひしと感じられるからね」
「ほんとに無茶するよな……」

 私はそこで初めて、あの時ソフィアに乗り移られかけていたことを、彼らに話した。
「……あのね、実はあの時……」
全員が青ざめて言葉をなくした。
「信じられない……。知らないうちに、目の前でミアを失うところだったなんて……」
エリスが呟くように言ったけれど、他の誰も、それ以上口を開かない。

 どれほどの時間が経ったのか、突然ウェインが立ち上がった。
「陛下に言って、この件の報告は『魔導師ミアの回復を待って』明日にしてほしいと言ってくる。ソフィアの調べも明日でいいだろ。―――おい、ショーン。付き合えよ」
「……え、ああ、そうか。分かったよ」


 2人が急いで出ていったのと同時に、
「―――ミア!!」
カインが、エリスが、グリフが。飛びついてきて私を抱きしめた。


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