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93・そのままで
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倒れたといっても今度は気を失ったわけではなく、一瞬気がゆるんだだけだったので、少し休めば大丈夫だった。
それから陛下に報告に行き、戻ってきてサロンに落ち着いたのがたった今、……と言ってももう夕方だ。疲れ切った私のために、カインが長椅子に山盛りのクッションを並べ、座らせてくれた。
「よくやったな、ミア」
「ああ、よく頑張ったよ嬢ちゃんは」
そこへエリスが、温かいお茶を運んできてくれた。グリフも焼き菓子の籠を手に持っている。皆の優しさが嬉しい。
「ありがとう。……はああ……美味しい……」
この何日か、味わってものをいただく余裕など全く無かったので、思わず声を上げてしまう。すると、4人がそれぞれ不思議そうに私を見た。
「……どうかした?」
ウェインはひとり納得したように頷いたけれど、カイン達はそうではないみたいだ。
「やっぱり、違うよな……」
「うん、素直というか、可愛いというか……」
「え?」
何を言っているのか分からず首をかしげる私に、ウェインが言った。
「説明してやれよ、嬢ちゃん。いきなり素のままでふるまいだしたから、こいつらは戸惑ってるんだ」
「あ……」
3人が揃って頷く。
私はさっき感じたことを話してみる。ちゃんと伝えられるといいのだけど……。
「―――今まで、『勇者の専属』としてカイン達に相応しくありたいと思って、ちょっと背伸びしてた。でも、グリフの話を聞いて、私も魔導師の力をもらえたんだからって思ったときに、今の私でもいいのかな、って思って……」
頷いているカイン達に、そっと聞いてみる。
「そんなに違うと思ってなかったんだけど……だめ? やっぱり……もう少し大人っぽいほうがいい?」
すると、3人が一斉に首を横に振った。
「そんなことない!」
「そのままのミアでいいよ」
カインが椅子を立ってきて、私の隣にかけた。
「そうか、いきなり王都へ来て俺達の中に入ったから、焦らせちまったんだな。気づかなくて悪かった。大仕事も成し遂げたんだし、もう何も無理することはない。自然なままでいてくれ」
そして手を伸ばして私の髪をなでる。
「本当に大変だっただろう? よくやったな、ありがとう、ミア」
優しい瞳と言葉に、私の目が潤んでしまう。
「ううん、助けてくれて、守ってくれて……。ありがとうカイン。エリス、グリフ、ウェインも」
そのままカインの手が私を引き寄せ……かけたところで、ウェインが割って入った。
「悪いがその先は後にしてくれ。とりあえず飯と、祝杯だ」
ウェインが秘蔵のワインを開けて、秘薬の完成を祝ってささやかなお祝いをしてくれた。しかも陛下に報告に行っている間に、アンナさんに私の好物をと頼んでおいてくれたなんて。
感激する私に、3人はちょっと悔しそうだ。
「さすがウェインだな。よく分かってるよ」
「若い頃、相当もてたって分かるな」
「これで花束があれば口説けるよね」
当のウェインは平然としたもので、私にワインをすすめながら
「それならケーキにアクセサリーも要るぞ」
と、しれっと答えている。
「……否定しねえところがすげえな」
グリフが呟くと、ウェインが苦笑した。
「嬢ちゃんの師匠はもっとすごいぞ。なにしろ女のほうが贈り物持って群がってたからな」
「ルカ様に?」
思わず聞き返してしまった。ルカ様の若い頃はきっと、それはそれは素敵だっただろう。でも、あのルカ様が女性に囲まれているところなんて、どうしても想像できない。
「そりゃもうすごかったぜ。今のお前ら3人ひっくるめたくらいの人気だった」
「へぇ……あのルカ師がねえ」
そう言えば思い出した。初めて王宮へ来て、陛下にお食事に招待いただいたあの時に、サラが言っていた言葉。
「王宮の、魅惑の魔導師ルカ……」
思わず口に出した私に、ウェインが目を丸くした。
「お、それだよ嬢ちゃん! 何で知ってるんだ?」
余計なことを口走ってしまったと顔を赤くしながら、あの時のことを説明する。
「ああ、そういや『サラ』とルカ師は歳も近かったしな……」
ウェインが頷く。
サラの名前が出てしまったので、当然ながら、ソフィアのことに話が向いた。
「あの女、今頃何をしてるんだろう」
「秘薬も完成したし、次こそは捕らえないとな」
頷き合って決意を新たにし、その後はさっきより少し落ち着いた会話とともに食事を終えた。
その後サロンに移って、4人はまだお酒を飲んでいた。私はウェインのワインで充分だったので、長椅子に座って彼らの話を聞いていた。
「さて、俺はそろそろ休むか」
ウェインが呟くと席を立つ。扉を開けると振り返って言った。
「お前らが何考えてるか想像つくけどよ、あんまり嬢ちゃんに無理させんなよ」
何のことだろう? 首をかしげて見てみると、ウェインの言葉に憮然とするカインに苦笑するエリス、なぜか真っ赤になっているグリフ。
「じゃあな、嬢ちゃん。おやすみ」
ウェインは私に向かって意味深に笑うと、ひらひらと手を振って出ていった。途端にサロンに響く、3つのため息。
「……え?」
どうやら、意味が分からないのは私だけらしい。
「まったく、あの親父。どこまで勘がいいんだか……」
「本当に敵わないなあ」
エリスはそう言いながら立ち上がる。
「でもさ、僕らがミアに無理なんかさせる訳ないじゃない。ねえミア?」
そして長椅子の後ろに回り込んで、肩越しに私をのぞきこんだ。
「え? うん……」
よく分からないまま頷くと、エリスが笑って頬に口づける。
「ひゃ、エリス……え?」
膝の上の手を取られて気が付くと、いつの間にかカインが隣に座っている。
「ミア、頼みがある」
「頼み……?」
それから陛下に報告に行き、戻ってきてサロンに落ち着いたのがたった今、……と言ってももう夕方だ。疲れ切った私のために、カインが長椅子に山盛りのクッションを並べ、座らせてくれた。
「よくやったな、ミア」
「ああ、よく頑張ったよ嬢ちゃんは」
そこへエリスが、温かいお茶を運んできてくれた。グリフも焼き菓子の籠を手に持っている。皆の優しさが嬉しい。
「ありがとう。……はああ……美味しい……」
この何日か、味わってものをいただく余裕など全く無かったので、思わず声を上げてしまう。すると、4人がそれぞれ不思議そうに私を見た。
「……どうかした?」
ウェインはひとり納得したように頷いたけれど、カイン達はそうではないみたいだ。
「やっぱり、違うよな……」
「うん、素直というか、可愛いというか……」
「え?」
何を言っているのか分からず首をかしげる私に、ウェインが言った。
「説明してやれよ、嬢ちゃん。いきなり素のままでふるまいだしたから、こいつらは戸惑ってるんだ」
「あ……」
3人が揃って頷く。
私はさっき感じたことを話してみる。ちゃんと伝えられるといいのだけど……。
「―――今まで、『勇者の専属』としてカイン達に相応しくありたいと思って、ちょっと背伸びしてた。でも、グリフの話を聞いて、私も魔導師の力をもらえたんだからって思ったときに、今の私でもいいのかな、って思って……」
頷いているカイン達に、そっと聞いてみる。
「そんなに違うと思ってなかったんだけど……だめ? やっぱり……もう少し大人っぽいほうがいい?」
すると、3人が一斉に首を横に振った。
「そんなことない!」
「そのままのミアでいいよ」
カインが椅子を立ってきて、私の隣にかけた。
「そうか、いきなり王都へ来て俺達の中に入ったから、焦らせちまったんだな。気づかなくて悪かった。大仕事も成し遂げたんだし、もう何も無理することはない。自然なままでいてくれ」
そして手を伸ばして私の髪をなでる。
「本当に大変だっただろう? よくやったな、ありがとう、ミア」
優しい瞳と言葉に、私の目が潤んでしまう。
「ううん、助けてくれて、守ってくれて……。ありがとうカイン。エリス、グリフ、ウェインも」
そのままカインの手が私を引き寄せ……かけたところで、ウェインが割って入った。
「悪いがその先は後にしてくれ。とりあえず飯と、祝杯だ」
ウェインが秘蔵のワインを開けて、秘薬の完成を祝ってささやかなお祝いをしてくれた。しかも陛下に報告に行っている間に、アンナさんに私の好物をと頼んでおいてくれたなんて。
感激する私に、3人はちょっと悔しそうだ。
「さすがウェインだな。よく分かってるよ」
「若い頃、相当もてたって分かるな」
「これで花束があれば口説けるよね」
当のウェインは平然としたもので、私にワインをすすめながら
「それならケーキにアクセサリーも要るぞ」
と、しれっと答えている。
「……否定しねえところがすげえな」
グリフが呟くと、ウェインが苦笑した。
「嬢ちゃんの師匠はもっとすごいぞ。なにしろ女のほうが贈り物持って群がってたからな」
「ルカ様に?」
思わず聞き返してしまった。ルカ様の若い頃はきっと、それはそれは素敵だっただろう。でも、あのルカ様が女性に囲まれているところなんて、どうしても想像できない。
「そりゃもうすごかったぜ。今のお前ら3人ひっくるめたくらいの人気だった」
「へぇ……あのルカ師がねえ」
そう言えば思い出した。初めて王宮へ来て、陛下にお食事に招待いただいたあの時に、サラが言っていた言葉。
「王宮の、魅惑の魔導師ルカ……」
思わず口に出した私に、ウェインが目を丸くした。
「お、それだよ嬢ちゃん! 何で知ってるんだ?」
余計なことを口走ってしまったと顔を赤くしながら、あの時のことを説明する。
「ああ、そういや『サラ』とルカ師は歳も近かったしな……」
ウェインが頷く。
サラの名前が出てしまったので、当然ながら、ソフィアのことに話が向いた。
「あの女、今頃何をしてるんだろう」
「秘薬も完成したし、次こそは捕らえないとな」
頷き合って決意を新たにし、その後はさっきより少し落ち着いた会話とともに食事を終えた。
その後サロンに移って、4人はまだお酒を飲んでいた。私はウェインのワインで充分だったので、長椅子に座って彼らの話を聞いていた。
「さて、俺はそろそろ休むか」
ウェインが呟くと席を立つ。扉を開けると振り返って言った。
「お前らが何考えてるか想像つくけどよ、あんまり嬢ちゃんに無理させんなよ」
何のことだろう? 首をかしげて見てみると、ウェインの言葉に憮然とするカインに苦笑するエリス、なぜか真っ赤になっているグリフ。
「じゃあな、嬢ちゃん。おやすみ」
ウェインは私に向かって意味深に笑うと、ひらひらと手を振って出ていった。途端にサロンに響く、3つのため息。
「……え?」
どうやら、意味が分からないのは私だけらしい。
「まったく、あの親父。どこまで勘がいいんだか……」
「本当に敵わないなあ」
エリスはそう言いながら立ち上がる。
「でもさ、僕らがミアに無理なんかさせる訳ないじゃない。ねえミア?」
そして長椅子の後ろに回り込んで、肩越しに私をのぞきこんだ。
「え? うん……」
よく分からないまま頷くと、エリスが笑って頬に口づける。
「ひゃ、エリス……え?」
膝の上の手を取られて気が付くと、いつの間にかカインが隣に座っている。
「ミア、頼みがある」
「頼み……?」
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