魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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84・王家の秘薬 中

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 秘薬に必要な材料は12種の植物と、鉱石や、魔物や動物からとれる材料が数種。植物以外のものは、あの翌朝、カインを通して陛下から届けられた。あと足りないのは3種の植物だけ。
「月光草……」
私はしばらく考え、作業部屋を出てサロンへ行った。今日はエリスが館に残っていてくれる。

「エリス、相談があるんだけど……?」
サロンの長椅子で本を読んでいたエリスは、本を置いて自分の横に私を座らせた。
「例の薬のこと?」
「そう。陛下からいただいたから、ほとんど揃ってるんだけど。あと3つ、足りないものがあるの」

 エリスは私の腰を引き寄せる。
「言ってみて?」
なんだか違うものをおねだりしているみたいな状態だけど、秘薬のことを話すときは、正直いってこのくらいの近さで抱かれているほうが心強い。

「月光草と、吸血カズラ、あとはモルフォリア。知ってる?」
「月光草は聞いたことある。すごく希少な植物だよね?」
私は頷く。様々な薬効があるが、満月の晩にだけ花が咲き、咲く前と後で効果が変わる。それを探すためだけに旅をする採集人がいるくらい、国内では珍しいものだ。
「生花でなくて干したものでもいいみたいだから、手に入らないことはないと思うけど……」
「それなら陛下のほうで手に入れてもらったほうが早いかもね。あとの2つは? 僕は聞いたことない名前だけど」

「吸血カズラは生でないといけないんだけど、このあたりの森でも、探せば手に入ると思うの。ただ、かなり奥のほうまで行かないと見つからないかも」
「じゃあ、それは一緒に採りに行こう。最後のは?」
「うん、これが問題で……」

 モルフォリアは南の森の中でたまにみられる、派手な色彩の大型の草で、しかも夏の間しか生えていない。今は冬だから、生のモルフォリアを手に入れることは不可能だ。
「干したものでもいいんだけど、たぶんないと思うのよね……」
エリスが不思議そうに首をかしげる。
「モルフォリアって、食べられる訳でもないし、ふつうは薬の材料に使われることもない草なの。見た目は鮮やかだけどすごく大きいから、わざわざ採って、しかも干す必要なんかないと思うし……」

「大きいってどれくらい?」
「私も実物を見たことはないんだけど。さっき調べたら、人の背丈の倍くらいになるって」
エリスも唸って考え込んだ。そしてふと気づいたように私を見る。
「ミアの土魔法で、育てられないの?」
「レシピに『魔法の干渉を受けていないもの』って但し書きがあるの」
「ああ……」


 そしてエリスと話し合って、いくつかのことを決めた。
 ・まずは月光草を手に入れてもらうよう、陛下にお願いする。
 ・モルフォリアについては、ルカ様に相談する。ただし、ソフィアが他にどんな特殊魔法を持っているか分からないので、いつもの魔法は使わず、直接相談しに行く。
 ・吸血カズラは採りたてでないといけないので、他の植物が揃ってから森へ採集に行く。

「じゃあ、どうする? 今から陛下のとこに行って、それからクルム村に行っても、夜には帰れると思うけど」
「やっぱり、そこまで急がないといけないの?」
私がいまひとつ乗り気でないのは、やはり秘薬が怖いから。材料が揃ってしまえば、嫌でも作らなくてはならないからだ。

「ミア」
エリスもそれは分かっている。グリフに言ったとおり、彼らは私を心配して労ってくれるけれど、心を鬼にして逃げ道を塞いでくれる。
 辛いのは、彼らに叱られることではない。私を宥める彼らの、辛そうな顔を見ることだ。

「……ごめんなさい。行く」
エリスは何も言わずに、私の頬に口づけた。


 まずカインに会って、陛下のところへ同行してもらう。そして月光草の入手を願い、ルカ様のところへ行く旨を報告した。

 クルム村までなら急げば半日かからずに行けるし、ルカ様もいるのでソフィアが潜む余地はない。だから全員ではなく、エリスと2人で大丈夫だろうということになった。もし遅くなれば泊まってきてもいい。
「頼んだぞ、エリス」
「うん、行ってくる」
エリスの黒馬で、私達は町を駆け抜けた。





 エリスはかなり馬を急がせ、私も最大限の魔力を使った。おかげで、いつかのルカ様ほどではないけれど、3時間ほどでクルム村に到着した。
「ミア様!」
駆け寄ってくる子供たちへの挨拶もそこそこに、ルカ様の部屋へ通される。

「どうしたのだ、いきなり?」
「ルカ様、お願いがあります。魔法でではなく、自然のモルフォリアを手にいれたいんです。何か方法はありませんか?」
ルカ様は眉をひそめる。
「モルフォリア……なんでまた……?」
そこまで言って、さっと青ざめた。
「ミア、おまえ、まさか……を……!」

「ご存知なんですね?」
エリスが確かめるように聞くと、ルカ様は黙ったまま頷いた。そう、陛下がルカ様には教えたと仰っていた。でも、既にレシピまで知っているとは思わなかった。
「ルカ師、ミアは陛下より勅命を受けました。私からもお願い致します。どうかご助力を頂きたい」
エリスが改まって頭を下げる。


 ルカ様はしばらく小さな声で陛下を罵っていたけれど、ひとつ息を吐いてから言った。
「あるぞ、モルフォリアなら」
「!?」
 私は咄嗟に言葉が出なかった。知らない言葉を聞いたような気持ちでルカ様を見る。
「本当ですか、ルカ師?」
エリスの声もいくらか上ずっている。
「ああ、この夏採取されたモルフォリアがある。魔法の手を借りず、陰干しにしたものが」
「どうして、ルカ様? モルフォリアの使い道なんて、これくらいしか……」

 そこまで言って、やっと気が付いた。まさにこのために、ルカ様はモルフォリアを手に入れていたんだ、と。
「ルカ様……」
「その通りだ。陛下にレシピについて知らされた時、私はまだ若かったが、大変なことを聞かされてしまった、と思った。そんな薬を作る身にはなりたくなかったが、なぜモルフォリアなどという、普通なら全く使い道のない草が必要なのか……それが気にかかった。だからここに落ち着いてから、南に住む知人に毎年送ってもらい、秘薬というよりはモルフォリアそのものを研究していたのだ」

「それで、何か分かったのですか?」
「ああ。秘薬について言えば、モルフォリアは、いわば触媒だ」
 ルカ様によると、モルフォリアなしでも、似たような効果の薬は出来るのだそうだ。ただし効果はごく薄く、ひと瓶でもほんの数時間、魔力を麻痺させる程度にしかならない。そこへモルフォリアを入れると、なぜか爆発的に効果が凝縮され、一滴で永遠に魔力を失わせる「王家の秘薬」が出来上がるのだという。
「未だに理由は分からん。いろいろ試してみたが、ほかの薬にモルフォリアを入れても、そんなことにはならない。例の薬のときにだけ、何故か化けるのだ」

「ルカ様、つまりルカ様は、を……作ってみたことがあるんですね?」
「ああ、ある。もう何年も前だが」
私が震える声で聞くと、ルカ様は私を見てきっぱりと言い切った。
「……怖くはなかったんですか?」
「怖いというか、私の場合は……とにかく不快だった。頭痛がひどくて、頭が割れるようだったよ」
「では、何故?」
「私にしか、研究することは出来ないと思ったからだ。魔導師だらけの王宮でそんなものを作ったら、たちまち感づかれて大騒ぎになるだろう。その点この村なら、魔導師は私しかいない」


 そしてルカ様は、私の手を取って言った。
「勅命は絶対だ。私が代わりに作ってやることはできない。それに、今回のことはおまえがしなくては意味がない。似たような力とチャージ法を持ちながら、相反すると言っていいほど異なる人生を送る女性魔導師。おまえとソフィアには、そういう奇妙な縁がある」
ルカ様の手から、温かい魔力が伝わってくる。

「大丈夫だ、おまえにならできる。たとえどんなに恐ろしくとも、おまえにはあの3人がいて支えてくれる。それを忘れるな」
「はい、ルカ様」
「辛いだろうが、しっかりな。……幸運を」
幸運の呪(まじな)いに額に口づけを落とし、ルカ様は他にもいくつかの注意点を教えてくれた。そしてモルフォリアを分けてもらい、私達は急ぎ王都へ駆け戻ることにした。



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