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61・船での帰還
しおりを挟むその後少し残っていた小クラーケンも片付け、無事に湊へ帰ってきたのは午後も遅くなった頃だった。カインは今度こそ町長の招待に応じ、その夜は町をあげて宴会が行われた。
私達が海へ出るのと入れ違いに多くの人が岬に上がって、私達の戦いを見ていたらしい。だからカインがクラーケンに飛びかかっていくところも見えて、沢山の人が歓声をあげたそうだ。
さすが勇者様とほめそやされ、カインはもちろん、グリフもウェインも次々に酒を注がれては空けていく。
ウェインだけかと思っていたけれど、2人もお酒は強いようだ。
それにひきかえ私は、たぶんあまり強いとは言えない。ようやく甘いワインをほんの少し飲めるようになったばかりだ。何しろ1年少し前まで「子供」だったのだから仕方ない。
「ミア様、さあ飲んでくれよ」
「俺にも注がせてくれ」
それなのに若い漁師さん達は、続々と私のところにやって来ては、私の飲んだことのない強いお酒を注いでいく。形だけ口をつけていたけれど、それでも頬が熱くなってきて、お断りするのに困っていた。
すると見かねたウェインが私の隣に座って、私に注がれたお酒を端から飲んでくれた。ウェインが横にいては漁師さん達も無理強いもできない。町のお偉方に囲まれながら私を心配していた、カインとグリフも安心したようだ。
「なあカイン様よ、明日は王都へ帰るんだろう? 礼って訳じゃねえが、良かったら途中まで船でいかねえか?」
エド親方がそう言い出したのは、宴もそろそろお開きというころだった。
聞くと、一度外海へ出て少し南下すると、大きな川が海へそそいでいる。そこから遡ると、メロール湖までつながっているのだという。
「明日の朝出発すれば、翌朝には着くぜ。馬も乗せられるし、……ミア様も船に慣れるのにいいと思うんだが、どうだい?」
王都まで4日の道程が半分に短縮されるなら、むしろ願ったりだ。カインは感謝して親方の好意を受けた。
ナーシュの面する東の大海は、季節風の影響で比較的波が高い。私はまた柵にしがみついて時には小さな悲鳴をあげ、その度に漁師さんに笑われていた。ところが船が外海からまた入り江へ入ると、嘘のように穏やかになった。
「ここからは大丈夫だ、歩いてみろ」
カインに言われておそるおそる甲板を歩き始めると、また漁師さん達が笑う。
「頑張れよミア様、それじゃまだ馬の方が上手いぞ」
「もう、そんなに笑わないで下さい」
漁師さん達は、すっかり私をからかって楽しんでいるようだ。もちろん悪意のかけらもないのは承知なので、カインもグリフも苦笑して見ている。
「大丈夫だ、船乗りの足ってのは慣れなんだ。嬢ちゃんは船酔いもしてないし、歩けば必ず身に付くさ」
ウェインにもそう言われて、1時間くらい甲板をぐるぐると歩き回る。入り江の中だからということもあるけれど、どうにかよろけずに歩けるようになってきた。
「ミア様、上手くなってきたじゃねえか」
「またナーシュに来てくれよ。次は外海でも歩けるようにしてやるからな」
外海はさすがに自信がないけれど、誉められてちょっと嬉しい。もう少し頑張ろうかと思っていたら、船はもう川を遡るところまで来てしまった。
川に入ると、しばらくはほぼ揺れることもなく、漁師さんたちはひたすら漕ぎあがるだけだ。私達は邪魔にならないところで、後のことを話し合う。
さすがに皆の耳のあるところで王妃様と話す訳にはいかない。だから少し時間はかかるけれど、魔法でエリスに伝言を送った。明日の朝メロール湖に着くこと、何もなければそのまま王都へ向かうこと。
私の放った緑色の鳥は、力強く羽ばたいて王都へ向けて飛んでいった。
翌朝、私達はメロール湖……正確にはその少し手前で船をおりた。メロール湖は水深が浅いので、親方の船はそこまでが限界なのだ。
「ナーシュに来たらまた言ってくれよな。いつでも船を出すからな」
「カイン様、クラーケンをやっつけてくれて助かったぜ!」
「じゃあな、ミア様。頑張れよ」
「ありがとうございます、お世話になりました」
たくさんからかわれて笑われたけど、皆気のいい漁師さんたちで、楽しい船旅だった。私達が手を振って見送る中、船はきれいに反転し川を下っていった。
そして馬に乗り出発。私は久々に魔法で移動した。
「やれやれ、やっとモルシェーンに帰れるな」
「ああ。今日中に門を通れるだろう」
モルシェーンを発ってもう11日、ようやく帰れるとあって、カイン達もどこか安心したような声で話している。もちろん私も同じ。
考えてみたら、カイン達と暮らすようになってまだひと月たつかたたないかなのに、もう「勇者の館」が自分の家だという気持ちになっている。
村育ちの私が王都へ出てきて、王宮へも出入りし、かと思うとあちこち旅するような環境で、こんなに早く馴染めたのは……やっぱりカイン達と一緒にいるから。尊敬し、信頼できて、強くて素敵で。……たくさん、えー、あ、愛して……くれて。恥ずかしいけどもう私は、3人に愛される生活から離れられない。
ウェインも含めて、私は皆が大好き。いつまでもこのままでいられたらいいとさえ思ってしまう……。
途中、馬に水を飲ませて休憩させ、再び出発しようとしたところでカインが止めた。私には分からなかったが、3人にはすぐ分かったらしい。
「どうしたの?」
カインに聞こうとしたところで、やっと私にも馬が来るのが見えた。ものすごい速さで疾走してくる、黒馬を駆るのは銀の髪の……。
「エリス!?」
ギリギリでスピードを落としながら駆け込んできたエリスは、私のほうへ身を乗り出して……、
「きゃあっ!?」
駆け抜けながら私を片手で掬い上げた。
「ミア、逢いたかった……!」
「んん―――っ!?」
そして手綱をひき、馬が足を止めるとほぼ同時に口づけられる。何が起きたのかよく分からなくて、私は目を見開いたまま。
「お帰り、ミア」
口を離してそう言ってくれたエリスを、やっと落ち着いて見上げて笑う。
「ただいま、エリス」
そしてまた唇が近づいた、けれど。
「おい、オレたちには挨拶無しかよ?」
グリフのドスのきいた声ではっと気がついた。見ると隣で、
「ミアしか見えてないだろ、エリス」
カインも苦笑している。
「危ねえな、山賊が女拐ってくみたいだったぜ? 怪我ないか、嬢ちゃん?」
ウェインは手を伸ばして、エリスの後ろ頭を叩いた。
「痛っ」
……ウェイン、けっこう本気で叩いてます。
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