魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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51・異変 上

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「おい、嬢ちゃん! これで何発目だ?」
「9回です、まだ大丈夫です!」
「うん、ちゃんと気を付けてくれよ? 嬢ちゃんが倒れたら、俺が奴らに斬られちまうからな」
「……はい」

 3回目の後は、私はウェインの馬に乗ったまま進んで魔法を放っていた。一度でかなりの面積が空くのでこのほうが早い、とウェインが言ったので。


 討伐開始から、もう2時間近くたっていた。騎士達はコカトリスを倒す担当と、倒した骸を運ぶ担当を交代した。あまりに数が多すぎるので、騎士達が持たないのだろう、とウェインが言っていた。
 王宮の魔導師たちも、そろそろ魔力が切れるものが出てきたらしい。後から聞いたけれど、数人、やり過ぎて完全に魔力を使い果たして倒れたそうだ。

 1回放つごとに、残りの魔力を確認して進んでいく。10回で残りが3626。1回の魔法で520前後使うので、あと5回か6回はできるはずだ。
 ウェインに頷いて、私達はさらに先へ進んで行った。



 ◆◇◆

 討伐を開始して、3時間半が経った。魔導師たちはそれぞれ可能なものは再度のチャージをしつつ、攻撃や骸を燃やすなど奮闘していたが、半数弱の魔導師は、ほぼ魔力を使いきり、チャージもできないまま休んでいた。


 魔導師として認められるには、王宮での試しに通ることが必要だ。そして実際に認められるには、第一に当然、魔力の高さが求められる。3000以上でないとまず魔導師にはなれない。その中で、王宮の魔導師は魔力4000以上必要と言われている。魔力だけでなく使いこなすセンスも必要だし、複数属性や特殊魔法持ちなども有利だ。

 ちなみにミアの8830はもちろん、ルカの6500も、通常あり得ない、破格の高魔力だ。王宮の魔導師でも、5000をわずかに超えるものがいるだけだ。

 話がそれた。要するに今日来ている魔導師たちは、魔力4000から5000はあるはずなのだ。それをほぼ使いきってしまうのだから、コカトリスの数の多さが分かるというものだ。


「……それでも、8割方は討伐できたか」
全体を眺め、騎士団長が確認すると、エリスが答える。
「そうですね、残りも、再チャージ可能な魔導師と騎士達で、夜までには何とかなりそうです」
「出来れば暗くなる前に撤収したいものだが……。ここだけの話、魔導師ミアのあの魔法があと何回か出ると助かるな」
「……確かにそうですね」

 エリスは頷いたが、内心あまり穏やかではない。カインも同じだ。既にミアの魔法は14回を数えている。別に騎士団長は、無理にさせようと言っている訳ではないのだが……。


 そこへ様子を見に行っていたグリフがもどってきた。
「騎士団長、カイン。チャージが不可能な魔導師は16名、そのうち3名が完全な魔力切れで昏睡状態です。この16名を先に、昨夜泊まったナギア村に返しても良いですか?」

「グリフ、それ以外の魔導師がこの後ぶっ倒れることはなさそうなのか?」
「一応確認しましたがね、残りは何度でもチャージが可能な奴なんです。まあ疲労はたまってますが、なんとかなるでしょう」
「分かった。このまま置いといても仕方ないだろう、許す」
騎士団長の判断にカインも頷いた。


 その時、視界の奥でまた白い光が輝いた。
「15回目……!」
エリスが息を飲む。
「止めねえでいいのか? そろそろ限界なんだろ?」
グリフが眉をひそめるが、カインが首を振った。
「いや、ミアが自分で判断する。ウェインもいるんだ、任せよう」
とても任せた顔には見えないな……と騎士団長は思ったが、口には出さなかった。



 ◆◇◆

「嬢ちゃん、今のでもう打ち止めにするか?」
後ろに乗ったウェインに言われ、少し考える。残り魔力、1012。今までは、何かあったときに対応できるように、1000を切ったらそこで止めていた。やはりそうしておくべきだろうか?

「全体の様子はどうですか?」
ウェインは鐙(あぶみ)の上で伸び上がり、辺りを見回して答えた。
「ああ、8割くらいは片付いたろう。嬢ちゃんなしでも、残りは夜には終わるんじゃねえか?」
……なら、もう1回できればかなり楽になるはず。それでも500くらいは残る。私は決心した。

「ウェイン、あと1回で最後にします。連れてってください」
ウェインは私の顔を覗き込んだ。
「あと1回できれば、だいぶ楽だと思うんです。魔力もまだ足りますから」
「……嬢ちゃんが背負い込む必要はないんだぜ? 皆その為に来てるんだ」
「はい、分かってます。その後はもう絶対に何もしません。お願いです、ウェイン」

 ふーっ、とひとつ息を吐いて、ウェインが笑った。
「なるほどな、嬢ちゃんの『お願い』にあいつらが弱い訳だ。分かった、行くぞ?」
「はい!」
駆け出した馬の上で、ウェインがさらに言う。
「その代わり、魔法打ったらそのまま向こうへ戻るからな?」
「はい、ウェイン! ありがとう」


 これで最後。そう思ったら、力が入ってしまった。残り魔力470。少しだけ魔力を込めすぎたらしいけれど、それでも使いきった訳ではないから、倒れることもない。私はウェインと戻ることにした。気がつけば、始めに距離をとってスタートし、そのまま奥の方へ進んできた私達は、カイン達の居るところから遠く離れていた。

「けっこう遠くまで来たからな、少し時間かかるぜ?」
「はい。……テオは大丈夫ですか?」
テオはウェインの馬だ。もう若くないのに私まで乗せて、今日はずいぶん走っている。
「心配すんな、嬢ちゃんさえ乗せられなくなったら引退だ。俺と一緒でまだまだ若いって言ってるさ」
「そうですね、ふふ……」
それでもテオ(と私)の負担を減らすために、ウェインは比較的ゆっくりと馬を進めていった。





 30分ほど経って、私は異変に気がついた。

 身体が熱い。顔も火照っているのか、頬も熱い。
「どうした、嬢ちゃん? なんか顔が赤いぞ?」
ウェインも気がついた。やはり気のせいではないらしい。
「なんだか熱くて……。熱でも出たんでしょうか?」
「疲れか? どれ」
ウェインが私の額に触れた。

「!?」
その瞬間、身体がびくっと反応してしまったが、馬の揺れでウェインには分からなかったようだ。
「熱ってほどでもないな。ま、戻ったらゆっくり休むんだな。あいつらに、あんまり責めすぎないように言っとけ」
「もう、ウェイン……」

 露骨な冗談に赤くなって下を向いたその時、また気がついた。
 胸が、……衣擦れに反応して、乳首が立ってしまっている。……なぜ? 今の冗談のせいなのか、それとも熱のせいなのか。あわててローブを引いて前にゆとりをもたせ、ウェインに分からないようにする。

「じゃあ、少しだけ急ぐぞ」
ウェインは少しスピードを上げた。すると今度は、振動がやけに腰に響く。そこでやっと、自分の状態が何かおかしい、と不審に思ったけれど……、もう遅かった。


 カイン達のいる丘の近くまでたどり着いて、ウェインが馬から下りて手を貸そうとして……私を見てぎょっとする。無理もない。たぶん顔は真っ赤になって、すっかり息も弾んでしまっていたのだから。

 あの後、さらに身体中が熱をもち、肌も敏感になっていった。馬に揺られて服が擦れるだけで、肌が反応してしまい……そこまでになって初めて理解した。何故か分からないけど、私、感じてしまってる……!?
 自覚してからはさらに辛かった。ウェインに知られたくないという心の枷が、羞恥心が、ジリジリ焼くように私を煽っていく。俯いてひたすら耐えるしかできず、それもどこまで保つか分からない。

 ようやく着いた時には、自力で馬を下りるのも覚束なく、下りたらそのまま崩れ落ちそうになっていた。
 ウェインはそんな私を見て、ただの熱などではないことに気づいたのだろう。すぐ私をマントでくるみ、岩陰に座らせた。
「いいか、じっとしてろよ」
そしてそのまま走って行った。
 一瞬、汗ばんだ身体に日陰が心地よいと思った。それでも中から発する熱に、もはや耐えられる自信はなかった。

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