魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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38・初討伐行

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 準備に1日使い、翌々日の朝、私たちは出発した。

 王都モルシェーンと各地の町や村は、だいたい整備された街道で結ばれていて、警備担当の騎士様達が巡回している。その他にも各町や村でも警備や見回りを置いていて、何かあればすぐに連絡できるようになっているのだ。

 今回はモルシェーンから馬でまる1日くらいの所の森で、巨大な熊のような魔物が出たと聞いている。数頭ならば巡回の騎士様が対処するが、今回のように小さいながら群れをなしているような場合は、陛下の指示で王宮の騎士様達がうごくか、または勇者に依頼することになる。

 比較的距離が近いことと、それほどスピードのある魔物ではないこともあり、私はカイン様の馬に乗せてもらっている。そのせいか、出発のときに町を通り抜ける間中、異様な盛り上がりというか、歓声を浴びた気がしますが……。


「やっぱりすごい人気だよね、ミアは」
町を出て、周りに人がいなくなってからエリス様が笑った。
「ええ? あれはカイン様やエリス様にじゃないんですか?」
「まあ、無くはないけど。何しろ『エメラルドの乙女』の人気は衰えないよ」
「ううん、お芝居や旅芸人に騒ぐようなものなんでしょうか……?」
私は首をかしげる。

 すると横からウェイン様が笑う。
「それだけじゃねぇよ、嬢ちゃん。町のやつらが考えてるのは、あんたが3人のうちの誰のもんになるか、ってことだ。まさかこうなってるとは思いもしないだろうがなぁ……」
「ウェイン様っ!?」
真っ赤になって俯く私に、ウェイン様は喉の奥で笑う。
「というわけだ、お前ら。……間違っても外で気取られるような真似するなよ? 辛いのは嬢ちゃんだからな」
3人は神妙な顔で頷いた。

 その後の旅は快調だった。途中で2度巡回の騎士様達に出会い、その都度賑やかな挨拶を受けた。騎士様といえども、噂の「エメラルドの乙女」には興味津々のようで、ウェイン様が「任務に戻れ!」と言ってくれなかったら、なかなか開放してもらえなかったかもしれない。


 そして問題の森の手前の、小さな村で一泊。勇者一行の到着に、村長さんを始めとする盛大な歓迎をうけた。
 王都から遠い町や村には、非常時に騎士が使うための宿舎が必ず用意されていて、夜はそこに泊まった。もちろんいくつかの部屋に分かれていて、女性の魔導師や、多くはないが女性騎士も問題なく使える。

「こんなに歓迎されるなんて、すごいですね……」
宿舎の食堂でお茶をいれながら私が感嘆すると、カイン様が教えてくれた。
 勇者一行は、どこへ行っても歓迎され、皆もてなそうとする。それを避けるためにテントで泊まったりすることも多いのだが、まだお披露目の意味もあって、しばらくは討伐の度にこうやって歓迎を受けることになる、と。

「そうなんですね……」
「まあ、煩わしいことでもあるが、それも役目のうちだからな」
「はい、カイン様」


「ところでミア……」
カイン様がお茶のカップを持つ私の手を、外から包んだ。
「今夜は俺の番なんだが……?」
「え!?」
まさか、今日も!? この宿舎で? 

「え、だって……ここ……」
「もっと長い遠征の間には、どうしたってチャージするんだぞ?」
カイン様の指が、私の手をつつ、っと撫でる。
「!? で、でも、まだ今日は魔力は……」
カイン様は黙ったまま私を見つめて、包み込んだ手をさわさわと動かす。

「ん……!」
私の手が震えて、カップのお茶が波立つ。
「気持ちいいのか? ……もっと、したいだろ?」
カイン様がカップを取り上げて、私の手を掴んだ。手首を撫で上げ、ローブの袖の中へ入ってくる。
「あ、ああ……、カイン様、だめ……」
「だめじゃないだろう……?」
囁きながら、カイン様の顔が近づいて……。


「あっ、カイン!!」
「てめ、何やってんだよ!」
同時に響く2つの声。振り返ると、エリス様とグリフ様が、食堂の扉いっぱいに仁王立ちしていた。


 頭が真っ白になり、私は動くこともできない。なのにカイン様は小さく舌打ちをしたあと、ニヤリと笑って言った。
「なんだ、早かったな」
「早かったな、じゃねぇ! 1人で先にいなくなったと思ったら……」
「こんなとこで!」
「いいじゃないか、今日は俺の番なんだし……、ミアもまんざらじゃなかったみたいだし……な?」

「!! そんなこと……!」 
あの時の私はもう、カイン様に逆らえなくなっていた。2人が帰って来なければ、きっと……。それが自分で分かっているだけに、恥ずかしくてどうにもならない。

 うつむいたまま、顔をあげられずにいると、誰かの手に頭を撫でられた。
「ミア、悪かった……そんなに恥ずかしがるな。悪いのは俺だ」
私はそれでも顔を上げられない。
「こいつらに見つかっちまったし、残念だが今日はもう休め」
そう言って、うつむいた私の額に口づけた。

「もう、またカインは……」
エリス様が呟いて、
「お休み、ミア」
ちゅっと音をたてて頬に口づける。

「お前らなぁ……、ほらミア、立てるか?」
グリフ様が私を支えて立たせ、
「部屋わかるか?」
と言いながら食堂の扉を開けてくれた。そして、
「ちゃんと寝ろよ」
と言いながら……、やっぱり頬に口づけた。


「お、お休みなさい……!」
私は両手で顔を覆って、部屋へ駆け込んだ。



 ◆◇◆

 食堂では、エリスがカインを呆れたように見ていた。
「……何だよ、エリス」
「いやぁ……、カインがねえ……フッ」
そこへ戻ってきたグリフもニヤニヤ笑う。
「まったくだ。勇者様が歓迎の宴おっぽり出して、ミアに迫ってるとはね」
「そんなにミア気に入ったんだ?」

「……お前らは違うのかよ?」
それに対する2人の返事にも迷いはなかった。
「違わない」
「違わねぇな」
カインが小さく笑う。

「3人で同じ女を好きになって、しかもこんなことになるなんて思わなかった……」
「僕は、まさかミアが受け入れてくれるとは思わなかったよ……あんなに恥ずかしがりなのにね」
「オレらの間も、妬けるけどギクシャクしたりしねぇ……、何故か変わらずやれてるよな……?」
「不思議だよね」

「とにかく、ウェインの言う通りだ。何かあったら辛いのはミアだ」
「馬に乗せるとか、町へでるとか……、なるべく偏らないほうがいいかもね」
「ああ、それがいいな。絶対泣かせたくねえ」
3人で顔を見合わせて頷き合う。


「……ベッドで泣くミアは堪らないんだけどね……」
エリスがポロっともらした一言で、その後すっかりそっちの話になってしまったことを、ミアは知らない。

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