魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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25・新しい生活 上

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 翌朝。ようやく日がのぼり、まだうっすらと朝靄が残る中、私はわずかな荷物を持って館を出た。
 村の人はもともと皆早起きだ。仕事や畑へ出る前に私を見送ってくれる人もいて、村の入口は早朝にも関わらず賑わっていた。

「気を付けて行け、ミア」
「はい、ルカ様」
私とルカ様はそれぞれの思いを飲み込んで、短い挨拶を交わす。
 そして皆にもう一度挨拶をしようとしたその時、馬のいななきが聞こえた。

 皆がその方向を見ている間に、大きな鹿毛の馬がものすごい早さで駆けてきた。馬を駆るのはやはり大きな人で……。
「グリフ様!?」
「やあ、ミア殿! 間に合ったな」
見送りの人がざわめく中、巨体に似合わぬ軽やかな動きでひらりと馬をおりたグリフ様は、ルカ様に向かって挨拶をする。

「おはようございます、ルカ師。次期勇者たるカインの依頼により、魔導師ミア殿をお迎えに参りました。騎士グリフが無事に王都までお伴致しますので、ご安心下さい」
ルカ様は重々しく頷いた。
「お心遣い感謝する。よろしく頼む」
ルカ様と一緒に私も頭を下げる。

 そして今度こそ皆に挨拶をして、私はクルム村に別れを告げた。





「さて、ミア。馬に乗ったことはあるか?」
皆が見えなくなるまではと、グリフ様は私に合わせて馬を引いて、並んで歩いてくれていた。
 私のささやかな荷物はグリフ様の馬に乗せられている。

「ありません、グリフ様……。村にいた馬は作業用で、こんなに大きな馬ではなかったですし……」
「怖いか? 馬は繊細なんだ。ミアが怖がっていると、馬も怯えてしまう」
私は足を止めて、グリフ様の馬を眺める。

 鹿毛のなかでもかなり深い赤色の体で、たてがみは黒。前足の先だけ白いのが、グリフ様に似合わず可愛い。つぶらな黒い瞳で、馬も私を見ているみたい。
「すごく大きいですけど……怖くはないです」
「そうか、ならいい」
グリフ様は笑った。
 そしていきなり私の腰を横抱きにし、そのまま馬に跨がった。

「きゃっ!?」
何がどうなったのか分からないうちに、私はグリフ様の前に横座りにさせられていた。
「高い……!」
思わずグリフ様の腕にしがみつくと、グリフ様は剣を吊る帯を緩め、私に掴まらせてくれた。そして片手でしっかりと私の腰を抱いたまま、馬をゆっくり進ませはじめる。


 しばらく進むうちにやっと慣れてきた私に、グリフ様は馬上での姿勢や身のこなしを教えてくれたので、間に少しずつお話もできるようになった。     

「もともと今朝発って昼には着くって聞いたけど、馬無しでそんなに早く着けるのか?」
「魔法を使います。たぶん、グリフ様の馬と同じくらいの早さで進めますよ?」
「……へえ、それも見てみたかったな」

 私は微笑む。
「でも、グリフ様のおかげで馬に乗せていただけましたし。……そういえば、どうしてお迎えに来て下さったんですか?」
「ああ、本当はカインが自分で行きたがったんだけどね。さすがに次期勇者ともなると仕事が多くて……」
「そうでしょうね……。私1人でも大丈夫でしたのに、すみません」
「いいんだ。カインだけじゃなく、エリスもオレも、ミアが来てくれて嬉しいよ。出来れば3人で迎えに来たかったくらいだ……よろしく頼むな、ミア」
「そんな、お願いするのは私の方です! よろしくお願いします、グリフ様」





 遠くにモルシェーンの町と、お城の影が見えてきたところで、グリフ様が一度休憩をしようと言って馬を下りた。
「ミア、もしかしてここから何か魔法で……カインに連絡が出来るかい?」
私は頷く。
「大丈夫です、何とお伝えすれば?」
「うん、ミアがここにいるって伝わればそれでいいんだ」
「わかりました」

 私の指先から、小さな緑色の鳥が生まれる。小鳥は空に放たれると尾羽の長い大きな鳥へと変化し……まっすぐ王都へ向かって飛んでいった。

「へえ……魔法を使うミア、かっこいいな。あの鳥はどのくらいで着くんだ?」
「えっと……もうすぐ着くと思いますけど」
「本当か!? ……すげえな」
グリフ様はニコニコ笑って、しきりに感心してくれる。ちょっと恥ずかしいけど、喜んで貰えるのが嬉しい。

 少し休んでから出発すると、遥か向こうから、土煙をあげて何かが近づいてくるのが見えた。
「グリフ様、あれ……」
「ハハ、あっちも早ぇな」
グリフ様にはとっくにそれが分かっていたのだろう、笑って私を馬から下ろす。

 そうしている間にもさらに近づく土煙……の先頭には2頭の馬。
「ミア!」
まだ顔も判別できないほどの距離から、よく通るあの声は……。
「カイン様!?」
驚いて歩みを止めた私の前に、あっという間に近寄って来る。
「エリス様も!?」


「ミア、よく来てくれた!」
カイン様は馬から飛び降りて私に駆け寄ってきて、そのまま私を抱きしめた。
「ひゃっ!?」
「来てくれて本当に嬉しいよ。ありがとう」
カイン様の胸に閉じ込められながら、何とか返事をしなくては……と焦っていると、急にカイン様が引き離される。

「はい、そこまで。ミアが困ってるでしょ?」
見ると、これも馬を下りたエリス様が、カイン様の衿をぐいぐい引っ張っている。
 その後ろではグリフ様が、カイン様の白馬の手綱を捕らえて笑っていた。

 エリス様は衿を放すと、私の手を取って笑ってくれた。
「ようこそ、ミア。待ってたよ」
「エリス様……、ありがとうございます。カイン様も。お忙しいと聞いてたのに、お二人揃って来て下さったんですね」
「当然だよ、ミア。これからは仲間になるんだから」
「そう、本当なら俺もクルム村まで迎えに行きたかったが……悪かったな、ミア」
「そんな。ここまで来て下さっただけでも嬉しいです」





「驚いたよ、ミアの瞳と同じ色の鳥が入ってきたと思ったら……」
「そう、ミアの声で喋るんだからな」
「へえー、そうだったんだ! オレも見てみたかったなぁ」
 ……口々に話す3人は、とても楽しそうなんだけど。

 私は今度はカイン様の馬に乗せられている。
勇者カインの専属魔導師として招かれたからには、やはりカイン様の馬で王都へ入るべきだ、と本人が主張して、他のお二人も折れた。
 そして町に入ったのはいいけれど、それはもう注目の的で、視線が痛いくらい。次期勇者であるカイン様だけでも人目を引くには充分なのに、その馬に魔導師のローブを着た私が同乗しているのだから……。

「エメラルドの髪と瞳の4属性持ち」としてすっかり知られている、というのは前回私も身にしみていた。だから必要以上に恥ずかしがったりしないよう、なるべく自然に見えるよう心がける。私のせいで、勇者になられるカイン様の評判を落とすわけにはいかないから。

 後で知ったのだけど、モース様は長く務められたので、見た目は陛下と同じくらいだった。今回、カイン様とその部下お二人が若くて見た目も良いこともあって、町の、特に女性の注目を集めているのだとか。そこに噂のエメラルドの乙女(エリス様・談)が加わったことで、町はある種のお祭りムードになっている……らしい。
 エメラルドの乙女って……。


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