24 / 104
24・最後の夜 下
しおりを挟むルカ様は、立ち上がることすら出来ない私に、後から来るように言って書斎を出ていった。
私は両手で顔を覆う。おそらく真っ赤になっている頬が、自分でも分かるほど熱かった。
どうしよう、このままではカイン様の顔を見られない。
それに何故今、いきなりカイン様が?
考えようとしても、それ以上進めない。何故、が繰り返されるばかり。
もうこれ以上お待たせするわけにいかないことに気づいた私は、仕方なく、魔法で顔を冷やし、自分に回復をかけてみる。頬が、少しでもまともに戻ってくれることを願いながら、カイン様の待つ客間へ向かった。
「やあ、ミア殿。お久しぶりです」
カイン様が立ち上がって、堂々たる騎士の挨拶をした。それに合わせ、私も魔導師として正式な挨拶を返す。決まった儀礼に従う限りは何も考えなくても良いので、私は少しだけほっとした。
それなのに、挨拶が済んだとたんにルカ様は、
「私とカイン殿の話は済んだ。あとはおまえたちで、直接話し合いなさい」
そう言って客間を出て行ってしまった。
私は椅子にかけてうつむいたまま、もう何も言えない。せっかく魔法をかけてきたのに、もう頬が熱くなっている気がする。
「ミア……」
突然名を呼ばれ、私はびくっと肩を震わせる。うつむいた私の視界にカイン様の革靴が現れ、そして……。
「!?」
カイン様は私の足元に跪いて、私の手を取った。膝上の私の手を両手で包み込んで、顔を覗きこむ。
「ルカ師に聞きました。私の訪問は、間が悪かったようですね。……貴女を動揺させてしまいましたか?」
カイン様の水色の瞳が、笑みをたたえながら私を見つめる。目を離すこともできず、何を言ったらいいのかも分からない。
カイン様はそんな私をみて、ふっと笑った。そして立ち上がって言う。
「ミア、外へ出ようか?」
お城の騎士様を一目見ようと、ルカ様の館の前には沢山の人が集まっていたので、私とカイン様は裏の木戸から森へ抜けた。それは私が昔、よく抜け出しては歩きまわった道。それを思い出して、張り詰めていた気持ちがふと和んだ。
「良かった、やっと落ち着いたね。森は好き?」
「はい。……この森は特別なのです」
カイン様の言うとおり、やっと落ち着いた私は、初めてカイン様に、きちんと返事をすることができた。カイン様が騎士の口調ではなく、普通に接してくれたのも良かったのかも知れない。
「特別?」
「はい。……私は魔力の顕現が遅くて……」
カイン様に、顕現するまでのことを話していると、ちょうどあの倒木にたどり着いた。
「これが、私のベンチ替わりだったんです」
私がそこに座ると、カイン様も隣に座る。カイン様は前を向いたまま言った。
「ミア……」
「はい、カイン様」
「今みたいに、もっと君のことを話して欲しい。そして、俺のことも君に知ってもらいたい」
「はい」
「その上で、俺のところに来て欲しいんだ」
「……」
ついに言われてしまった。でも、横に座って、顔を合わせていないためか、さっきのような動揺はなくカイン様の言葉を聞いていられた。
「君の戸惑いは、女性としては当然のことだと思う。本来なら、好きな相手とすることだからね。……それなら、お互いのことをよく知って、好きになれる努力をしよう」
「カイン様……」
思ってもいなかった言葉に振り向くと、カイン様も私を見つめていた。
「ミア……」
カイン様の手が、私の頬に伸ばされた。
触れた瞬間小さく震える私に、カイン様は微笑んで。
「ミア、俺はもう、君のことが気になってたまらないんだ」
「……え」
カイン様の言葉に言葉をなくした私の唇に、ほんの一瞬、カイン様の唇が触れた。見開いたままだった私の目を覗き込んで笑う。
「ミア?」
そこで初めて、カイン様に口づけられたのだと理解した私……。ぱっと体を離し、外を向いてうつむく。
「……嫌だったか?」
少し間をおいて、首を横にふる。……嫌、ではない。
「それならいい。少なくとも、嫌われてはいないだろう?」
「……嫌い、だなんて……」
答える私の声は消え入りそうで、カイン様に聞こえたかどうか。
「充分だよ、ミア。……良い返事を待っている」
館に戻ったカイン様は、また表から堂々と外へ出て、村長にも挨拶を受けて帰って行った。私もルカ様と一緒に、何事もなかった顔でお見送りをしたけれど、最後に馬に乗ったところで、カイン様がちらりと私を見た。目のあったその一瞬だけで、私の胸は音をたてる。
カイン様の姿は、あっという間に見えなくなった。
2晩考えて、私は決めた。
「カイン様のところへ、行こうと思います」
「やっと決めたか」
ルカ様は笑った。
「これで本当に、一人前だな」
そこから先は早かった。何度も手紙や知らせがやり取りされ、私が王都へ行く日が決められた。
何日か前には、国王陛下から国中に、カイン様に勇者の称号が授けられることが発表された。実際に称号を受けるのは十日後。私も式典に出席し、その日から、勇者の専属魔導師として正式に認められる。
明日は王都へ発つという日。昼間のうちに村の皆とは挨拶を済ませ、夕食は私の両親と摂った。そして館へ戻った私は、今、ルカ様の寝室にいる。
「おまえに触れるのは、これが最後だな」
「ルカ様……」
ルカ様はベッドの上にあぐらをかいて座っていた。私はその正面に座り、ルカ様に頭を下げる。
「ルカ様、今まで本当にありがとうございます。私を顕現させて下さったこと……。ルカ様がああして下さらなかったら、今ごろ私は……」
ルカ様は笑う。
「それはもう言うな。下手をすれば、おまえに憎まれても仕方ないところだ」
そして私を抱き寄せて、そっと唇を噛む。この一年、もう何度も交わされた口づけに、私の息が震える。
「はぁ……ん、ルカ様……」
ルカ様は私の前をはだけ、肩からシャツを落とした。上半身を剥き出しにされた私の肩に手を滑らせ、胸を持ち上げて口づける。
そこで一度顔をあげて、私を見つめた。
「ミア、魔力の顕現の為とはいえ、愛のない行為を強いたのは私だ。おまえには本当に悪かったと思っている。でも……」
「ルカ様……?」
「私はいつしか、おまえを愛していたよ。……少なくとも今、カインに嫉妬してしまうくらいには」
私も同じだ。魔力の為にルカ様に身を任せた。けれど、もう一年以上、何度も身体を重ねて……。
「私も、愛しています。私の初めての方として……一生忘れられないくらいには」
そして一瞬躊躇したけれど、思いきって言う。
「愛しています……ルカ」
そしてこれも初めて、私のほうから口づけた。
「ミア……」
ルカ様が私をきつく抱きしめ、そのままゆっくりと押し倒して。
「あぁ、ルカ様……」
「ルカ、だ」
答えようとした口はルカ様に塞がれて、ルカ様の手が這うたびに、くぐもった声が漏れるだけだ。
「ミア……」
すっかり私の身体を知り尽くした手が、唇が、私を震わせ、甘い声をひきださせる。
「あ、ああ……! ルカ、ルカ!」
ルカ様との最後の夜は、まだしばらく終わりそうになかった。
0
お気に入りに追加
509
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる