魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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23・最後の夜 上

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 それから1ヶ月ほどは、魔導師となっても前とさほど変わりのない毎日だった。私は子供たちの指導と、自分の魔法の訓練に日々を過ごしている。

 ある日、村に立ち寄った行商人から噂を聞いた。
 長いこと称号をうけて活躍してこられた「勇者」モース様が、ついに引退なさるという。

 勇者というと、子供たちの間では「竜退治に行く最強の騎士様」として知られている。恥ずかしながら私もその程度の認識しかなかったので、ルカ様に聞いてみた。そうしたら……久々に呆れられてしまった。


「『勇者』というのは、国王が騎士に授ける称号だ。他の称号とは違って、1人しか持つことを許されない。モースはもう20年近くも『勇者』として活躍してきた。今回モースが引退して初めて、次の騎士に『勇者』の称号がわたることになる」

 国に1人しか存在しない「勇者」であればこそ、その立場は特別で、他の騎士とは比べものにならない。

「基本的に騎士は国王の指揮下にあるものだが、勇者は国王の命令を受けなくても、自分の判断で行動できる。
 そして自分の直属の部下を持つことが許されている。ここには騎士や魔導師、必要なら他の職業の者を入れることもできる」

「すごい、本当に特別なんですね……」
私が感心するとルカ様は頷いた。
「そうだ、ここまで特権を持つものは他にいない。だからこそ、どんなに強くとも、それだけでは認められない。騎士として心身ともに、相応しい人格・風格が伴っていなくては駄目だ」

「モース様は、そんなにすごい方なんですね……」
ひたすら感心する私を、ルカ様は面白そうに見ていた。



 ◆◇◆

 その頃カインは、そのモースのもとを訪れていた。
「やあカイン、調子が良さそうだね」
「勇者モース、お時間をいただいて感謝します」
もともと同じ騎士、顔見知りである。そして自分の後任にカインを推したのもモースだった。

「儀礼はいいよ。他でもない君のことだ、何でも役に立とうじゃないか」
「ありがとうございます」
 公には発表されていないが、カインに勇者が引き継がれることはもう決定されており、カインはその準備にとりかかっていた。

 モースに聞くべきことは沢山あった。何しろ自分が生まれる前から騎士として、さらにその半分以上を勇者として戦って生きてきたのだ。もはや歴代勇者の中でも伝説といって良かった。


「で、君直属の部下は何人と考えている? 騎士はやはり、エリスとグリフかい?」
「そうですね、あいつらは決定です。で、相談なんですが」
モースは首をかしげた。
「頼れる相談役が欲しいんです。貴方の直属の皆さんは、やはり貴方と同時に全員引退なさるんですか?」
モースはにやりと笑った。

「まあ、ほとんどは年だからね。……だが1人、まだ暴れ足りない奴がいるよ。酒代がかかる奴だが、腕は確かだ」    
カインも笑った。
「……確かに。『酒呑みウェイン』は、こんな若輩者のところに来てくれますかね?」
「あいつは楽しそうだと思えば誰の下かなんて気にしないさ。相談役に向くかは保証しないがね。後で話してみるといい」
カインは頷いた。

「あとは魔導師か。 もう心当たりはあるのかい?」
「魔導師ミアを、と考えています」
モースは少し驚いてカインを見た。
「ルカの秘蔵っ子か。私はまだ会ったことはないが」
「先日、陛下を通して面識を得ましてね」

 するとモースの眉が寄った。
「また何か企んでおられるのか?」
これにはカインも笑ってしまった。
「あははは……、失礼、ご心配なく。エリスが看破しました。……まあその上で、乗ってみることにした訳で」
「君らも苦労するな……」
「……モース殿も、やっぱりいろいろありましたか?」
モースが遠い目をして笑う。
「ルカとふたり、何度酒を飲んで憂さ晴らししたか知れないよ」
「……」



 ◆◇◆

「ミア様ー? ルカ様が呼んでるよ」
庭で薬草を採っていた私を、女の子が呼びにきた。彼女はいまここにいるなかで一番歳上で、私の手伝いをしてくれることも多い。それでもまだ16歳、私のときとは全然違う。
「ありがとう、マリー。これ頼んでいい?」
マリーに採った薬草を渡して、私はルカ様の部屋へ向かった。


「お呼びですか?」
ルカ様の手には手紙があった。ルカ様はまず私を座らせ、手紙はそのままで話し始める。
「モースの後を引き継いで、カインが勇者になることが決まった」
「カイン様が……?」
すごい。カイン様って、そんなにすごい方だったんだ……。

「前に話したな。勇者は自分直属の部下をもつことが出来ると」
「はい、聞きました」
そうか、きっとエリス様とグリフ様だ。あの3人ならきっと……
 勝手に想像してしまう私の肩にルカ様が手を置く。見上げた私に、ルカ様が真剣な顔で言った。
「カインは……ミア、おまえに来てほしいと言っている」


「私が、カイン様……、『勇者』の、ですか……?」
ルカ様は私の肩をまだ押さえたまま頷く。
「『勇者』の直属、専属魔導師だ。魔導師としてこれ以上の名誉はない」
「何故、私に……?」

 ルカ様はため息をつく。私の肩に重みがかかった。
「少しは客観的に考えてみろ。国内唯一の4属性持ちなんだぞ、おまえは。勇者以上にふさわしい相手がいるか」
「……」
なんだか人のことを聞いているみたいに、全く実感がない。私が、カイン様の下で……。

 そこでやっと気がつく。
「で、でもルカ様、私は……」
ルカ様は何も言わずに、じっと私の目を見ている。その目を見ているうちに、閃くことがあった。
「……まさか、ルカ様……、カイン様は……?」
ルカ様は頷いて、私の肩に置いた手に力を込めた。
「そうだ。ミア……、カインは全て知っている。その上で、おまえを求めているんだ」


 頭が真っ白になる。

 知っている。カイン様は、全て知っている。
 その上で、私を……?

 それは……、カイン様は、私を……?
 今度は顔に火がついたかと思うほどに血がのぼる。


 魔力が顕現して、もう1年以上。ルカ様と身体を重ねるたびに、いつかは他の誰かと、またそうなることを理解し、覚悟したつもりだった。

 でも、やっぱり冷静ではいられない。
 心臓の音が身体中で響いて、どうしていいか分からない。


「ミア……?」
ルカ様が私を呼んだその時。ノックの音と同時に、廊下からマリーの声がした。
「ルカ様、ミア様! お客様です! 騎士の、カイン様とおっしゃるかたが……」



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