魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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22・騎士達の密談 下

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「陛下が、万一の場合を考えない訳がない、と思っておりました」
 笑ったおかげで毒気を抜かれ、エリスは淡々と続きを話し始める。ルカだけは油断のならない目で国王を睨んでいるが、そこには目をやらないようにするだけだ。

「まずカインとミア殿なら、組み合わせとしては問題ないでしょうが、騎士である限り、いつどこで命を落とさないとも限りません。その時に、また一から相手を探すよりは、最初から傍にいたほうがいい。また護り手ということから考えても、ひとりでは役目の都合によっては不安が残ります。……陛下がこの辺りをお考えにならない筈はない、そう思ったのです」


 ルカが盛大にため息をついた。
「陛下……。いくらなんでもそれは、あまりにもミアを無視したお考えでは……?」
「別に、嫌がる娘に無理やり押し付ける気などないさ。……それで、騎士諸君の考えはどうだ?」

 3人は疲れた顔を見合わせて頷いた。カインが口を開く。
「正直申し上げて悔しいですが。……承りましょう」
ルカが目を丸くして振り返る。
「―――ただし、です」
「何だね?」
「当然ですが、ミア殿にはこのような事情など伝えません。陛下が仰ったように無理強いはできません。我々3人が3人とも、それぞれミア殿に受け入れられれば、ということにさせていただきます」

「それと、カインの称号の件です」
グリフも続けて言った。
「やはり、可能な限り急いでいただきましょう。その上で、魔導師ミアをお招きする、という形を取りたい。出来る限り不自然でない方法で、我々の元へ来ていただくつもりです」

「わかった。そのように取り計るようにしよう」
3人はそこで一礼し、カインがルカの方を向いた。
「すべての準備が整いましたら、ミア殿に迎えを送ります。それまでミア殿を……」
 ルカは諦めたように頷いた。
「陛下の無茶に対して、そこまでミアに配慮してくれたことに感謝する。あとはそちらの指示に従おう」
「ありがとうございます」





 国王のサロンを出て、3人は揃って大きく息を吐いた。黙々と歩き、騎士に与えられた棟へと向かう。騎士にも専用のサロンがあるが、幸い誰もいなかった。
「はああああ……」
「なんだか妙に疲れた……」

 しばらく沈黙が流れる。やがて気分を変えるようにグリフが言った。
「ルカ師とミアは、もうそろそろ帰るんだろう? 見送りに行くか」
 立ち上がりかけたカインが、不思議そうに尋ねる。
「そういえば、昨日から思ってたんだが……。何でお前ら、ミアって呼んでるんだ?」
とたんに笑顔になるグリフと、挙動不審になるエリス。


「何だよ、俺が大変な話してた間にそんな事になってたのか?」
「何しろ、下からこう見上げられて『ダメですか?』なんて言われると……もう破壊力抜群でさ。エリスはあれでやられたんだ」
「……やられてなんかいない」
「ハイハイ、照れてただけな」
「……」



 ◆◇◆

「カイン様、エリス様、グリフ様。わざわざ送って下さってありがとうございます。」
モルシェーンの町の門を出たところで、私はお礼を言った。

 帰りの私は、今朝ルカ様がお城に行っている間に届けられたローブだ。お城でいただいたのは本当の儀式用の正装。今日のは日常に着る、シンプルな形のもの。ルカ様がいつも使う仕立て屋さんに、私のぶんも頼んで下さっていたのだ。例の首飾りももちろん着けている。

「昨日のワンピースも可愛かったんだけど……もう魔導師になったんだから仕方ないかぁ……」
グリフ様がしきりにため息をついている。
「ローブ姿も凛として美しいですよ、ミア」
エリス様は一生懸命フォローしてくださる。

 カイン様が近寄ってきて言った。
「私も貴女のワンピース姿を見てみたかったですよ、ミア殿」
「カイン様……」
 陛下の夕食でお会いしたときと同じ、いかにも騎士様、という雰囲気のカイン様。昨日たくさんお話ししたグリフ様やエリス様と違って、何だかドキドキしてしまうのだけど、今日のルカ様は少し呆れたように遠くを見ているだけで、助けてくれそうにない。

 えっと、失礼にならないように何か言わなくちゃ……。
「あの、カイン様……」
「なんでしょう?」
優しい微笑みに、勇気を得て続ける。
「カイン様もよろしければ、私のことは、ミアとお呼び下さい」
 その瞬間、カイン様の顔にぱあっと眩しい笑顔が広がった。
「わかりました、……ミア」
後ろでルカ様が小さなため息をつき、グリフ様の声で「詐欺だ……」と聞こえた。私には意味が分からなかったけれど……。

「では、ここで。見送りに感謝する、騎士諸君」
「ありがとうございました、皆様」
そういい終えた私の手に、カイン様が小さく口づけた。
「……!?」
「気をつけて」
そしてにっこり微笑む。
 私は熱くなった頬を隠すように頭を下げてから、さっさと歩き出したルカ様を追った。



 ◆◇◆

「カーイーンーっ!」
「おまえ、昨日はあんなに乗り気じゃなさそうだったのに、さっきのあれは何だ!?」
カインはあらぬ方向を向いてうそぶいた。
「知ってるだろう、俺は負けるのは嫌いなんだ。とくにお前らには」
グリフは呆れて空を仰ぐ。
「あーあ、カインが本気出しちゃったね」
エリスは乾いた笑い声をあげた。

「……帰るか」
「ああ、しばらく忙しくなる」
3人は、ミアとルカの去った方向をもう一度眺めてから、城へと戻っていった。



 ◆◇◆

 私達が村へついたのは、もう夕方だった。村の入口で皆の歓迎をうけて、無事魔導師になれたことを報告し、館へ帰った。
 お城の話、都モルシェーンの話、王様に王妃様、騎士様の話……。皆がせがむままに話していると時間がいくらあっても足りないくらいだったけど、ルカ様の一声でお開きになる。

 私とルカ様はその場に残ってお茶を飲んでいた。ルカ様がふと気づいたように言う。
「もう皆と同じ、寮の棟の部屋では良くないな。私の棟という訳にもいかないし……、中央の棟の2階に、昔私の使っていた部屋がある。明日そこへ移るといい」
「はい、ルカ様」

「分かっているだろうが、その言い方も子供と一緒だぞ?」
「ルカ師、ですよね。公の場では、でいいですか?」
「あくまで仕来たりだからな」

「ルカ様?」
「早速元通りか。何だ?」
「私、いつまでここに置いていただけるのですか?」

 魔導師として独り立ちすると、王宮や町や村の専属魔導師として雇われる道か、騎士や冒険者と共に旅をして町を回る道か、大抵どちらかを選ぶ。独りで世界を回ったり、中には大商人や個人に雇われる魔導師もいることはいるけれど。

 ルカ様の場合はまた別で、若いころから国王陛下と共に活躍した結果、この家を得た。いわばルカ様個人の館なので、私は魔導師となった以上、いつかは独り立ちしなくてはならない。でも例の問題もあるし……。

「いずれ何か話がくるだろうが、とりあえず心配しなくていい。まあ私に雇われたと思って、今まで通りに私を助けてくれ」
「はい、ルカ様。ありがとうございます」

私はほっとした。まだしばらくは、ルカ様のもとにいさせてもらえる。


―――知らないところで、既に騎士様達は動き出していた。私がそれを知るのは、もっとずっと先のことだけれど。
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