魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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21・騎士達の密談 上

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 その日、夕方遅くなって、私はエリス様とグリフ様に宿まで送っていただいた。お二人は部屋の入口まで来て下さって、「また明日な、ミア」と(主にグリフ様が)笑って帰っていった。

 私の手には、グリフ様が買って下さった大量の焼き菓子と、エリス様が下さった、お城を描いた小さな絵があった。どちらも館の子たちにと私が迷っている横で、さっさと買って私に下さったもの。
 申し訳なくてお金を払うと言ったのだけど、お二人とも、大した額ではないと受け取ってくれなかった。

 だから、
「帰ったら、お城の騎士様が買って下さったって言いますね。きっとみんな喜びます」
と言ったら、グリフ様は嬉しそうに笑って、エリス様はまた何やらぶつぶつ言っていたけれど。
「奴は照れるとああなるんだ」
とグリフ様が教えてくれたので、私も嬉しくて赤くなってしまった。


 ルカ様が戻られたらお話ししようと、絵と菓子を居間に置いて、私はお茶の支度をはじめた。



 ◆◇◆

「よう、戻ったぜカイン。……どうした、何があった?」
3人の中で一番豪快な印象のグリフだが、人の顔色を読むのは最も上手い。出迎えたカインの顔に何とも言えない屈託を感じとって訊ねた。

「ああ、話がある。……そっちはどうだ?」
グリフは困ったように笑ってエリスを見る。
「天然は強い、ってやつだな。エリスがやられちまった。ま、そんなのは後でいい。おいエリス、しゃんとしろ。カインの話聞くぞ」

 カインは3人分の酒を注いで手渡しながら話しはじめる。
「昨夜の俺たちの想像は合ってた。……ただ、事態はそれ以上だったんだ……」


 カインが話し終えたのは、もうすっかり夜が更けたころだった。もう酒に手を出す者もなく、カインは空のグラスをもてあそんでいた。
「……そうか、そういうことか……」
グリフが今まで忘れていたかのように、背もたれに寄りかかった。エリスは微動だにしないまま呟く。
「……だから、陛下は僕たちに……それにしてもあのミアが……」

 それぞれが話を消化するのに時間が必要だった。カインだって、これまで何度思い返したか知れない。
「……」

「カイン」
グリフがカインをまっすぐに見据えて聞いた。
「おまえはどうしたいと思ってんだ?」
カインは答えず、グラスを見つめたまま動かない。グリフが続ける。

「今日のその、ルカ師の話を聞く前は……まさに陛下の言うとおりを考えてたよな?  オレたちと組んで一緒に活動すればいい、って。……おまえの引っかかりは何だ?」
カインはまだ答えられない。

 そこへエリスも口を挟んだ。
「カイン、もし今日の話を聞かなかったら……。僕たち3人、何の抵抗もなかったはずだ。現に昨夜、あれだけミアの話……そっち・・・の話をしていたよね。なら、何故迷う?」

「そりゃ、おまえのプライドの問題さ。陛下とルカ師にお膳立てされて、さあどうぞ、と女を差し出されて。しかもその女は別におまえを求めちゃいない、ときた。カイン、おまえ自分から女口説いたことなんてないだろ?」

 カインは舌打ちし、握ったままだったグラスに新たに酒を注いだ。一気に飲んでグリフを睨む。
「嫌な奴だな、グリフ……」
グリフは鼻で笑い、カインのグラスにまた注いでやった。

「まあ、いいけどな。おまえが嫌なら、オレがその役貰ってもいいぜ?」
カインのグラスが揺れて、酒がこぼれる。
「本気か?」
「ああ、本気だ。まあ、勇者様には及ばねえが、オレだって騎士だ。陛下も認めて下さるだろうよ」

「カイン、僕もミアを気に入ってるよ」
エリスを振り返ったカインの目は、驚愕に見開かれていた。
「僕も条件は同じ、騎士だ。ふっ、いっそのこと二人で迫ってみようか、グリフ?」
「……おまえら……?」
  
 グリフが調子にのって言った。
「という訳だ。カイン、この際おまえも揃って、3人でミアを口説こうぜ」
「おいグリフ、酔ってるのか!?」

 その時エリスが考えこんだ。
「ちょっと待て、そうか……3人……」
「?」
「どうした、エリス?」

 二人の呼び掛けにも答えず、半分目を閉じてぶつぶつと考え続けたエリスだったが、
「……そういうことか……」
次に目を開けた時には、心底呆れたような、うんざりした表情がうかんでいた……。



 ◆◇◆

「お答えいただきましょう、陛下!?」
 翌朝。前夜に国王とルカとカインで話しあったサロンで、珍しくも厳しい口調で国王に詰めよっているのはエリスだ。隣のカインはがっくりと脱力し、グリフはげんなりした顔で、それでも失礼にならぬよう国王の表情を伺っている。

「ルカ師はどうか存じません。ですが、陛下」
国王はエリスの剣幕に引いたのか、それとも全く動じないのか。無表情で座ったまま動かない。
「陛下はこの話、初めから我々3人をミア殿に会わせるよう計られた。本来ならカインひとりを、勇者候補とでも紹介すれば済んだ筈です。いや、そんなことを言うより、失礼ながらお顔をみれば分かります。陛下は……」
 そこでエリスは息をついで、言い放った。

「陛下は我々全員を、ミア殿と関係させるおつもりでしたね!?」


「……出来の良すぎる部下を持つというのも、苦労することだな……」
国王が横を向いてつぶやくと、それまで呆然としていたルカが突如覚醒した。
「おい、待てセレスっ! 俺はそんな事聞いてないぞ!?」

(うわっ……!)
3人は慌てて首をすくめた。あのルカが完全に我を忘れ、あろうことか国王を名前で怒鳴りつけたのだ。ここは絶対に「見てない聞いてない」で通すべきところだ。

「おまえという奴は……! 説明しろ、セレス!!」
「いや、待てルカっ! 落ち着け、騎士たちもいるんだぞ!?」
 その瞬間に凍りついたルカと、腰が抜けたように座りこむ国王……を、必死に見ないふりをする騎士たち。

「い、いやぁ……今日もいい天気だよな」
グリフの上ずった声に、全員の視線が泳ぎ……。次の瞬間、サロンは爆笑につつまれた。
「何だよグリフ……! 言うにことかいて……」
「くっ……いい天気って……あははは!」

 国王も豪快に笑い、ルカも逆上したことなど忘れたように高らかに笑っていた。


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