魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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4・決めました。 下

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 途中、どうやって歩いてきたのか。気がつくとルカ様の館の裏木戸を抜け、森の中を歩いていた。といっても迷うような森ではない。ルカ様の館で暮らしてもう4年、暇があれば歩き回り、チャージ法を探してきた場所なのだ。
 もう少し先にお気に入りの場所がある。木漏れ日の入る明るい場所で、大きな木が倒れている。もうずっと前から、私のベンチになっていた。

 いつもの木に腰をおろし、ぼんやりと足元の草を見ていると、さっきリタに言われた言葉がひとつずつ思いだされてくる。
 ―――子供は大人の言うことを聞くもんでしょ?
 ―――いつまでも子供なんじゃないの?
 ―――生まれつき何か足りないのよ。
 ―――顕現しなきゃ意味がない。

 いままで確かに陰口で、遅いと笑われることはあった。それでもルカ様が「ミアには複数属性が感じられる」と言ってくださったおかげで、そこまで馬鹿にされることはないと思っていた。

 でもリタの発言は、私の想像をこえていた。もしかすると、皆内心ではそう思っていたのだろうか? これから私が年齢を重ねれば重ねるほど、さらにそう思う人はふえていくのかもしれない。もしこのまま顕現しなかったら、一生その中で生きていかないとならないの?
 そう思うとたまらなかった。


 もしルカ様の言うとおり、私にそれだけの素質があるなら。魔導師をめざせるほどの魔力があるなら。
 やってみたい。ルカ様のように王都へも行ってみたいし、魔物退治もしてみたい。できるなら、他の国へも行ってみたい。魔導師ソフィア様のように王妃様にはなれないけど、私にしかできない人生をおくってみたい。

 それには、ここで子供のままでいては駄目だ。それではなにも変わらない。
 私の魔力を顕現させたい……!


 でもそれには、大きな代償がいる。

 ルカ様のことは、大好きだ。でもそれは、先生として。どちらかと言えば家族のような、信頼と愛情。男性としてみたことはなかった。
 それに、ルカ様だってどうなのだろう? 私を抱く、と言って下さったけれど。娘のように可愛がって、顕現しない私に心をかけて下さるけれど、そんな私を、そういうことの相手に考えられるものなの?


 ふつう、15、6歳で魔力を顕現させると、女の子たちは仕事に出たり、結婚のために家庭で花嫁修行をしたりする。わたしはずっと子供としてルカ様のところにいたので、いわゆる大人の女の子の話、というのに触れることがなかった。だから、正直言ってそっち方面の知識はあまり多くない。 

 それなのにいきなりルカ様にそんなことを言われて……。本当はものすごく怖い。魔力を顕現させたい、その気持ちは本物なのに、それを諦めてしまいたくなるほど怖いのだ。


 気がつくとかなり暗くなってきていた。私は慌ててルカ様の館へ戻る。木戸をそっと開けて入ると、食堂の灯りがついているのがみえた。あの騒ぎのことはきっとみんな知っているだろう。私は食堂を避けて、こっそり自分の部屋へ向かった。

 私の部屋は2階の奥にある。階段を昇りきったところで、下の部屋の子が食堂から戻って来たらしい声がした。
 良かった、一足違いで顔を合わせなくて済んだみたい。
 そう思って部屋へ向かう途中、その子たちの声が聞こえた。

「リタの夕食はどうするの?」
 リタの名前が出て、私は思わず立ちすくむ。
「エリンさんが運んで行ったよ」
 まだ若い、リタと同年代の子たちだ。
「リタも調子に乗り過ぎだよね」
「ミアさんにあんなこと言うなんてね」

 これ以上聞いていてはいけないと思うのに、体が動かない。彼女たちは階段の下で立ち話をしているようで、石の壁に反響してすべて聞こえてしまうのだ。
「でも、ミアさんってこの先顕現できるのかな?」
「チャージ法がわからなくて、一生子供だった人も、昔はいたんでしょう?」
「かわいそうだよね、そんなことになったら」






 どうやって部屋に入ったのか覚えていない。気づいたら、明かりも点けずにベッドで膝を抱えていた。

 ―――かわいそうだよね。

 私は、かわいそう、と思われていたんだ。3つや4つも年下の子たちから。
 そして、これからも、さらに年下の子たちからも、かわいそう、と言われ続けるんだ。

 そんなのは嫌。
 ここで、人にどう思われるか気にして小さくなって。年下の子たちに馬鹿にされ、憐れまれ。私はそんなふうに生きたくない。


 私はそっと部屋を出て、ルカ様のいる棟に向かった。
 ルカ様の部屋をノックすると、誰何することなくドアが開けられた。
「ミア、来ると思っていたよ」
 ルカ様は微笑んで、私を昼間と同じ椅子に座らせる。

「夕食をとらなかったようだね。お腹は空いていないのか?」
「……はい」
「そうか。なら、話してみなさい」





 私は、今日あったこと、リタや後輩に言われたことを、それから考えたことをルカ様に話した。

「何度も考えました。ルカ様が心配して下さったことも、何度も何度も考えました。でも、やっぱり私は、このままではいたくありません。……自分が大変なことをしようとしてるのは分かります。でも、このまま子供としてここにいて、馬鹿にされたり憐れまれたりするくらいなら……」

「分かった。―――私でいいんだね?」
「……ルカ様が、私でもいいのでしたら……」
 さすがに恥ずかしくて下を向いて答えると、ルカ様は笑った。
「確かに、年齢からみればミアは娘のような存在だが。大丈夫、私も一応男だからね」


「それでは、ミア。どうしたい?」
「……え?」
「このまま、私の寝室へ行くか? それとも、心の準備ができていないなら、明日にしたいか?」
 一瞬、頭のなかが真っ白になる。実はそこまで考えて、ルカ様の部屋へ来た訳ではなかったから。

 反射的に、明日と言いかけて思いとどまる。
 一度自分の部屋へ戻ってしまったら、もう二度と勇気が出ない気がする。それに、そうしたら明日また同じ雰囲気の中で、1日過ごさなくてはならなくなる。

 ―――いつまでも子供なんじゃ。
 ―――かわいそうだよね。

 もうそんな言葉を聞きたくない。


「ルカ様がよければ、このまま、お願いします……」

 私は自分で決めて、もうあと戻りできない、自分だけの人生の扉を開けたのだった。

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