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16・社交界デビュー 後

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 曲が終わった。教えてもらった通りに礼をして、私はジェラールにエスコートされて大広間を出る。ジェラールは私をテラスの目立たないベンチに座らせ、飲み物を取りに行ってくれた。
 私はようやく息をついた。続けて3曲踊って火照った体に、風が心地よい。広間の灯りもあまり届かない場所なので、人目を気にしなくていいのも助かった。


「フェリシア」
柱の陰から声がして、私は顔を上げた。もちろん誰かなんて聞かなくても分かる、1カ月ぶりの声。
「リュシアン様……」
広間の眩しいシャンデリアの光を背中に受けて、こっちへ歩いてくる人影。
「会いたかった」
 もうあと数歩で私の前に、というところで、リュシアンの腕を掴んだものがあった。グラスを持って戻ってきたジェラールだ。

「リュシアン、止せ。フェリシアの立場を潰す気か?」
確かに、デビューしたその日に男性と二人きりなどということは許されない。まして私とリュシアンのことは、既に知られているのだ。あっという間に噂になってしまうことは、私にでも想像できる。
「ああ、そうか……悪かった。フェリシアを見たら、つい耐えられなくなって……」

 ジェラールは苦笑したようだった。
「まあ、あんな目で見てるようじゃ……そうだろうな。おかげでダンス中に義妹の気が散って困ったよ」
「……お義兄様!」
「後半は2人して同じような顔して。距離があったから良かったものの……」
「お義兄様、もう」
恥ずかしくて顔を上げられない。
「……フェリシア……?」
そんな私を不思議そうにみるリュシアンを、ジェラールが引きずるように連れて行った。


 リュシアンが玉座の近くに戻ってから、私はジェラールと一緒に大広間に戻った。
 そこからはちょっと大変だった。私にダンスを申し込む、若い貴族やその子息がたくさんいたのだ。その中には、ジェラールが要注意マークをつけてくれた人も沢山いた。いったい何が目的なのか分からない。

 私は必ずお義父様かジェラールの隣にいて、2人がOKを出した人とだけ踊るようにした。それでも決して楽しいものではなかった。何分間か向かい合って密着して、しかも会話もしなくてはならないし、OKが出たとは言っても完全に信用してよい人とは限らない。


 何より辛かったのは、そこにリュシアンがいることだ。さすがにリュシアンも、ひたすら私ばかりを見ていたわけではない。時にはリュシアンも、どこか他のご令嬢と踊っていた。でもふとした折に目が合うと、あの瞳で見つめられる。違う男性に抱かれて踊る、私を。






「本当によく頑張ったな。私も鼻が高いよ」
ダンドリュー家へ帰る馬車の中で、お義父様はご機嫌だった。
「ありがとうございます。お義父様のおかげです」
お礼を言う私は、実のところもうくたくただった。

「ああ、ここまでやれるとは思ってなかったよ」
ジェラールも横から口を添えてくれた。
「ダンスもそうだし、リストもよく覚え込んだ。正直言って初めて会った時は、リュシアンに振り回されてるだけだと思って、心配したものだが。……でも」
そう言って私の顔をのぞきこむ。

「今日、ようやく心が決まったみたいだな」
「え……!?」
「分からないとでも思ったか?」
もう、どれだけ鋭いのか。頬にまた血が上るのを感じ、私はシートの上で身を縮めた。
 お義母様がそんな私をみて笑っていた。





 ダンドリュー家に戻り、ドレスを脱いで身体を拭い、私はようやく一人になった。さっきまで脱いだドレスの始末やら複雑に結い上げた髪を梳くやら、お湯を運んでもらうやらと何人ものメイドさんが出入りしていた部屋も、枕もとのランプを残して照明も落とされ、静まり返っている。
ダンドリュー家は大邸宅なので、家族といえどもそれぞれ違う棟に部屋を持っている。もしかしたら本当に、近くには誰もいないかもしれない。初めは心細かったけれど今は慣れた。


 きいっ、と軋むような音がした。ベッドに腰かけてぼんやりと考えていた私は顔を上げる。
 ―――何の音だろう?
 すると戸締りをしたはずの部屋に、ふわっと風が通るのを感じた。私は驚いて振り返ると、バルコニーに続く窓にかかる、カーテンが揺れている。そしてその向こうに人影のような……!?
 びくっ、と身体を強ばらせた私の耳に、あの声が聞こえた。

「フェリシア、起きていたんだね」
「……リュシアン、さま……!?」
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