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7・逃げられそうにありません! 前

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 私への好感度が上がりすぎた、リュシアンの暴走がとまらない。とっくにゲームシナリオから外れているので、どう反応していいかも分からない。密かに困惑しながらお茶を飲んでいると、
「殿下、失礼を」
聞き覚えのある声がした。
「何だレオン。無粋な奴だな」
 ―――レオンだ! 本物だ……!
見上げると、これまたスチルから抜け出してきたような男性が、騎士の装束も凛々しく立っていた。

 レオンはゲーム「ヒミツの恋愛遊戯」の最初にプレイできる3人のうちの1人で、王子リュシアンの親衛隊長という、いかにも乙女ゲームのヒーロー的な王道キャラクター。細身で引き締まった鋼のような体つき、真っ直ぐでひたむきで女性にはどこまでも優しく、乙女心をくすぐる。

「それは失礼、殿下。ですが、これも務めですので」
そう言ってレオンは向き直り、私に声をかける。
「フェリシア・グランデール嬢ですね。私は殿下の親衛隊長を務める、レオン・ラヴェルニーと申します。お見知りおきを」
 ―――うわあ、これだ。本当なら最初にリュシアンに招待されるお茶会でのシーン。
 失礼でないよう挨拶を返しながら(フェリシア脳絶賛稼働中)、私は覚えのあるゲームのセリフに夢中になっていた。
 ―――と、いうことはまさか……!


「やあ、リュシアン。いい天気だね」
本を抱えて通りかかったのは、リュシアンのご学友、ツンデレ伯爵様のシャルルだ。今までちゃんと女性と付き合ったことがなく、ヒロインと会って初めて恋を知る(そのくせHシーンがめちゃくちゃ激しいと評判だった)……というキャラクター。レオン同様、最初の3人のうちの1人で、スチルは美麗だったけど、私は正直なところ興味を惹かれなかった……というのは内緒にしておこう。

 ―――うわあ、うわあ。ここでまさかのゲーム通りな展開が……!
リュシアンに悟られないように気を遣いつつ、私の期待はいきなりMAXだ。だってそうしたら、この次に現れるのは……。


「―――なんだ、ずいぶん地味なのと一緒だな。女の趣味が変わったのか?」
 ―――そう、これこれ! この失礼な発言は。
「失礼な、ジェラール。フェリシアに謝るがいい。フェリシア、この無礼な男は……」
 ―――きたきたきた! ジェラール! やばい、心臓が……! どうしよう、見たいのに……期待が高まりすぎて見られない。

 いや、別に見なくても描写出来ますよ。身長188センチ、長めの黒髪に涼し気な目元。6人のキャラのなかで最年長の29歳。宰相を務めるダンドリュー侯爵家の長男で、第1王子(既婚・ゲームでは名前が出てくるだけ)のご学友でもある。どうよ、伊達に推しなわけじゃないのです。

「ふうん、……どこのフェリシア嬢?」
ようやく心の準備ができて振り仰いだ私……。そのまま止まってしまうかと思った。
 ―――うわあああジェラールだ本物だそのままだかっこいいいいいい!

「フェリシア?」
リュシアンに怪訝そうな声をかけられて、私は慌てて挨拶をした。
「初めまして、フェリシア・グランデールと申します」
するとジェラールが合点がいったように頷いた。
「ああ、グランデール博士の娘か。確かまだデビュー前だろう?」
答えようとする私を、リュシアンが遮った。
「私が呼んだのだ、口を出すな」
「へえ、お前がね。……ああ、そのドレスもリュシアンの趣味か」
唇の端を上げるようにして笑うジェラール。彼は、初回はあまり感じが良くないのだ。

 ……ちなみにゲーム登場時の彼は「年上ドS」となっていた。私のストライクゾーンど真ん中で、ジェラール編を楽しみにリュシアン編をクリアしたのに。まさかそれが仇になるなんて……。


 その後、残りの2人のキャラもお約束通りに現れた。マッスル系騎士団長でおっさんキャラのダニエルも、ショタ向け美少年の第3王子クリスも。でも申し訳ない、私ほとんど記憶に残っておりません。
 ジェラールが素敵すぎて、もう他の事が目に入らなかった。ジェラールが行ってしまった後も、正直言って気もそぞろという状態だったと思う。

 さすがにジェラールだけを見つめるような真似はしなかったけれど、やっぱり、リュシアンがそれに気づかないはずはなかった。


「フェリシア……」
突然、辺りの気圧が急降下した、と思った。
「……で、殿下?」
急降下したのはリュシアンのご機嫌だった。やばい、口は笑みのかたちになっているけれど、目が笑ってない。
「私以外の男が、そんなに気になるか?」
「え、あの、そんなことは……」
「まだデビューもしていないうちから、そんな事では困るな。……君にはお仕置きが必要だろうか」

 ―――怖い……!
リュシアンがこんな顔をするなんて、知らない。もともと凄みのあるほどの美形なだけに、睨まれると迫力がありすぎる。

「あ……、の……」
完全に竦んでしまって口もきけない私の手を、リュシアンが掴んだ。
「それともここで、既成事実でも作ってしまおうか……? そうすれば、君が他の男など目にすることも出来なく出来る……」
そしてその手を返して、口をつける。
「ひ……!」

 掌を舌が這うのを感じて、私は全身を強張らせた。ひたと私を見据えながら、リュシアンの唇が私の指を辿ってゆく。
「や……、殿下、やめ……」
 ―――やだ、嘘? 誰よこれ……!?
「足りないなら、ここで押し倒してしまってもいいんだよ?」
今のリュシアンなら、本当にそうしかねない……と思った。
「手が震えているね。怖いか? でもこれは罰だ。君が私の……」


「殿下っ!? 何をなさっているんですか、お止め下さい!」
突然響いたレオンの声に、私は救われた。わずかな舌打ちを掌に残して、リュシアンが手を放す。恐怖と安堵が入り混じって、私は引っ込めた手を握り締めて、ガタガタと震える。
 レオンがテーブルの脇まで駆けてきた。
「殿下、いったいどうなさったのです!?」

 不機嫌なリュシアンと、まだ震えている私から話を聞いたレオンは溜息をついた。
「殿下、フェリシア嬢はまだデビュー前なのですよ。当然、社交のルールもご存知ない。そんな方が、初めて王宮に来て、シャルル殿やジェラール殿にお目にかかったらどうなるか……、それがお分かりにならない殿下ではないでしょう? おそらく先日、初めて殿下にお会いになったときも、似たような状態になられたのでは?」

「……そういえば、私を見て気絶したのだったか」
レオンは大きく頷いた。
「そうでしょう!! 王宮の方は、魅力的すぎるのです。免疫のないフェリシア嬢などひとたまりもない。ましてフェリシア嬢、気を失ってしまったのですか!? 流石は殿下! すばらしい魅力、別格です!」

 気絶したのはこの世界に来たショックのせいなんだけど、よく分からない理論を熱弁してくれたレオンのおかげで、リュシアンの機嫌が直ったのだから黙っておく。私の震えもようやく治まった。
「そうか、あの気絶はそういうことだったのだな。……フェリシア、疑って悪かった」
 ―――レオン、苦労してそう。……ていうか、やっぱりレオンも、ゲームと完全に同じではないんだな……。



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