上 下
5 / 23

5・リュシアン、暴走する 前

しおりを挟む
 私が頭のなかで自分から逃げようなどと考えているとは、もちろんリュシアンは思ってもいない。

「だがフェリシア、今日のところは心配いらないよ。ここには誰も来ないよう命じてあるからね」
私は脱力しそうになるのを全力でこらえた。
「殿下、そうではなくて……! ここで2人きりで……殿下にこんなふうにされることに、私が恥ずかしくて、居たたまれないのです」
 リュシアンがまじまじと私を見る。……今度こそ分かってくれただろうか。フェリシアは奥手だから、迫っちゃダメなのよ、ということにしたかったんだけど。

 密かな期待を胸に様子を窺っていると、リュシアンの頬がぶわっと赤くなった。
「フェリシア、何て可愛いんだ!」
 ―――はあぁ!?
リュシアンは私の両手を握りしめてまた指先に口づけ、そのまま頬擦りせんばかりに話し続けた。
「そんなことを恥ずかしがるなんて、なんて純真なんだ……! 可憐だ! 天使だ! こんな娘を私の色に染めていけるなんて、私は何て幸運なんだろう!?」
 ―――ひいいいい! 違う、リュシアン! どんなフィルターかかってるの!? しかも後半、怖いですから!

 知らなかった……、本当に知らなかったんです。キラキラ王子様のリュシアンが、こんなに痛い人だったなんて。それともここ、本当はゲームとは別の世界なんでしょうか。


 異様な盛り上がりをみせていたリュシアンが、ようやく静かになった。もっとも、私の手は未だリュシアンにしっかりと握られている。
「あ、あの……殿下……」
「なんだい、フェリシア?」
リュシアンは何とも幸せそうに、うっとりと私を見つめる。
「お願いですから、そろそろお手を……」
言いながら手を引っこ抜こうとしてみたけれど、恐ろしいことにびくともしない。するとリュシアンの眉が寄った。

「そんなことより、フェリシア?」
「……はい、殿下」
そんなことじゃないんですけど、という言葉は心の中だけにして答えた。若干棒読みになったのは仕方ないと思う。
「この前言っただろう、『リュシアンで良い』と。どうして聞いてくれないんだ?」
 ―――どうして聞いてくれない、は私のセリフですが。
「でも殿下……」
「リュシアン」
「畏れ多いです」
「リュシアン」
「……リュシアン殿下」
「『殿下』はいらない。リュシアン」

 すみません、ちょっと鬱陶し……というか疲れてきたんですが。もう、この世界に来てからの衝撃と緊張で、私だっていっぱいいっぱいなんですよ、本当は。

 だから、私もすっかり頑なになってしまった。たぶんもう少し落ち着いていれば、名前の1回くらいは呼んであげて、後はなだめるとかごまかすとか、とにかくうまくこの場を収めることができたはずだ。

 ところが、もうその時の私は、リュシアンなんか放っておいて帰りたいくらいだった。でもこの世界では、彼はゲームの登場人物なんかじゃなくて、本物の王子様だ。どうやらしっかり「身分」というものがあるらしいこの世界で、王子様の機嫌をそこねるわけにはいかない。私の中のフェリシア脳には、その辺がしっかり書き込まれている。


 下を向いて黙り込んだ私の表情に、リュシアンはまだ気づかない。
 ―――ああ、もう嫌だ。私、なんでこんな世界に来ちゃったんだろう……?
やっぱり限界だったのだろう、そう思ったら泣けてきてしまった。
「え、……フェリシア? そんな、なぜ泣くんだ?」

 ―――おまえのせいだ!!
 ……まさかそう叫ぶ訳にはいかないので、私の涙はおさまらない。でも、あたふたするリュシアンを見たら、少しだけすっきりした。そうだ、リュシアンだってちょっとくらい困ればいいんだ。
「殿下が、困らせるから……」
溢れる涙をぬぐいもせず上目遣いに見上げると、リュシアンは面白いほどに狼狽した。せっかく涙が出たんだから、この際最大限利用してやる。……後から考えると、私もかなりおかしいけど、この時は本当に限界を超えていたと思うので……大目に見てほしい。

「困らせた? 私が? そんなに嫌だったのか?」
分かりやすすぎるくらい、リュシアンはへにゃりと萎れた。
 私はこくりと頷く。……「絶対に言質はとらせない!」とか、ヒロインらしからぬことを考えていたけど。
「……私のことが嫌いなのか?」
「いいえ、殿下」
途端にリュシアンの顔がぱあっと明るくなる。だからって、好きとは言ってないですが。
「殿下はご立派な方だと伺っております。でも1度お会いしただけで、私は殿下のことをほとんど存じません」
真剣な顔で私の言葉に耳を傾けてくれている、そういうリュシアンは本当に恰好いいのに。

「それなのに、このような特別扱いをしていただいては……困ります。殿下のお立場にも障ります」
「だが、フェリシア……」
「お願いです、殿下。どうか、他のご令嬢方と同じにしてください。―――せめて、私が予定通り社交界に出てからに」
そうすれば、少なくとも私には2ヵ月の猶予ができる。その間に、落ち着いてどうしたらいいか考えるのだ。


「……わかった」
しばらく考えていたリュシアンが、私を見て頷いた。
「ありがとうございます、殿下」
ほっとした私は、思わず微笑んでしまった。
「く、可愛い……!」
また崩れてしまったリュシアンに一瞬どきっとしたものの、リュシアンはすぐに立て直し、くっつくように並んでいた椅子を、少し(だけ)離してくれて向かい合った。

「約束しよう、フェリシア。君がデビューするまで、2人きりにはならない。噂になるような真似もしない。それでいいね?」
 本当はそれまで会わないでほしいけれど、さすがにこれ以上を望むのは無理だろう。
「はい、殿下。ご理解いただけて嬉しいです」
 ―――よし、これで何とか時間を稼いで……。
できることなら、逃げ出したい。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?

KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※ ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。 しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。 でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。 ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない) 攻略キャラは婚約者の王子 宰相の息子(執事に変装) 義兄(再婚)二人の騎士 実の弟(新ルートキャラ) 姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。 正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて) 悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…

【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される

吉川一巳
恋愛
気が付いたら男性向けエロゲ『王宮淫虐物語~鬼畜王子の後宮ハーレム~』のヒロインに転生していた。このままでは山賊に輪姦された後に、主人公のハーレム皇太子の寵姫にされてしまう。自分に散々な未来が待っていることを知った男爵令嬢レスリーは、どうにかシナリオから逃げ出すことに成功する。しかし、逃げ出した先で次期辺境伯のお兄さんに捕まってしまい……、というお話。ヒーローは白い結婚ですがお話の中で一度別の女性と結婚しますのでご注意下さい。

【R18】聖女召喚に巻き込まれた地味子で社畜な私に、イケメンエリート魔導師の溺愛が降ってきました

弓はあと
恋愛
巻き込まれ召喚されて放っておかれそうになった私を救ってくれたのは、筆頭魔導師のルゼド・ベルダー様。 エリート魔導師でメガネも似合う超イケメン、聖女召喚に巻き込まれた地味子で社畜な私とは次元の違う別世界の人。 ……だと思っていました。 ※ヒロインは喪女のせいか鈍感です。 ※予告無しでR18シーンが入ります(本編で挿入行為はありません、濃厚な愛撫のみ。余力があったら本番行為のおまけ話を投稿します)。短い話です、8話で完結予定。 ※過去に前半部分が似た内容の現代物小説を投稿していますが、こちらは異世界ファンタジーならではの展開・結末となっております。 ※2024年5月25日の近況ボードもご確認ください。 ※まだはっきりと決まっていませんが後日こちらの話を削除し、全年齢版に改稿して別サイトで投稿するかもしれません。 ※設定ゆるめ、ご都合主義です。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...