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4・リュシアンのご招待 後

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「やあフェリシア。その後身体は何ともないか?」
「はい、殿下。お気にかけていただきましてありがとうございます」
 如才なく挨拶を返しながらも(フェリシア脳のおかげです)、私は戸惑いを隠しきれない。確かゲームでは、案内されるのは中庭のテーブルで、レオンやジェラールら、お仲間が同席していたはずだ。

 なのに通されたのはリュシアンのサロン。私室でこそないけれど、友人や親しい方を迎えるときに使う部屋と聞いている。さすがに王子のサロンとあって広い。片側には肘掛け椅子と長椅子の応接セットのようなコーナー、そして膨大な余白を挟んで、私が案内されたテラスに面した窓際には、2人分しかカップがセットされていないテーブル。


「どうぞ、かけて」
リュシアンが椅子を引いてくれる姿に、一瞬目を奪われる。スチルじゃ分からなかった、リュシアンの身のこなしの何と素敵なことか。
「あ、あの。殿下?」
「なに、フェリシア?」

 言いながら自分も座るリュシアンだけど、なんだか……近い。小さな丸テーブルなのに、4人掛けの対面ではなく、私に寄り添うように座っている。あと何センチかで膝がつきそうだ。普通、恋人以外の関係なら、向かい合って座るものなのでは? 
 ここまでされたら、いくら私だって分かる。

 ―――な、何で? まだ初回分の会話しかしてないのに。
動揺する私をよそに、リュシアンは手ずからお茶を注いでくれ(ゲームではメイドさんが淹れた)、優しく話しかける。
「フェリシアは甘いものは好きか?」
「は、はい殿下。好きです」
「ではこれを食べてみなさい。美味しいよ?」
綺麗に並べられた菓子のひとつを手に取って、私の口許へ近づける。
「え、あのっ!? じ、自分で……!」
 ―――な、ななな、何で!? いきなり『あーん』なの?
「なぜ断る? ほら、いいから口を開けて」

「殿下……!」
でんか、の「か」のところで、リュシアンの手が私の顎をつまんだ。そのまま半開きで固まった私の口にプチケーキを押し込んで、リュシアンが微笑む。
「美味しいだろう?」
 しかもあろうことか、リュシアンは私の口についたクリームを指先で掬い取り、自分の口に運んでぺろりと舐めたのだ。

「……!!」
 ―――む、無理……! 何なのこの展開は? リュシアンが……! 指……! 
 あまりの破壊力に私は真っ赤になって口許を押さえたまま、何も言えずに固まってしまった。 

「フェリシア、真っ赤になって……。可愛いね、そんなに恥ずかしがらなくていいんだよ」
ところがどうやらリュシアンは、違う方向に解釈したらしい。リュシアンのなかで、フェリシアはどういうことになっているのか。まだ会ったばかりなのに、いったいどうして……?


 ―――私、リュシアンにこんなふうにされる……何かしたっけ? 前回はほぼ、ゲームのシナリオ通りに話しただけだし。……シナリオ通り……シナリオ……!
 そこまで考えて、私はやっと気が付いた。
 ―――そうか、好感度!! あああああ、しまった!

 なにも考えていなかった私は、先日、初回のところでおそらくぶっちぎりで好感度を上げてしまったのだ。なにしろ最も効果のある選択肢をすべて覚え込んでいたのだから、無意識にそれを選んだに違いない。悔しいけれど、それは自分でも保証できる。
 すでにシナリオ通りにいかないらしいことは分かっているし、このリュシアンの変化は、きっと私のせいだ。


「チョコレートは好きか、フェリシア? 次はこれがおすすめだよ」
そして次なる彼の手には、宝石のようなチョコレートが一粒。
「で、殿下、お願いです、自分で……!」
「だから、遠慮など必要ないと……」

 ―――ちょっと、リュシアンてこんなキャラだったの!? どうしよう、どうしたら止められる? 考えて、考えろ繭!
「―――殿下!」
 チョコレートを挟んでささやかな揉みあいを繰り広げるうちに、私は勢いあまって、両手でリュシアンの手首をつかんでしまった。

 さすがにリュシアンも動きを止めたところで、私は慌てて手を放し、必死に訴える。
「殿下、お願いです。私はまだ社交界にすら出ていないのです。男性と2人きりでお話しするのさえ初めてなのに、まさかお手ずからそんなこと……」
そして恥ずかしげに下を向く。もちろん演技だけど、どうやら作戦は当たったらしい。


「……そうか、これは私が悪かった。フェリシアはまだ18になっていなかったのだな」
良かった。リュシアンは少し落ち着いてくれたようだ。
「デビュー前の娘と2人きりは、さすがにまずかったか。フェリシア、18になるのはいつだ?」
「……2ヶ月後です」

 この国の貴族の娘は、18歳を迎えると社交界にデビューする。それまでは基本的に、男性とお付き合いをしないことになっている。リュシアンは少し考えてから言った。
「そうか、ならばそれまでは他の者も同席させよう」

 ―――え、それでも私を呼ぶの?
咄嗟にそう思ってしまったけれど、気が付いた。正直言ってこのリュシアンに、私ではもうどうしていいか分からない。何しろゲームでは、好感度を上げることしか考えてなかったし。でもお仲間に会えれば、何か違ってくるかもしれない。もしかして誰かが「こんな小娘」とか言ってくれれば、リュシアンも少し冷静になってくれたりして。


 ……それに、もしかしたらジェラールもいるかもしれない。
 希望としては、私とジェラールが仲良くなってリュシアンが諦める……って、それは考えが甘すぎるよね。
 それにジェラール編に行きたければ、リュシアンの好感度をあまり上げない方が良かったはず。……ここからのルート変更は厳しそうな気がしてきた。
 ダメだ、ジェラールにこだわるのはひとまずよそう。

 とりあえず問題は「(私が好感度を上げすぎたせいで)こうなってしまったリュシアンからどうやって逃げるか」ということだ。ゲームでは夢中になってハッピーエンドを目指したけど、この世界でリアルに彼と、どうこうなりたい訳ではないのだから。

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