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3・リュシアンのご招待 前
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生まれて初めて乗った馬車は、思ったよりも座り心地が良かった。とはいえ、それはこれが王宮の馬車だからかもしれない。
―――それにしても、これはどういうことなんだろう? なぜ私はこんなことになっているの?
薄暗い街並みを眺めて、私はため息をついた。
うっすらと思い出してきたのは、突然のクラクションにブレーキ音、まぶしいライト。
―――あれは、事故? ということは私、もしかして……死んじゃったの?
そのままゲームの世界に入ってしまったのか。
もう自分は元の世界に帰れないの? 泣きそうになったところで、馬車が止まった。
「お嬢様!?」
家から飛び出してきた老婆が叫んだ。馭者が老婆に何か説明し、リュシアンから預かったらしい手紙を渡す。
そして私に手を貸して馬車から降ろすと、本を運んでくれた。
―――これが、フェリシアの家……。
ぼんやり眺めているうちに、頭の片隅に、いくつかの記憶のようなものが浮かんできた。
それはこの家で育った、私……というよりはフェリシアの記憶。ゲームでは触れなかった、それ以外の部分の知識。この老婆はこの家の家政婦で、私は「ばあや」と呼んでいるのだ。
「ばあや、心配かけてごめんなさい」
老婆が誰で、どう振舞っていいかも分からなかったので、少しほっとして口を開く。同時に心の中で、なんて都合のいい展開なのかと笑ってしまいたい気持ちもあった。
「ええ、心配しましたとも。でもお話を聞けば仕方のないことです。さ、お夕食が出来てますよ」
夕食の席で初めて顔を合わせた「お父様」は、優しい目をした、いかにも学者風の寡黙な人だった。内心「お前は誰だ?」なんて言われてしまったらどうしようなどと思っていたけれど、そんなことはなかった。
不思議なのは、お父様やばあやと話していて、例えば小さい頃の話とかの私の知らないことが出てくると、ほぼ同時にするっとその知識や記憶が出てくること。
―――やっぱり私は、フェリシアになっちゃったのかな……?
「自分の部屋」のベッドに横になっても、眠れるわけがない。ベッドサイドの蝋燭は、とっくに燃え尽きていた。
前に読んだ小説では、ここで神様が現れて説明してくれていたけれど、当然そんな気配はない。
考えはぐるぐると巡る。自分のこと、この世界のこと、もとの世界のこと。これからのこと。
そして今日会ったリュシアンのこと。
本当に、見とれるほど綺麗な人だった。ゲームのスチルなんて足元にも及ばない。ゲームのままの会話が進んでいくのは、ちょっと楽しかった。一瞬他の事は忘れて、ゲームのヒロインになった気分で……。
―――あ、ヒロインになったんだっけ。
そう、どう考えても私は、乙女ゲーム「ヒミツの恋愛遊戯」のヒロイン「フェリシア」だ。ひときわ大きなため息が、暗い寝室に響いた……。
考えたい訳ではないけれど、結局考えることはそこへ戻ってしまう。
本当に私がフェリシアで、ゲームの通りなら。次はリュシアンから王宮に招待されるはずだ。それから……。
―――ちょっと待って!!
私は真っ暗な部屋で、思わずベッドに起き上がった。
そうだ、ここが「ヒミツの恋愛遊戯」の世界で、私がヒロインだというなら。もしかして、他のキャラクター……レオンやシャルルもいるっていうこと? ということは、当然ジェラールも!?
―――実写版でジェラールに会えるの?
さっきまでの憂鬱な気分が、少し軽くなった。そうだ、いくら考えても、今のところ帰る方法が分からない。それなら、とりあえず後のことは忘れて、この世界を楽しむしかないじゃないか。自分でも無理やりだと分かっていたけど、現実逃避だと思うけど……、そう考えることにした。
次のリュシアンからの招待を受けると、そこで全キャラに会えるはずだ。ジェラール編はまだ始めたばかりでほとんど分からないけど、もしかしたらジェラールと、リアルでハッピーエンドに行けるかもしれない。
肩が冷えてきたのでまた横になり、上掛けを引き上げた。やっと眠れそうになって目を閉じる。リュシアンからの招待を受け、ジェラールに会えることを楽しみにしながら。
しかし、私はあることに全く気付いていなかった。初日なのに「リュシアンと呼べ」と言われ、指先にキスをされたことで、何か違うと分かっても良さそうなものなのに。
今日の、ゲーム初回分の選択肢で、無意識のうちにすべて最高点を稼いでしまった私は、すでに押していたのだった。そう、「『ヒミツの恋愛遊戯』には隠れたインジケーターがある」と噂されていたあれ……。
ノーマルエンド、ハッピーエンドの上。溺愛エンドルートへのスイッチを。
翌朝目覚めた私は、自分が昨日と少し違っていることに気が付いた。
昨日は後付けで知識や記憶が追い付いてくるような感じだったのが、今日は普通に自分の記憶のように自然だ。お父様やばあやにも、昨日感じたような知らない人という感覚はなくなり、ずっと親しみが増している。少なくとも「お父様」と呼ぶことに抵抗はなくなった。
私、藤沢繭は完全にフェリシアになろうとしているのか。それとも同化していくのだろうか。ちょっと不安がよぎるけれど、その方が暮らしやすいはず、そう思って自分を納得させる。
どうやら会話の際などには、この世界の常識や言葉遣いなどが自然に補われているらしく、妙なことを口走ったり、知らない単語や敬語に困ったりすることはない。まるで頭の中にもうひとつ、フェリシアの脳が出来たみたいだ。
私はその日はなるべく部屋で過ごし、攻略サイトで得た知識と、こちらの世界で得た新しい知識の整理に努めた。
「お嬢様、王宮からお手紙が……」
ばあやがリュシアンからの手紙を持ってきたのは、さらにその次の日だった。それでも予想より相当早い。訝しみながらも封を切ってみると、内容がゲームとは少し違っていた。確か何人か招くうちの1人だったはずだけど、文面を見る限り「先日のお詫びにお茶を」となっている。
―――これって私だけなのかなあ……?
この世界は、ゲームの通りには進まないのか。ふとそんな疑いが頭をもたげる。
それでも行ってみなくては、何も分からない。
私はお父様に手紙を見せて許可をもらうため、部屋を出た。
「なぜ殿下がそんなにお気にかけるのか……」
学者として王宮に迎えられているけれど、貴族としては名ばかりの家系だ。お父様も首を傾げたが、とりあえず出席のお許しは出た。
そうなんですお父様、この後リュシアン編は奇跡が起きるんです。私はジェラール編への乗り換えを狙いたいのですが……。
そしてご招待された当日、私は亡くなった「お母様」のドレスをばあやに仕立て直してもらい、王宮へ向かった。
―――それにしても、これはどういうことなんだろう? なぜ私はこんなことになっているの?
薄暗い街並みを眺めて、私はため息をついた。
うっすらと思い出してきたのは、突然のクラクションにブレーキ音、まぶしいライト。
―――あれは、事故? ということは私、もしかして……死んじゃったの?
そのままゲームの世界に入ってしまったのか。
もう自分は元の世界に帰れないの? 泣きそうになったところで、馬車が止まった。
「お嬢様!?」
家から飛び出してきた老婆が叫んだ。馭者が老婆に何か説明し、リュシアンから預かったらしい手紙を渡す。
そして私に手を貸して馬車から降ろすと、本を運んでくれた。
―――これが、フェリシアの家……。
ぼんやり眺めているうちに、頭の片隅に、いくつかの記憶のようなものが浮かんできた。
それはこの家で育った、私……というよりはフェリシアの記憶。ゲームでは触れなかった、それ以外の部分の知識。この老婆はこの家の家政婦で、私は「ばあや」と呼んでいるのだ。
「ばあや、心配かけてごめんなさい」
老婆が誰で、どう振舞っていいかも分からなかったので、少しほっとして口を開く。同時に心の中で、なんて都合のいい展開なのかと笑ってしまいたい気持ちもあった。
「ええ、心配しましたとも。でもお話を聞けば仕方のないことです。さ、お夕食が出来てますよ」
夕食の席で初めて顔を合わせた「お父様」は、優しい目をした、いかにも学者風の寡黙な人だった。内心「お前は誰だ?」なんて言われてしまったらどうしようなどと思っていたけれど、そんなことはなかった。
不思議なのは、お父様やばあやと話していて、例えば小さい頃の話とかの私の知らないことが出てくると、ほぼ同時にするっとその知識や記憶が出てくること。
―――やっぱり私は、フェリシアになっちゃったのかな……?
「自分の部屋」のベッドに横になっても、眠れるわけがない。ベッドサイドの蝋燭は、とっくに燃え尽きていた。
前に読んだ小説では、ここで神様が現れて説明してくれていたけれど、当然そんな気配はない。
考えはぐるぐると巡る。自分のこと、この世界のこと、もとの世界のこと。これからのこと。
そして今日会ったリュシアンのこと。
本当に、見とれるほど綺麗な人だった。ゲームのスチルなんて足元にも及ばない。ゲームのままの会話が進んでいくのは、ちょっと楽しかった。一瞬他の事は忘れて、ゲームのヒロインになった気分で……。
―――あ、ヒロインになったんだっけ。
そう、どう考えても私は、乙女ゲーム「ヒミツの恋愛遊戯」のヒロイン「フェリシア」だ。ひときわ大きなため息が、暗い寝室に響いた……。
考えたい訳ではないけれど、結局考えることはそこへ戻ってしまう。
本当に私がフェリシアで、ゲームの通りなら。次はリュシアンから王宮に招待されるはずだ。それから……。
―――ちょっと待って!!
私は真っ暗な部屋で、思わずベッドに起き上がった。
そうだ、ここが「ヒミツの恋愛遊戯」の世界で、私がヒロインだというなら。もしかして、他のキャラクター……レオンやシャルルもいるっていうこと? ということは、当然ジェラールも!?
―――実写版でジェラールに会えるの?
さっきまでの憂鬱な気分が、少し軽くなった。そうだ、いくら考えても、今のところ帰る方法が分からない。それなら、とりあえず後のことは忘れて、この世界を楽しむしかないじゃないか。自分でも無理やりだと分かっていたけど、現実逃避だと思うけど……、そう考えることにした。
次のリュシアンからの招待を受けると、そこで全キャラに会えるはずだ。ジェラール編はまだ始めたばかりでほとんど分からないけど、もしかしたらジェラールと、リアルでハッピーエンドに行けるかもしれない。
肩が冷えてきたのでまた横になり、上掛けを引き上げた。やっと眠れそうになって目を閉じる。リュシアンからの招待を受け、ジェラールに会えることを楽しみにしながら。
しかし、私はあることに全く気付いていなかった。初日なのに「リュシアンと呼べ」と言われ、指先にキスをされたことで、何か違うと分かっても良さそうなものなのに。
今日の、ゲーム初回分の選択肢で、無意識のうちにすべて最高点を稼いでしまった私は、すでに押していたのだった。そう、「『ヒミツの恋愛遊戯』には隠れたインジケーターがある」と噂されていたあれ……。
ノーマルエンド、ハッピーエンドの上。溺愛エンドルートへのスイッチを。
翌朝目覚めた私は、自分が昨日と少し違っていることに気が付いた。
昨日は後付けで知識や記憶が追い付いてくるような感じだったのが、今日は普通に自分の記憶のように自然だ。お父様やばあやにも、昨日感じたような知らない人という感覚はなくなり、ずっと親しみが増している。少なくとも「お父様」と呼ぶことに抵抗はなくなった。
私、藤沢繭は完全にフェリシアになろうとしているのか。それとも同化していくのだろうか。ちょっと不安がよぎるけれど、その方が暮らしやすいはず、そう思って自分を納得させる。
どうやら会話の際などには、この世界の常識や言葉遣いなどが自然に補われているらしく、妙なことを口走ったり、知らない単語や敬語に困ったりすることはない。まるで頭の中にもうひとつ、フェリシアの脳が出来たみたいだ。
私はその日はなるべく部屋で過ごし、攻略サイトで得た知識と、こちらの世界で得た新しい知識の整理に努めた。
「お嬢様、王宮からお手紙が……」
ばあやがリュシアンからの手紙を持ってきたのは、さらにその次の日だった。それでも予想より相当早い。訝しみながらも封を切ってみると、内容がゲームとは少し違っていた。確か何人か招くうちの1人だったはずだけど、文面を見る限り「先日のお詫びにお茶を」となっている。
―――これって私だけなのかなあ……?
この世界は、ゲームの通りには進まないのか。ふとそんな疑いが頭をもたげる。
それでも行ってみなくては、何も分からない。
私はお父様に手紙を見せて許可をもらうため、部屋を出た。
「なぜ殿下がそんなにお気にかけるのか……」
学者として王宮に迎えられているけれど、貴族としては名ばかりの家系だ。お父様も首を傾げたが、とりあえず出席のお許しは出た。
そうなんですお父様、この後リュシアン編は奇跡が起きるんです。私はジェラール編への乗り換えを狙いたいのですが……。
そしてご招待された当日、私は亡くなった「お母様」のドレスをばあやに仕立て直してもらい、王宮へ向かった。
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