上 下
14 / 21

14・トラブルメーカーとブランデー 後

しおりを挟む

 化粧室から戻ると、ジェラールは王太子殿下につかまって、何やら話し込んでいた。あたしはこれ幸いとお父様やそのお友達の紳士方と踊り、勧められてワインも飲んだ。それでもさっきの事が頭から離れない。

 ―――ああ、腹が立つ。
ジェラールがあの女、テレーズと付き合ったとは思ってない。あんなバカ女、ジェラールが相手にするとも思えない。
 だけどだけど、最後のあれは何よ!? 1回くらいはお試し、お楽しみをしたってこと!? やっぱり胸が大きいほうがいいですか? すみませんね、メーカーによってはBカップでも収まる胸で!
 頭の中に激しく不愉快な映像が浮かびかけ、慌てて頭を振って追い払う。気を紛らわせたくて、もう一杯ワインをもらった。

 いくらあたしでも、最後の一言さえなければ、テレーズの言葉なんて欠片も信じる気はなかった。
 あの夜から一週間、ジェラールは何度かあたしの部屋に来ている。でもあまりにも経験が足りないあたしは、具体的にあんなことを言われるからにはそうなのかも……と疑ってしまう。
 嫌だ。不快な疑いも、振り切れない自分の猜疑心も。

 やっぱり駄目だ、今日はここにいたくない。
 あたしは頭痛になったとお父様に言って、ジェラールに伝言を頼んで先に帰ることにした。





 頭が痛い、お母様にもそう言ったのに。
 頭痛薬と一緒に用意されたのは、この1週間日替わりで用意されているセクシーガウン。お母様に理由など言いたくなかったので仕方なくそれを着て、本当に痛くなってきたので薬も流し込む。
 誰もいなくなった部屋でじっとしていると、抑えていた怒りが徐々にまた燃え上がって来るのを感じた。

 ―――ジェラールの馬鹿。
心の底では、テレーズにのせられてこんなに気持ちが乱れている自分が分かってはいる。ジェラールはあんな女、例えあたしと出会う前だとしても見向きもしないはずだ。
 分かってる、信じたいんだけど。なのにどうしても、テレーズの人を小馬鹿にした笑みが頭から離れない。それでももしかしたら、って考えてしまう。


 これ以上思い悩むのはもう嫌だ。そう思って顔を上げたあたしの目に、お母様が今日も用意させておいたお茶とお酒が目に入った。お母様は毎晩律儀に用意させるけど、ジェラールはここへ来てお酒を飲んだことは1度もない。

 ―――そうだ、今夜は飲んでやる。
やけに大きなワイングラスがあったので、そこへ瓶からたっぷり注いでぐっと呷り……、途端に私は思いきりむせて咳き込んだ。
 ―――なにこれ、ワインじゃない。あ、もしかしてブランデー?
 あたしは日本ではビールとワイン専門だったので、それがどれだけ強いか知ってはいたけれど、実は飲むのは初めてだった。

 それでも、夜会で飲んだワインの酔いが残っていて、しかも怒りと自己嫌悪でいっぱいになっていたあたし。強いお酒ならちょうど良いとばかりに、それを飲み干してしまった。
 たちまちかあっと、激しい酔いが回ってくる。


「もう、ジェラールのバカ!」
酔いと怒りに任せて、あたしはセクシーガウンを脱ぎ捨てた。
 ジェラールのためにこんなもの、わざわざ着てやる必要なんかない。そうだ、もう先に寝てしまおう。起きて待っててなんかやらないんだから……ざまあみろジェラールめ!

 裸でベッドに倒れ込み、ごそごそとシーツにくるまる。酔いに火照った身体に、冷たいリネンのシーツがひんやりと心地良かった。
 ―――ああ、気持ちいい……。
あたしはそのままスーッと眠りに落ちていった……。


 それからどれくらい経ったのか。あたしは大きな手に揺り起こされた。
「おい、シャル。シャルロット、起きろ」
苛立たしげな低い声に、泥のように深い眠りから引きずり起こされ、あたしは不機嫌に答える。
「あによ、あたしもう眠いんらから起こさらいで」
すると侵入者、もちろんジェラールは声を荒げた。
「馬鹿、一体これはどうしたんだ!?」

 さすがに目を覚ましたあたしを覗き込んで、ジェラールは叱るように言う。
「何でこんなに酒臭い……って、おいシャル!? おまえ、これ飲んだのか?」
「……飲んらけろ、ほぇが?」

 それを飲んだ理由を思い出し、あたしはさらに機嫌が悪くなる。ジェラールはそんなことには気が付かず、お得意の眉間の縦皺をくっきりと刻んでいる。
「まったく何やってるんだ、とにかく起きて水を……」
そう言いながら掛け布団をまくろうとして、ぎょっとして手を止めた。それから足元に放り投げられているガウンを見つけて、信じられないという顔をする。
「おい、おまえ何も着てないのか? なんだってこんな馬鹿なこと……」

「バカバカ言わらいれお!!」
私はベッドからガバッと起き直って叫んだ。自分がどんな姿をしているか、それは頭から完全に飛んでいる。
「バカはジェラールれしょ、あんなテレーるみたいら女と!」
「……テレーズ? エヴラール伯爵夫人のことか?」
ジェラールはすうっと目の色を変えた。そしてガウンを拾ってあたしに着せ掛け、座りなおして言った。
「……詳しく言ってみろ」


 ブランデーの酔いも一気に覚めるほど冷たい空気を纏ったジェラールに威嚇され、あたしはまず冷たい水を飲まされた。それからテレーズに言われたことを一言一句説明させられ、ジェラールの纏う空気は冷気からブリザードになった。

「おまえ、どうしてあんな女の言う事信じたんだよ」
「あたしだって、信じたくない!」
あたしは思わず大きな声をだした。冷水と冷気のおかげで、いくらかはっきり喋れるようになったらしい。
「ジェラールがあのバカ女なんか相手にするわけない、そう思ってた。だけど最後にあんな……、事実でなくちゃ言えないでしょ?」
「事実じゃないさ、俺はあんなのと寝たことなんかない!」
「……うそ」
「まだ言うか。全部あの女の出まかせに決まってるだろ!?」
さすがのジェラールもいくらかキレ気味だ。

「だって……ほくろ、って……」
―――いくらバカ女でも、すぐ分かるような嘘をつくものなの?
「俺にはそんな、妙な場所にほくろなんかないぞ」
 ジェラールは正しい、たぶん。でもあたしだって、このままじゃ気持ちのおさまりがつかない。
「……自分じゃ見えないところにあるのかも知れないじゃない」
「くそ……この馬鹿がっ……! だったら確認しろ!」
「分かった。そうする!」

もう後にはひけない。あたしはジェラールのズボンの前立てに手をかけた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら
恋愛
「力を失いかけた聖女を、いつまでも生かしておくと思ったか?」 聖女の力を使い果たしたヴェータ国の王女シェラは、王となった兄から廃棄宣告を受ける。 死を覚悟したが、一人の男によって強引に連れ去られたことにより、命を繋ぎとめた。 シェラをさらったのは、敵国であるアレストリアの王太子ルディオ。 「君が生きたいと願うなら、ひとつだけ方法がある」 それは彼と結婚し、敵国アレストリアの王太子妃となること。 生き延びるために、シェラは提案を受け入れる。 これは互いの利益のための契約結婚。 初めから分かっていたはずなのに、彼の優しさに惹かれていってしまう。 しかしある事件をきっかけに、ルディオはシェラと距離をとり始めて……? ……分かりました。 この際ですから、いっそあたって砕けてみましょう。 夫を好きになったっていいですよね? シェラはひっそりと決意を固める。 彼が恐ろしい呪いを抱えているとも知らずに…… ※『ネコ科王子の手なずけ方』シリーズの三作目、王太子編となります。 主人公が変わっているので、単体で読めます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...