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14・トラブルメーカーとブランデー 後
しおりを挟む化粧室から戻ると、ジェラールは王太子殿下につかまって、何やら話し込んでいた。あたしはこれ幸いとお父様やそのお友達の紳士方と踊り、勧められてワインも飲んだ。それでもさっきの事が頭から離れない。
―――ああ、腹が立つ。
ジェラールがあの女、テレーズと付き合ったとは思ってない。あんなバカ女、ジェラールが相手にするとも思えない。
だけどだけど、最後のあれは何よ!? 1回くらいはお試し、お楽しみをしたってこと!? やっぱり胸が大きいほうがいいですか? すみませんね、メーカーによってはBカップでも収まる胸で!
頭の中に激しく不愉快な映像が浮かびかけ、慌てて頭を振って追い払う。気を紛らわせたくて、もう一杯ワインをもらった。
いくらあたしでも、最後の一言さえなければ、テレーズの言葉なんて欠片も信じる気はなかった。
あの夜から一週間、ジェラールは何度かあたしの部屋に来ている。でもあまりにも経験が足りないあたしは、具体的にあんなことを言われるからにはそうなのかも……と疑ってしまう。
嫌だ。不快な疑いも、振り切れない自分の猜疑心も。
やっぱり駄目だ、今日はここにいたくない。
あたしは頭痛になったとお父様に言って、ジェラールに伝言を頼んで先に帰ることにした。
頭が痛い、お母様にもそう言ったのに。
頭痛薬と一緒に用意されたのは、この1週間日替わりで用意されているセクシーガウン。お母様に理由など言いたくなかったので仕方なくそれを着て、本当に痛くなってきたので薬も流し込む。
誰もいなくなった部屋でじっとしていると、抑えていた怒りが徐々にまた燃え上がって来るのを感じた。
―――ジェラールの馬鹿。
心の底では、テレーズにのせられてこんなに気持ちが乱れている自分が分かってはいる。ジェラールはあんな女、例えあたしと出会う前だとしても見向きもしないはずだ。
分かってる、信じたいんだけど。なのにどうしても、テレーズの人を小馬鹿にした笑みが頭から離れない。それでももしかしたら、って考えてしまう。
これ以上思い悩むのはもう嫌だ。そう思って顔を上げたあたしの目に、お母様が今日も用意させておいたお茶とお酒が目に入った。お母様は毎晩律儀に用意させるけど、ジェラールはここへ来てお酒を飲んだことは1度もない。
―――そうだ、今夜は飲んでやる。
やけに大きなワイングラスがあったので、そこへ瓶からたっぷり注いでぐっと呷り……、途端に私は思いきりむせて咳き込んだ。
―――なにこれ、ワインじゃない。あ、もしかしてブランデー?
あたしは日本ではビールとワイン専門だったので、それがどれだけ強いか知ってはいたけれど、実は飲むのは初めてだった。
それでも、夜会で飲んだワインの酔いが残っていて、しかも怒りと自己嫌悪でいっぱいになっていたあたし。強いお酒ならちょうど良いとばかりに、それを飲み干してしまった。
たちまちかあっと、激しい酔いが回ってくる。
「もう、ジェラールのバカ!」
酔いと怒りに任せて、あたしはセクシーガウンを脱ぎ捨てた。
ジェラールのためにこんなもの、わざわざ着てやる必要なんかない。そうだ、もう先に寝てしまおう。起きて待っててなんかやらないんだから……ざまあみろジェラールめ!
裸でベッドに倒れ込み、ごそごそとシーツにくるまる。酔いに火照った身体に、冷たいリネンのシーツがひんやりと心地良かった。
―――ああ、気持ちいい……。
あたしはそのままスーッと眠りに落ちていった……。
それからどれくらい経ったのか。あたしは大きな手に揺り起こされた。
「おい、シャル。シャルロット、起きろ」
苛立たしげな低い声に、泥のように深い眠りから引きずり起こされ、あたしは不機嫌に答える。
「あによ、あたしもう眠いんらから起こさらいで」
すると侵入者、もちろんジェラールは声を荒げた。
「馬鹿、一体これはどうしたんだ!?」
さすがに目を覚ましたあたしを覗き込んで、ジェラールは叱るように言う。
「何でこんなに酒臭い……って、おいシャル!? おまえ、これ飲んだのか?」
「……飲んらけろ、ほぇが?」
それを飲んだ理由を思い出し、あたしはさらに機嫌が悪くなる。ジェラールはそんなことには気が付かず、お得意の眉間の縦皺をくっきりと刻んでいる。
「まったく何やってるんだ、とにかく起きて水を……」
そう言いながら掛け布団をまくろうとして、ぎょっとして手を止めた。それから足元に放り投げられているガウンを見つけて、信じられないという顔をする。
「おい、おまえ何も着てないのか? なんだってこんな馬鹿なこと……」
「バカバカ言わらいれお!!」
私はベッドからガバッと起き直って叫んだ。自分がどんな姿をしているか、それは頭から完全に飛んでいる。
「バカはジェラールれしょ、あんなテレーるみたいら女と!」
「……テレーズ? エヴラール伯爵夫人のことか?」
ジェラールはすうっと目の色を変えた。そしてガウンを拾ってあたしに着せ掛け、座りなおして言った。
「……詳しく言ってみろ」
ブランデーの酔いも一気に覚めるほど冷たい空気を纏ったジェラールに威嚇され、あたしはまず冷たい水を飲まされた。それからテレーズに言われたことを一言一句説明させられ、ジェラールの纏う空気は冷気からブリザードになった。
「おまえ、どうしてあんな女の言う事信じたんだよ」
「あたしだって、信じたくない!」
あたしは思わず大きな声をだした。冷水と冷気のおかげで、いくらかはっきり喋れるようになったらしい。
「ジェラールがあのバカ女なんか相手にするわけない、そう思ってた。だけど最後にあんな……、事実でなくちゃ言えないでしょ?」
「事実じゃないさ、俺はあんなのと寝たことなんかない!」
「……うそ」
「まだ言うか。全部あの女の出まかせに決まってるだろ!?」
さすがのジェラールもいくらかキレ気味だ。
「だって……ほくろ、って……」
―――いくらバカ女でも、すぐ分かるような嘘をつくものなの?
「俺にはそんな、妙な場所にほくろなんかないぞ」
ジェラールは正しい、たぶん。でもあたしだって、このままじゃ気持ちのおさまりがつかない。
「……自分じゃ見えないところにあるのかも知れないじゃない」
「くそ……この馬鹿がっ……! だったら確認しろ!」
「分かった。そうする!」
もう後にはひけない。あたしはジェラールのズボンの前立てに手をかけた。
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