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10・面倒な女 後
しおりを挟む結婚適齢期を逃しかけていた娘に、降って湧いたような良縁。しかも相手の方が積極的らしいとわかって、両親の浮かれようといったらなかった。
家に帰り念入りに入浴させられ、着替えを済ませ、ついにはお母様が「初夜の心得」的なことを講義しようとしたので、さすがに辞退した。日本で29年も生きていれば、その辺りの知識なんてありすぎるくらいだ。ないのは経験だけ。
救いなのは、こっちでのあたし―――シャルロットは24歳。こっちでなら、まだ(ギリギリだけど)初めてでもおかしくないはず。
着替えるにあたってお母様が張り切って並べたのは、日本のランジェリーショップから取り寄せたのかと思うほど、過激でセクシーなナイトドレスやベビードールばかりだった。
「お母様、こんなの嫌です……!」
思わず悲鳴をあげて拒否すると、あらあら、と笑われた。
「殿方はこういうのを喜ばれるのよ。社交界デビューしたての娘ならまだしも、あなたはもういい大人なのだし、このくらいはねぇ」
―――その「いい大人」は、恋愛経験値ほぼゼロなんですけど。
「お父様だって、それは喜んで下さったものよ?」
―――ぎゃああ、娘にそんな話しないで! このバカップル夫婦め!
そんなすったもんだの挙句、あたしとお母様の攻防戦は黒いレースのナイトガウンで落ち着いた。あたしが結局お母様に勝てなかっただけなんだけど、でも赤だのピンクだの紫よりはましだし、一応肩から膝上まで覆われるから。
お母様がひとつキスをして部屋を出て行くと、急に静かになった。心なしか部屋も寒々しい。薄物一枚なのがいけないのだろう、あたしはそう思って普通のガウンを重ねて羽織った。
部屋にはお母様の手配で、お酒の用意と、温かいお茶も置かれてあった。せめてお茶を飲んだら、少しは落ち着くかしら?
椅子にかけてお茶を飲みながら、見るともなしに窓の外を見ていた。あたしの部屋は小さいながらお父様達とは別棟になっていて、庭から入れる出入り口もある。まさか、将来こういうことがあるのを見越して建てたわけじゃないよね……?
するとまもなく、ノックの音がした。あたしは慌ててカップを戻そうとし、ひっくり返してしまった。少し残っていたお茶がこぼれてテーブルを濡らす。その始末をしているうちにドアが開き、ジェラールが顔をのぞかせた。
「シャルロット?」
あたしがいるのを確認すると、迷いなく入って来た。
「どうした?」
そう言いつつテーブルを見て、状況を察したらしい。笑いながらあたしの手からナフキンを取って、テーブルを拭いてくれる。
「あ、ありがとう……」
「そんなに緊張したのか」
完全にお見通しで、かあっと顔が熱くなる。
「本当に退屈しないな」
「もう……!」
くるっと振り返ったあたしを、ジェラールが抱きしめる。既に破裂寸前だった心臓が、さらに鼓動を早めた。
「ジェラール……」
ジェラールはすぐに次に移そうとはしなかった。お互いの体温になじませるようにそっと抱いて、ガチガチに緊張したあたしの髪を撫でている。額に唇がそっと触れた。
「大丈夫か?」
「へ、平気よ」
額に触れたまま尋ねられ、くすぐったくて思わず声が裏返ってしまった。それを聞いたジェラールが、肩で笑う。
「笑わないで」
「いいから、無理して強がるな。……そのままでいろ」
そしてあたしを仰向かせ、そっとキスをした。
肩に手をかけようとして、あたしのガウンが2重になっていることに気付いたジェラールは、上だけをさらっと外してしまった。
「あっ」
慌てて胸元を隠そうとしたけれど、手首を容易く抑え込まれ、大きく開いた胸元が晒される。
「……へえ」
「やだ、見ないで」
「俺に見せるために着たんだろ?」
ジェラールの口元が、皮肉な笑みを形作る。
「だって……」
「綺麗だ」
そう言ってジェラールは、あたしを抱き上げた。
そのままでいい、ジェラールはそう言ったけれど、心臓が口から飛び出しそうなあたしには、もう何がそのままなのか分からない。
ジェラールはあたしをベッドに横たえ、上着を脱ぐと覆いかぶさってきた。
「あっ……」
「そんな怯えた顔するな。……襲ってる気分になっちまう」
「だって……んん」
両手の指を絡められ、唇を塞がれた。
「あんっ……、んっ」
「シャルロット、唇を噛むな」
ジェラールの唇が、あたしの耳を優しく食んでいく。息がかかるだけで身体を震わせれば、耳朶を舌でつうっとなぞられて声が漏れる。それが恥ずかしくて唇を噛みしめたあたしに、ジェラールは目ざとく気がついた。
「あん、だって……恥ずかしい……」
「本当に、何でそんな……」
ジェラールは苦笑して、あたしの唇を指で撫でた。
「今からそんなじゃ、もたないぞ。―――どうしても駄目なら、俺の指にしろ」
「やっ」
やだ、そんなことできるわけない。これじゃ……。
「はんっ……!」
布越しに胸を包まれて、あたしはやっぱり声を抑えることが出来なかった。
「いい声だ」
「やらぁ……」
ジェラールの指があたしの口を開くようにしているので、唇を噛むどころか舌足らずになってしまい、ますます恥ずかしい。
お母様に着せられたシルクの薄布は、実際のところ身体を隠す役には立っていなかった。むしろ身体に沿ってぴったりと線を浮き上がらせ、繊細な凹凸を形づくっている。
その布をとおしてツンと立ち上がっていた胸の先端に、ジェラールが親指を当てた。
「ああっ! やぁっ!」
電流のような刺激にあたしは高い声をあげ、何とか逃れようとジェラールの肩を押しやろうとした。当然びくともしないのだけど。
「往生際が悪いな、シャル」
ジェラールはいったん身を起こして、あたしの両腕をまとめて掴んだ。そして襟元のレースのスカーフをしゅっと解いて、にやりと笑う。
―――ああ、この顔は。
そう思って、危険な予感に震えたけれど。
「え、やだジェラール、何を!?」
ジェラールはあたしの手首をひとまとめにし、柔らかなレースの布で縛ってしまった。
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