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5・ジェラール様って人は 前

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「……」
いきなり2人になってしまい、何を話したらいいかと考えているとジェラール様がくすりと笑った。
「え?」
「いや失礼、何でも。―――そう、先日の血の気の多い2人にはそれぞれ親を通して注意が行きましたから、しばらくは大人しくしていると思いますよ」

 それは、もちろんあの夜の男達だろう。正直なところ、それほどシャルロットと親しい間柄でもなかったようだけど。
「ありがとうございます」
それでも素直にお礼を言うと、またジェラール様が笑う。

「何かおかしいですか?」
「いや、こちらのことで」
「そんな言い方をされると、かえって気になりますけど」
 ああ、これを言わずに黙ってられないのが、あたしの悪いところなのに……! 何を話していいか分からないくせに自分から地雷を踏みにいく癖は、世界が変わっても治っていないらしい。せっかく貴族のお嬢様になったんだから、大人しくニコニコしてられないの、あたし!?


「では言いましょう。シャルロット嬢は気の強い方だと有名だが、ずいぶんと可愛らしいところもあるんだな、と思っていたんですよ」
「はあっ!?」
 ―――いけない、思いっきり素で反応しちゃった。
かあっと頬に血が昇るのが分かる。絶対に顔が赤くなってるに違いない。しかも、可愛いって!? 今の流れで、何故そうなる?

 でも目の前のジェラール様は、明らかにそれを面白がってるに違いない。ティーテーブルに肘をついて、唇の端をきゅっと上げて笑っている。あたしは必死に気を落ち着けた。
「……失礼いたしました、ジェラール様。あまりからかわないでくださいませ」
「それは失礼」
失礼だなんて微塵も思っていない、絶対に。だってさっきの顔のまま、からかうみたいに見ているもの。


「そうは思ってらっしゃらないでしょう」
落ち着こうという努力もむなしく、あたしは思わずジェラール様を睨んでしまう。
「なぜそう思う?」
肘をついた姿勢のまま落ち着き払って聞き返されると、余計に腹がたって、ぷいと横を向いて言った。
「だって、笑ってるわ」

 すると目の前の男は、くくっ……と、本当に笑った。
「ちょっと!?」
何なの、失礼な!? と思わず振り返ったあたしは、ジェラール様と目が合った。

「失礼とは思わない。―――本当のことだろう?」
さっきのフェリシアに向けたのにも似た、優しい目……と思ったのは一瞬のことだった。切れ長の瞳が細められ、からかうような笑みが浮かぶ。
「は……?」
「小犬が必死に吠えて、虚勢を張ってるみたいだ」
 ―――はあ? 何なのこいつ!?
思わず何か言い返そうとしたところで、フェリシアが笑顔で戻ってきた。

「ごめんなさい、シャルロット様。―――何のお話を? お義兄様」
「いや、小犬が可愛いって話だ。……ではシャルロット嬢、失礼する」
ジェラール様は私にだけ見える向きでニヤリと笑い、部屋を出ていった。






 その夜。自室に下がり、誰の目も気にしなくなったところで、あたしはぶつぶつと独り言を言いながら部屋を歩き回っていた。
「もう、小犬って何よ……!?」
 過去の(シャルロットの)記憶によれば、ジェラール様とは挨拶をする程度の仲、ダンスの相手になったこともなかったくらいのはずだ。それなのにいきなり馴れ馴れしい! だいたい最初から最後まで上から目線で、人を見て笑うなんて……!
 ちょっとイケメンだからって、いい気になってんじゃないわ!

 ―――まあ、確かに。不安になると言わなくていいことを言ってしまうのは、あたしの悪い癖なんだけど。
それに、挨拶程度の仲だったにも関わらず、あの晩はあたしを助けに来てくれたんだっけ……。どっちにしても、ちゃんとお礼に行ったんだし。もうこれ以上は関わらなくていいよね。
 あたしはざわつく胸をどうにか静め、眠りについた。


 ところが、だ。
「シャルロット! 喜びなさい」
お父様のほうが既に大喜びの顔で、あたしに手紙を見せた。
「何ですか、お父様」
紅茶を一口飲んで、あたしは答える。本当はコーヒーが飲みたいんだけど、どうもこの世界にはないみたいなんだよね。
「明日の、ダンドリュー家主催の夜会にご招待いただいたぞ!」

「は?」
 ―――何で? 今までにダンドリュー家から招待されたこと、あったっけ?
 普通に考えたら、宰相を務める名門ダンドリュー家からのご招待だ。万難を排してしっぽを振って喜んで参加するのが普通だろう。現にお父様はもう、しっぽがあればとっくに振り切れている状態だ。

「王宮で突然倒れて、お前がどんなに心細かったか……。それはよおおっく分かる。だが、そのおかげで我がクラルティエ家はダンドリュー家と縁が出来た。ああ、シャルロットが身を捨てて我が家のために……!」
 涙ぐんで天を仰いだお父様に、あたしは冷たく口を出した。
「お父様、別に捨ててませんから落ち着いて下さい」
 ―――ああ、面倒くさ。
 お父様のハイテンションもさることながら、またジェラール様に会わなくてはならないのかと思い……あたしはこっそりため息をついた。



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