上 下
12 / 12

12・(番外)そして二人は、幸せに……?

しおりを挟む

「『そして二人は、幸せに暮らしたのでした』……っと」

 私はペンを置き、インクが乾くのを待ちながらノートを眺めて微笑んだ。

 結婚して、はや半年。今の私は、ラボルジェ伯爵夫人だ。
 夫のシャルルが王宮から戻るのを待つ間、自室で執筆に励んでいる。

「――その様子だと、完結したみたいだね」
「シャルル! おかえりなさい」

 私はぱっと振り返った。今日のシャルルも眩しくて、彼の姿を見るたび私の胸はときめいてしまう。結婚して毎日一緒に暮らしても、こればかりは慣れる気がしない。

 お茶を運ばせ、シャルルはすぐに私の新作に目を通した。シャルルは完璧な読者さまで、言葉の間違いやつじつまの合わないところを的確に指摘してくれる。

「うん、すごくいいじゃないか。主人公の気持ちが、痛いほど伝わってくるよ」
「本当?」
「さすが僕のミレーヌだ」
「んもう、シャルルってば」

 まるでバカップルみたいだけど、私たちはずっとこんな調子だ。ラボルジェ家のあの大きな図書室に、二人で競うように本を買い込み、読んで感想を語り合う。
 こっちの世界で、小説家として本を出すこと。それが今の私の夢でもある。

 ただ、ひとつだけ変わったことがあった。

「……でも、ちょっともの足りないな」
「なあに?」

 言いたいことは分かっているから、私はもう驚かない。

「ねえ。本当にもう、ああいうシーンは書かないの?」
「書きません!」

 そう、私はベッドシーンを書くことをやめた。書けないわけでは、決してない。

「つまらないなー」

 軽く口を尖らせるシャルルが可愛くて内心身もだえながらも、私はきっぱりと言い放つ。

「貴方が悪いんですからね」
「……だって、君の希望は叶えてあげたいじゃないか」
「き、希望じゃありませんからっ!」

 そうなのだ。
 うっかりベッドシーンを書こうものなら、すっかり再現しようとする夫。そんな夫を持ったら、書けるわけないじゃないですか! そうされると分かっていてえっちなシーンが書けるほど、私の心臓は強くありません。

「いいの、私はこれからは誰にでも読んでもらえる小説を書くんだから!」
「……僕の頼みでも?」

 小首をかしげておねだりなんて、私の推し……じゃなかった夫、破壊力ありすぎる。

「僕は君を、幸せにしたいんだ」

 ――ああダメだ。こんなにデロデロに甘やかされたら……私、いつか溶けて消えてしまう。

「……っ! じゅ、充分幸せですからっ!」

 シャルルは仕方ないというように微笑んだ。

「まあ、いいか。僕は君の小説を、応援するよ。それに……」

 ――待って、何だか嫌な予感がする。

 シャルルは私を抱き寄せて、甘く甘く囁いた。

「君のして欲しいことなんて、もうすっかり分かってるからね」
「ひえっ……! ちょっ……待ってシャルル! やだ私、そんなこと言ってないってば……」



 ――ラボルジェ伯爵夫妻は、いつまでもいつまでもそれはもう仲睦まじく、幸せに暮らしましたとさ……!


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

乙女ゲームは見守るだけで良かったのに

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。 ゲームにはほとんど出ないモブ。 でもモブだから、純粋に楽しめる。 リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。 ———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?! 全三話。 「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】聖女として召喚されましたが、無力なようなのでそろそろお暇したいと思います

藍生蕗
恋愛
聖女として異世界へ召喚された柚子。 けれどその役割を果たせないままに、三年の月日が経った。そして痺れを切らした神殿は、もう一人、新たな聖女を召喚したのだった。 柚子とは違う異世界から来たセレナは聖女としての価値を示し、また美しく皆から慕われる存在となっていく。 ここから出たい。 召喚された神殿で過ごすうちに柚子はそう思うようになった。 全てを諦めたままこのまま過ごすのは辛い。 一時、希望を見出した暮らしから離れるのは寂しかったが、それ以上に存在を忘れられる度、疎まれる度、身を削られるような気になって辛かった。 そこにあった密かに抱えていた恋心。 手放せるうちに去るべきだ。 そう考える柚子に差し伸べてくれた者たちの手を掴み、柚子は神殿から一歩踏み出すのだけど…… 中編くらいの長さです。 ※ 暴力的な表現がありますので、苦手な方はご注意下さい。 他のサイトでも公開しています

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...