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1・転生令嬢は創作に励みます 前

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 私が自分のことを思い出したのは、十三歳のときだった。
 と言っても、記憶喪失とかではない。
 私の名前はミレーヌ。デュシャン伯爵家の末娘だ。――この世界では。

 あれは忘れもしない、お母さまにラボルジェ伯爵家のお茶会に連れて行っていただいた日だった。やたらお天気の良い日で、誂えたばかりの冬物のドレスではまだ暑いくらいだったのを覚えている。
 ラボルジェ伯爵夫人のオルタンスさまはお母さまのお従姉いとこで、お二人はとても仲が良い。十八歳になるまで社交界に出ることのないこの国では、こういう家族ぐるみの交流は、少女たちにとって貴重な出会いのチャンスだった。

 女同士の会話に花を咲かせているとき、突然男の人の声を聞いた――と思った。慌てて辺りを見回す私に気付いて、お母さまが不思議そうな顔をする。

『頑固な女は嫌いだ』

 ――え、何? 誰?

 年上の、男の人の声だ。だけど、今この部屋に男の人なんかいない。
 でも、と私は思った。この声は知っている。生真面目で涼しげな、だけどちょっとだけ抑揚に乏しい……。

「――あ!」

 突然声を上げた私に、皆が驚いて振り返った。私は慌てて口元を押さえる。

「どうしたの、ミレーヌ?」
「ご、ごめんなさい。何でもないの」

 やけに慌てる私に、お母さまが眉をひそめた。でも私は、お母さまの顔色など気にしていられなかった。

 ――あれは……シャルルさま。オルタンスさまの長男で、たしかもうすぐ二十歳になる……シャルルさまの声だ。
 え、待って? そんなはずない。

 シャルルさまは、今ここにはいない。
 でも、私は知っているのだ。あの声は間違いなく……。

 その時だった。私の頭の中に、大量の記憶が渦を巻いて流れ込んできたのは。
 制服を着たシャルル。図書館で振り返るシャルル。王宮を歩くシャルル。
 彼だけではなかった。シャルルと並び立つイケメンたち。金髪の王子さま、赤毛の騎士に黒髪の長身、それから、それから……。

 たくさんのスチルに、特典ボイス。そうよ、あれをゲットするためにどれだけ石をつぎ込んだか……!
 思い出した。思い出しましたとも――!!

 ――この世界、「ヒミツの恋愛遊戯」だ……!

「ミレーヌ? どうしたのミレーヌ?」

 お母さまの声が、やけに遠くに聞こえる。椅子から崩れ落ちながら、私はもうひとつ思い出していた。

 ――ミレーヌわたし、悪役令嬢じゃん……。


 ◆◇◆

 目が覚めたら、自室のベッドの中だった。
 お医者さまにあれこれ質問されながら、私は自分がそれまでのミレーヌではなくなっていることに気が付いていた。倒れる前のことは、ちゃんと覚えている。幼い頃のことも、昨日のことも、もちろん全部思い出せる。でも私はもう昨日までのミレーヌわたしではない。

 そう、私の名前は高橋萌花たかはしもえか
 筋金入りの二次創作小説書き……だった。

 連日ブースター片手に睡眠を削って、二次創作を書きまくっていた私。社会人になってますます歯止めがきかなくなった私がその頃どっぷり浸かっていたのは、とある乙女ゲームアプリだった。その名も「ヒミツの恋愛遊戯」。最推しはツンデレ気味の若き伯爵、シャルル。癖のあるプラチナブロンドに、切れ長の瞳。ちょっとぶっきらぼうな物言いが、たまらないのですよ。
 次の新刊は三百ページ越えのシャルル本の予定……、だったのに。どうしてか、記憶はそこで途切れている。

 ううん、そのことはどうでもいい。だいたい想像がつこうというもの。
 私が知りたいのはひとつだけだ。

 ――なんで私、ゲームの中にいるんですか!?

 いやいや、私だってこの手の小説沢山読んだし、なんなら自分で書いたことだってある。
 だから分かる。異世界転移とか転生とかいう……よくあるアレで間違いない。というか、他に説明のしようがない。
 だけどまさか、本当にこんなことがあるなんて。
 ちなみにトラックにぶつかった覚えもなければ、転んで穴に落ちてもいない。だからこれはきっと「前世の記憶」なのだろう。
 それでも何だか薄いフィルターを通したみたいにぼんやりとして、さほどショックも感じられない。萌花=ミレーヌというか、うまく融合したみたいな感じだ。

 ――これなら何も問題なく、ミレーヌとして生きて行けるかも……。

 そこまで考えて、私はにんまりと頬が緩んでしまった。慌てて表情を引き締める。お母さまはお医者さまと話しているし、誰にも気付かれなかったようでほっとする。

「とくにお体に異常はみられません。そろそろお年頃ですから、そのせいではないでしょうか? 今日一日ゆっくりお休みになれば、大丈夫でしょう」

 お医者さまはそう言って帰っていった。お母さまも安心した顔で、お医者さまを送って出ていった。

 扉が閉まる音を確認すると、私はがばっと起き上がった。
 意味もなく、自分の両手を見下ろしてみる。パソコンを叩きまくるために短く切りそろえていた爪ではない。侍女がきれいに整えてくれる、つやつやの桜貝のような爪。ささくれひとつない、真っ白な指。伯爵令嬢ミレーヌの手だ。握ったり開いたりしても、指先の感覚がちゃんとある。頬っぺたをぱちんと叩いてみた。つるっつるの手触りにびっくりして思わず変な声が出てしまったけれど、うん、たぶん夢じゃない。

「うわあ、すごい、すごい……! これって……」

 こんなこと、本当にあるんだ。ぞくぞくするような興奮に、抑えきれない声が洩れた。

 ――これって……もしかして、すごいんじゃない?

 確かに伯爵令嬢ミレーヌは、ゲーム内ポジションでいうと悪役令嬢になるだろう。サラサラの金髪に気の強そうな顔つき、兄姉たちと少し離れているせいで、盛大に甘やかされているわがまま娘だ。
 でもミレーヌが登場するのは、六人のヒーローのうちでただ一人、シャルルルートだけなんだ。シャルルに付きまとい、ヒロインを追い払おうとする。
 でもこのゲームは全体的に緩いから、ちょっかいを出すうるさい女ってくらいな印象だった。悪役とはいえ、激しく断罪されたり、追放されたりすることはない。
「……手を引いて差し上げますわ、ふん!」で退場するのだから、可愛いものだ。

 だったら……これは美味しい。どんなルートになっても問題ないし、私はヒロインじゃないから関係ない。
 それに、ミレーヌわたしとシャルルは又従兄妹またいとこなのだ。ゲームでは見られなかった時代のシャルルが見られるなら、もうこの際断罪エンドだっていいくらいだ。――そんなエンド、ないけどね。
 私は決めた。こうなったら、シャルルを――あわよくば他のヒーローたちも――めいっぱい眺めて暮らすんだ。


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