竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

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49・守りたいもの 後

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 そのころ「竜の城」では、エクムントと二コラが必死に賊と戦っていた。他の者は館に籠って出入り口をふさいでいる。しかし十人以上を相手では、さすがに分が悪かった。

「……っ」

 エクムントの肩が撥ねるように切り上げられた。年齢もいっている彼は、いくらか息も上がっている。考えたくはないが、嫌な予感に二コラは小さく舌打ちをした。
 その時、心当たりのない悲鳴が聞こえた。はっと目を上げると、見知った男が剣を振りかざしている。

「フーゴ、なぜ」
「話は後だ」

 ヴィルフリートの言ったとおり、フーゴが間に合ったことで彼らは救われた。だが、馬車の中に最後まで潜んでいた人物がひっそりと抜け出したことに、誰も気付くことはできなかった。





 ヴィルフリートは空を見上げた。木々の隙間から見える月の位置からして、だいぶ時間が経ったと思われた。もうそろそろ、かたがついてもいい頃だろう。

―――フーゴは間に合っただろうか。

 アメリアはよく眠っている。やはり、そうとう疲れていたのだろう。ヴィルフリートはアメリアを抱えなおし、柔らかい髪に頬をつけた。
 こうして座っていると、やはり疲れがじわじわと効いてくるのが分かる。初めて「竜の城」の外へ出て、気を張らないほうが無理だ。アメリアの暖かさとせせらぎの音が、ヴィルフリートの眠気を誘う。

―――静かだな。

いつの間にか、ヴィルフリートも目を閉じていた。



 疲れと水音が、ヴィルフリートの感覚を鈍らせたか。

「!?」

気配を感じて目を開けたとき、すでにその男の視界に捉えられていた。ぎくりと身体を強ばらせると、腕の中のアメリアも目を開ける。

「アメリア、離れていろ」

アメリアを下ろして立ち上がり、少し距離をとる。既に手は、腰の剣にかかっていた。


「ほう、その髪。竜の血をひく王子ってのは……。なんと、まだツキが残っていたとはな」

 ヴィルフリートは答えない。黙って剣を抜き、男に向けて構えた。フーゴには遠く及ばないが、彼から剣の基本くらいは教えられている。
 男は腕に自信があるのか、薄く笑いながら襲いかかった。ヴィルフリートも必死で防ぐ。実際使うのは初めてだが、アメリアを守らなくてはならない彼は必死だ。それでも踏んできた場数が違う。ヴィルフリートは次第に追い詰められていった。

「くっ!」

 ガッ、と硬い音がして、ヴィルフリートの左腕を切り裂いたはずの、男の剣が弾かれた。切られたシャツの袖の隙間から、淡く輝く鱗が見えている。

「……やはり化け物か」

驚いて男が一歩下がった隙にヴィルフリートが立て直し、果敢に攻めたてた。捨て身といってもいい攻撃を持て余した男は、ちらりとアメリアを見ると作戦を変えた。


「ひっ」
「アメリア!」

いきなりアメリアに駆け寄った男は、左手でアメリアを羽交い絞めにし、喉元に剣を突き付けた。

「さあ、剣を捨てるんだ」
「くっ……」

 男を睨みつけたが、アメリアを盾にとられては逆らえない。アメリアは目を見開いているが、何も言わない。

 ―――これまでか。

唇を噛みしめ、ヴィルフリートが剣を捨てるべく手を上げた、その時。


「ぎゃあっ!?」

突然男が叫び、剣を取り落とした。

「ヴィル様!!」

咄嗟に足元に転がった剣を拾おうとした男を避けて、アメリアが転がる。

「離れろ!」


 その後自分がどう動いたのか、ヴィルフリートは覚えていない。叩きつけるように剣を振るい、膝をついた男にのしかかり……。

「ヴィル様、ヴィル様!」

気がついたら、目の前に男が倒れていた。

「……アメリア、無事か!」
「はい。……はい、ヴィル様!」

 アメリアは手に持っていた何かを落とし、そのままヴィルフリートに飛びついた。全身を震わせて泣くアメリアに、彼はようやく我に返って抱きしめる。そのまま崩れるように腰を落とし、二人は長い間抱き合っていた。





「ヴィルフリート様! アメリア様! ―――これは!?」

フーゴが駆け戻ってきたのは、それから少し後のことだった。事情を察した彼は二人を座らせ、その場の始末をする。

「……そういえばアメリア、あの男が剣を落としたのは……」

 ようやく落ち着いたヴィルフリートが思い出して尋ねると、アメリアは頬を赤らめた。その答えは、フーゴが持ってきた。

「これですね。そこに、落ちていましたよ」

それは、裁縫に使う裁ちばさみだった。

「アメリア……!」
「私、剣は使えませんから……。何か武器になるものと思って……」

ポケットにしのばせたそれを、思いきり腕に突き立てたのだという。

「……ごめんなさい、ヴィル様」
「……アメリア」

 ヴィルフリートは絶句した。なんと無謀な……、だがそれがなかったら、剣を捨てるしかなかったはずだ。
 自分はまさに、アメリアに救われたのだ。

「……さすが、私の妻だ」
 
ヴィルフリートが破顔すると、後ろで必死に堪えていたらしいフーゴが、ついにたまらず吹き出した。

「もう、笑わないで」

頬を赤く染めて俯くアメリアを、ヴィルフリートはもう一度抱きしめた。



「さあ、行きましょう。奴らの馬車がありますからね、一気に行けますよ」

荷物を拾い、フーゴが促した。

「助けてくれてありがとう、アメリア」
「私こそ、守って下さってありがとうございます」

 どちらからともなく手を繋いだとき、白い月がちょうど、一番高いところに顔を出した。二人は微笑み合い、小川を越えて歩いていった。

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