竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

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47・再会と別れ 後

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 王宮の北側には、今は使われていない小さな礼拝堂がある。そこに数人の男たちが集まって、何やらひそひそと話し合っていた。

「もうひと月近くになる。テニッセンたちが戻らないのは、いくらなんでもおかしい」
「例の王子とやらを探しに行かせたのだろう?」
「……王子なのか化け物なのか分からんがな」

一人が吐き捨てるように言うと、先の男がたしなめた。

「そう言うな。たとえどんな見かけでも、我々にはそのお方が必要なのだからな。どうも最近の陛下は、王妃の推す第八王子にお心が傾いておられるようだ」
「だが、もし本当に化け物だったらどうする? まさか陛下だって、そんなものを世継ぎにはさせまい」

薄暗い礼拝堂に沈黙がおりる。

「そのときは、仕方あるまい」

 それまで黙っていたもう一人の男が呟いた。

「後の災いを防ぐためにも、そのときは生かしておかないほうがいいだろう。王妃派の手に落ちても困るからな」
「その通りだ。もはやテニッセンを待ってはいられん。腕の立つ者をつれて、もう一度向かうべきだ」

権力という熱病にとりつかれた男たちは、夕闇が迫るまで長く話し込んでいた。





 数日後、麓の村へ行った馭者のフーゴが、買い物もしないまま急いで戻ってきた。

「エクムントさん、ちょっとおかしい。見たことのない面が何人も、村をウロウロしてる」
「やはり王宮の回し者ですかな」
「どうもそんな雰囲気だな。酒場や市場で、なにやら嗅ぎまわっているようだ」

エクムントが考え込んでいると、庭師の二コラもやってきた。

「おい、ついに本気らしいぞ」

 麓の村には「竜の城」を知っているものが数人いる。野菜や麦などを運んだり、緊急時には使いを頼んだりもしてくれる人たちだ。もちろんヴィルフリートに会ったことはなく、どこかの貴族の別邸だと思っているのだが。

「今、知らせてくれた。そいつらはマルコを脅して、無理矢理案内させようとしているそうだ」

 村の外の目立たないところに、頑丈な馬車が一台隠されているという。先日の手紙には、王都にはヴィルフリートを奪還して王座に据えようという動きがあり、中でも過激な一派がどうやら動き出したらしい、と記されていた。これは、とうとう実力行使に出たということか。

「どうやら夜襲をかける気らしい。夕方村を発つように準備をしているとか」
「やはり、子爵の指示どおりにすべきだろうか」
「……そうするしかないですか」

三人は、暗い顔で頷き合った。



 アメリアは、初めて子爵の手紙の内容を知った。
 ヴィルフリートが狙われていること。しかし王家としては、ヴィルフリート―――というより「竜」の秘密が漏れては困ると考えていること。だから万一ヴィルフリートが王宮へ連れて来られても、おそらく陛下は王位はもちろん、庇うことはないだろうこと。

「勝手な……」

アメリアは唇を噛んだ。千年も続く王家のすることがこれか。そんなアメリアの頬を、ヴィルフリートが撫でた。

「だが、私だって今さら王宮へなど行きたくない。だから、これで良いのだ」
「でも……悔しいです、ヴィル様」
「いいんだ。それより、先を」

 謝罪の言葉から始まるその手紙のなかで、ギュンター子爵は、最悪の場合ヴィルフリートに館を出るよう伝えていた。町伝いにこの国を出て、「竜の末裔」などという立場に脅かされずに暮らしてほしい、と。
 そのための立ち寄り先や協力者の名前と、それぞれへの手紙も同封されている。

『例え望んで王宮へ来たとしても、お二人が幸せに過ごせるとは言い難い。国の安寧のためにも、お二人の幸せのためにも、ここは一度、国を出ていただきたい。このような大切な話を、直接伺って詫びることのできない自分を、どうか許していただきたい―――』

「……」

 子爵の言うことは正しいのだろう。王宮へ行ったところで、権力争いの渦に巻き込まれ、安心して眠ることなどできるわけがない。ましてヴィルフリート本人が望んでなどいないのだから。ただ、王家のやりようがどうにも割り切れないだけだ。

「アメリア様、お気持ちは分かります。ですが、もう時間がありません」

レオノーラが宥めるように言って、アメリアを立ちあがらせた。





「では、行きましょう」

アメリアとヴィルフリートには、フーゴが付いてくることになった。

「ああ。エクムント、皆、元気で」
「お任せください、ヴィルフリート様。奥方様もお気をつけて」
「……ありがとう、お世話になりました」

 皆長い付き合いだ。涙をこらえる者もいる。それでも事情は分かっているので、誰も引き留めることはしない。



 門を抜けた瞬間、ヴィルフリートがぎくりと立ち竦んだ。右を左を、何度も辺りを見回し、足元を見下ろす。その両脚は、間違いなく敷地の外を踏んでいた。

「……ヴィル様……」
「まさか、外へ出る日が来るとは……」

そう呟いて天を振り仰ぎ、きつく目を閉じた。そのまま息を整え、頷いて目を開ける。

「もう大丈夫だ」

 そして一度だけ振り返り、手を上げてみせた。レオノーラはもちろんエクムントも、もう涙を隠すことはできなかった。

「行こう」

ヴィルフリートは歩き出した。



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