竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

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44・訪問者たち 前

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  翌日の昼頃、見知らぬ男が門のベルを鳴らした。この「竜の城」を訪れるのは、ギュンター子爵の使いの他は、麓の村の者が数人だけだ。むろん厳しく選ばれた信用のおける人間で、城の使用人にも顔が知られている。

「知らねえ顔だな……」

 ちょうど門の近くで鋏を入れていた庭師の二コラは首をかしげた。身なりからみると王宮からきたらしいが、いつもの子爵の使いとは雰囲気も違う。
 二コラの知らせで、家令のエクムントがやってきた。

 もっともらしい口上を述べ始めた男を、エクムントは制した。

「わが主より、証拠の印をお持ちでない方は信用してはならぬと申しつかっております。印をお示しいただけないのなら、お引き取り下さい」

男は「途中で印を失くした」だのあれこれと言い訳をしていたが、エクムントはにべもなく言った。

「お気の毒ですが、一度お戻りになって出直されますよう。主の言いつけですから、決して咎められることはありますまい」

さすがに無理と覚ったのか、その男は諦めて引き下がった。エクムントはヴィルフリートに報告はしたが、ひとまずそのまま様子をみることに決めた。



 それから十日ほど経ったある晩。ヴィルフリートはふと目を覚ました。彼が夜中に目を覚ますことは珍しい。隣を見ればアメリアが、彼の肩に額をつけるようにして眠っている。特に変わった様子もなかった。

「……?」

だが、何かが変だ。ヴィルフリートは起き上がり、アメリアを起こさぬように静かにガウンを羽織って立ち上がった。
 二人の寝室は館の中心にあり、広い前庭が見渡せる。その夜は新月も近く、それほど明るくはなかった。だが彼は普通の人間よりも夜目がきく。何かを目にした彼は、急いで部屋を出た。

「エクムント」

 静かに扉をたたくと、すぐに身動きする気配がして、まもなくエクムントが顔を覗かせた。ヴィルフリートは目顔で合図して囁く。

「門の西側から侵入したものがいる。おそらく三人」

エクムントははっと息を呑んだが、すぐに頷いた。

「ヴィルフリート様は奥方様を。あとは我々で」

そう言いながら、エクムントはすでに他の使用人の部屋へ歩き出していた。ヴィルフリートはそのまま踵をかえす。

 アメリアは何も知らないまま、よく眠っていた。何事もなく済むならこのまま寝かせておいてやりたいが、そうも行かない。ヴィルフリートはアメリアをそっと揺り起こした。

「……静かに。敷地へ忍び込んだものがいる」

 アメリアは小さく息を漏らしたが、それでもヴィルフリートの言う通りに、気丈にも靴を履き上着を羽織った。ヴィルフリートはそのまま長椅子にかけてアメリアを抱き、庭へ目を光らせる。エクムントらは間に合うだろうか。


 恐らく侵入者は盗賊の類ではなく、ギュンター子爵の足取りを辿り、ここに「竜の末裔」絡みの秘密があると探りに来たものだろう。すぐに館へ入ろうとはせずに様子を伺っている。
 人気のなさそうな図書室のほうから侵入することにしたのか、黒い影が窓に近寄った。

 その時隣室の窓が空き、煌々と明かりが灯った。三人の侵入者たちがハッと立ちすくむ。

「こんな時間に、当家に何のご用ですかな」

低い声で問いかけたのはエクムントだった。その手にはボウガンが構えられている。中心にいた男が慌てたように言った。

「い、いや、お騒がせして申し訳ない。道に迷いましてな、一晩休ませていただけないかと……」
「ほう、道に迷われた。呼び鈴も鳴らさず、わざわざ生け垣を乗り越えてとはご苦労さまですな」
「……」

 もう一人の男がひっと息を吸った。エクムントが注意を引いている間に、いつの間にかさらに二人の男が、後ろから武器を構えているではないか。彼らは知らないが、庭師のニコラと馭者のフーゴだった。

「言い訳は聞きません。お引き取り下さい」

中央の男はそっと振り返った。それぞれの武器が確実に狙いを定めている。

「くっ……」

 それでもまだ何か言おうとしたが、それまで黙っていた男が首を振って止めた。

「さあ、帰ってもらおうか」

ニコラが大きな鎌を構え、三人の男を歩かせる。フーゴが手にしているのは馭者らしからぬ長剣だ。エクムントは侵入者が敷地の外へ出るまで、矢をつがえて見送った。



「失礼、ヴィルフリート様」

 男たちが門の外へ出ると、エクムントはすぐに主の寝室へ向かった。もちろんヴィルフリートは起きていて、その腕に妻を抱いている。

「エクムント、ご苦労だった。……追い返したのか?」
「はい、あとはニコラとフーゴに任せてあります。お騒がせを致しました。奥方様はどうか安心してお休み下さい」

アメリアの不安を煽らぬよう、そう報告するにとどめた。あとはヴィルフリートが何とか宥めてくれるだろう。
 エクムントは自分の仕事部屋へ入り、ギュンター子爵へ手紙を書き始めた。

 手紙を書き終えてしばらくした頃、静かに扉が空いて、ニコラとフーゴが入ってきた。

「エクムントさん、戻りました」
「ご苦労ですな、お二人とも」

エクムントの言葉は、庭師と馭者に対するものより丁寧だ。実は二人とも、もとはギュンター子爵の部下だった。「竜の城」の警護役としてここに暮らすようになって長い。普段は庭師と馭者としての暮らしがすっかり板についているが、決して訓練を怠ることはなかった。

「……で?」
「ええ、ご安心を」

それ以上は口に出さずとも分かる。ただ追い返しただけでは安心など出来ない。森の中で、 密かに始末してきたのだろう。エクムントは頷いた。

「とは言え、これ以上人数を増やされでもしたら困りますな。やはり子爵様にお知らせしたほうが……」
「ええ、今書いておきました」
「なら明日、私が村へ行きましょう。ちょうど買い出しに行く日ですからね」

 ついでに果物を買ってくるくらいの気安さで、フーゴが言った。だが彼が実は先代子爵の護衛を任される程の腕前だったことを、エクムントは知っていた。


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