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42・竜の望み 前
しおりを挟む「竜の末裔」について書かれたと思われる本を検分し、思いがけないことまで知ってしまったその夜。ヴィルフリートは、いつになく激しくアメリアを求めた。
「……っ、あ、ああ……ヴィル様、まって、もう……」
「まだだ、アメリア」
アメリアが何度達しても、満たされる気がしない。アメリアが欲しくてたまらない。まるで満月の晩の獣のように、何かに駆り立てられていた。
「やぁ……っ、ヴィルさま……はげし……、ああっ!」
もう何度目かも分からない絶頂に震えたアメリアが、涙に潤んだ瞳で見上げた。
「もう、もうむり……。ヴィルさま、おねが……」
いつものヴィルフリートなら、アメリアにこんなふうに懇願させたりはしない。例え自分がどれほど耐えがたい状態であろうとも、すぐさま手を離しただろう。だが今夜ばかりは、自分でもまったく抑えがきかなかった。
「……アメリア、許してくれ」
アメリアを腕に閉じ込め、乱れた息に弾む胸に顔を埋める。
「ヴィルさ……ま、くるし……」
「……私がいなければ……君はこんなところへ来なくて済んだのか……?」
「え……?」
「この国の、犠牲にならずに済んだのか……?」
「ヴィル様……!」
アメリアが小さく叫んだが、ヴィルフリートはアメリアの胸から顔を上げなかった。アメリアを得て一年、竜の末裔として遠ざけられて暮らす身にも、やっと幸せを得たかと思った。だがそれは、この国の犯した罪の上に成り立つ幸福だったのか。この身はもしや、祖先の罪の証なのか?
ものごころついて以来理解しているつもりだった、自分という存在。例の本と手記を読んでから、ただでさえ不安定な自分が、ついに足元から崩れて消えてしまいそうな、そんな気持ちから逃れられない。
「ヴィル様」
アメリアの手が、そっとヴィルフリートの髪を梳いた。はっと息を止めたヴィルフリートに、アメリアは懸命に息を整えながら話しかけた。
「ヴィル様、私は……『竜の花嫁』にならなかったら、今頃はきっと、父の思う通りに嫁がされていました。こんなふうに愛されることも、たぶん……なかったでしょう」
「……」
ヴィルフリートはほんの少し顔を上げ、アメリアの言葉に耳を傾けた。
「私は『竜の花嫁』だからこそ……ヴィル様に会えたんです。だから、感謝しています。国王陛下か神様か、誰かは分からないけれど、私を『竜の花嫁』にしてくれたことに」
「アメリア……」
今度こそ顔を上げると、アメリアが弱々しく微笑んでいた。
「それに、私も……、初めて知ったことがあるんです。ヴィル様に会って」
「私に……」
「はい、ヴィル様。愛しています」
そして疲れ切った重い腕で、ヴィルフリートの頭を抱いた。
「愛してます、ヴィル様……」
「アメリア……」
その目がすうっと閉じて……回された腕が、するりと落ちた。腕の中の身体からも、くたりと力が抜けた。どうやら疲れ果ててしまったらしい。確かに、いつになく無理をさせてしまった。そのまま沈むように眠りに落ちて行くのが、ヴィルフリートには分かった。
月明かりに白く照らされたその寝顔を見ているうちに、ヴィルフリートは思い出した。
―――自分も、似たようなことを考えたのではなかったか。アメリアに会うためだったのなら、生まれてきたことを感謝しても良い、と。
ヴィルフリートの身体からも、ようやく力が抜けた。
「……アメリア、ありがとう。……良い夢を」
静かに汗を拭い、布団をかけてやる。さっきまでの焦りは、もうなかった。アメリアのたった一言で、自分は救われたのだ。
そっと頬に口づけ、ヴィルフリートも目を閉じた。
「ヴィル様、もう大丈夫ですから……!」
翌日、疲れ果てたアメリアは朝食に起きられなかった。それは仕方ないのだが、今度は昼を過ぎても、まだベッドから出してもらえない。
「だめだアメリア。頼むからゆっくり休んでいてくれ。……昨夜は本当に悪かった」
アメリアはため息をついた。それからゆっくりベッドに起き上がる。確かに身体は重くてだるいけれど、だからと言って半日以上も寝てはいられない。
「ならヴィル様。もしよろしければ、図書室から昨日の本を持ってきてくださいませんか」
「アメリア?」
アメリアはヴィルフリートを見つめて言った。
「お辛いなら、無理にとは言いません。でもどうしても、あのままにしたくないのです」
―――ヴィル様を守るために。
アメリアの静かな決意に、ヴィルフリートはもう何も言わなかった。
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