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40・王国の闇 前
しおりを挟む建国一千年を数えるバルシュミット王国の歴史は古く、初代の王の時代については「建国神話」として区別されている。
当時はまだ、世界の境目が混沌としていた。今では伝説とされている生き物たちと、ようやく増え始めた人間たちと。そんな世界のあちこちで、小さな国がいくつもいくつも、泡のように立ち上がっては消えていった。
「―――バルシュミット初代国王を名乗ったゲオルグは、何者にも脅かされない強大な国家たらんと欲した。そのために彼は妹姫を竜に差し出し、国の加護を願った。
やがてゲオルグは妃を迎え、身ごもった王妃は月満ちて王子レオンを産んだ。王子レオンはまさに竜のような強さを発揮し、周りの国々を次々と支配下におさめた。ゲオルグ王の望んだとおり、バルシュミット王国は比類なき強国として君臨した……」
「……ここまでは『建国神話』と同じだね」
「はい、読みました。ヴィル様は、この本は?」
二人は例の本を広げ、主にヴィルフリートが声に出すかたちで読み進めていた。
「いや、まだ読んだことはない。正直なところ、この前のことがなければ……このような本があったことさえ知らなかっただろう」
いったいこの本は、いつ頃、誰によって書かれたものか。
古い手書きの文章は、かなり読みにくかった。けれど古書を読み慣れているヴィルフリートのおかげで、アメリアもどうにか理解することが出来た。
「先に進もう。―――レオン王子は王太子となり妻を迎えた。やがて妻は身ごもり、子が生まれる」
妹を差し出して竜に加護を願ったゲオルグ王。王太子レオンはまさに竜人のような強さを誇り、王太子妃は世継ぎを身ごもった。思えばこの時が王の絶頂だった。
ところが生まれた赤子を見て、母親と産婆は卒倒した。知らせを受けた国王ゲオルグも、王太子レオンも青ざめた。―――赤子は全身を輝く鱗で被われていた。
赤子は人知れず闇に葬られた。しかし、それで話は終わらない。次に産まれた赤子は額に角が、さらに数年後、弟王子の妻が産んだ赤子には、背中に小さな翼があった。
それだけではない。あろうことか、国王ゲオルグが若い愛妾に産ませた赤子にまでも……。
すべて生まれると同時に葬られた。だがしかし、その後も王家に縁のある赤子は皆、血筋に関わらず何かしら竜の特徴を備えて生まれてくる。
このままでは、折角ここまで築き上げたバルシュミット王国が絶えてしまう。
その直後にレオンのもとに生まれた赤子の特徴は、背中一面の鱗だった。背に腹は代えられないし、服を着てさえいれば分からない。その王子は葬られることなく、王宮の奥深くで育てられることになった。
すると、その後生まれる赤子たちには、ぴたりと竜の特徴が出なくなった。やれやれ良かったと老いた国王ゲオルグは安心し、背中に鱗のある王子は突然「病死」した。すると、その後生まれた赤子にまた「竜の特徴」が現れた。
「まさか、赤子を」
ヴィルフリートの手が震えた。自分と同じ「竜の特徴」を持つ子が、どれだけ命を落としたのか。己の境遇を受け入れたつもりの彼も、さすがに穏やかではいられなかった。
アメリアはそっとその手を包みながら思った。竜の血を受けたわけでもないのに、なぜそんなことが? ならば、竜に捧げられたという妹姫はどうなったのだろう?
「これではまるで……」
言いかけて、アメリアは口をつぐんだ。これではまるで、「竜の加護」ではない。「竜の呪い」だ。だがその特徴をその身に持つヴィルフリートに、それを言うのはためらわれた。
「いいんだ、私に気をつかうことはない。祖先のしたことが本当なら、あまりにも身勝手だ。報いを受けるべきだろう」
「……はい、ヴィル様。まるで……呪いみたいだと思っていました」
ヴィルフリートも頷く。二人はさらに身を寄せ合って、続きに目を通した。
そのようなことを繰り返すうちに、ゲオルグ王はついに心安らぐことなく没した。王位を継いだレオンはそれ以来決して閨を共にしようとしない王太子妃には見向きもせず、沢山の愛妾を抱えた。そして同じようなことを繰り返したあげく、あることに気がついた。
「竜の特徴」を持つ王子が一人生きている間は、他に特徴を持つものは生まれない。ならばたった一人、王宮の奥深くで生かしておけばいいのだと。
王宮でもごく限られたものだけに秘密は伝えられ、代が替わる度に悲劇が繰り返された。
秘密を守るため、いつの王の代か「竜の城」がつくられた。そして一人の「竜」を長生きさせておくためには、「番」をあてがうのが良いと分かった。何故か彼らは王家の血を濃く受け継いだ娘にしか関心を持たなかったので、いつしか明るい黄緑色の瞳を持つ娘が「竜の花嫁」として送られるという習わしが生まれた。「竜」の成年に合わせて、年頃の合う娘をなるべくたくさん産ませるのも、バルシュミット王家の隠された務めになった。
不運にも特徴をもって生まれた「竜の末裔」と、利己的な思惑によって王家の血を受けたにすぎない娘たち。彼らに全てを押し付け、バルシュミット王国は表向き、並ぶもののない強国として発展を続けた。
その裏に、どす黒い闇を抱えながら。
「……」
途中で本を閉じた二人は、しばらく口をきけなかった。暖炉にはあかあかと火が燃え盛っているのに、背中からぞくりと寒気が忍び寄るようだ。互いにぴったりと身を寄せ合って手を握り、その下にある革の表紙を眺めていた。
「……大丈夫か、アメリア。やはり、見なかったほうが良かったのでは」
「いいえ、ヴィル様。大丈夫です。……ただ、あまりにも……」
「……ああ」
大国と言われるバルシュミット王国の、暗く生々しい陰の部分。そして自分たちがまさに陰そのものだという事実を、アメリアは受け止めかねていた。
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