竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

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38・知らぬたくらみ 前

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 翌朝早く、ギュンター子爵は慌ただしく王都へ帰って行った。
 前夜子爵はエクムントやレオノーラにも話をし、とある印章を渡して、その印を持たない者を通すなと命じたらしい。予想もしない事態に、二人とも表情が強張っていた。

 とはいえ、すぐに何が起きるというわけではないし、竜の城の生活も変わらない。
 動揺していたアメリアも数日経つとどうにか落ち着きを取り戻し、竜の城もヴィルフリートも、表面上は穏やかな日常を送っていた。

 一週間や十日では、もちろん子爵からの次の連絡もあるはずがない。それは分かっているけれど、一日が何事もなく終わる度に、アメリアはつい考えてしまう。

 ―――もしかしたら、何も起こらず終わるのかもしれない。国王陛下がうまく収めて下さったのかも……。

このまま2人の生活が続いてくれることを、ただひたすらに願うのだった。



 ある日二人は庭を歩き、またいつもの崖まで行った。

「まだ風は冷たいですね」
「コートを着てきて良かっただろう?」

 足元にはところどころ、小さな早春の花が咲いている。去年の今頃はまだ、この館とヴィルフリートに馴染むのに精一杯だった。だからそんな余裕はなかったけれど、今年はこの可愛い花々の名を覚えたい。
 そう、アメリアが「竜の花嫁」としてここへ来て、もう一年経ったのだ。

 風は強いけれど空は晴れ渡り、遠くまで見渡せた。雪解けして間もないまだ茶色いままの地面が、ずっと向こうまで続いている。そして今はもう名前を知っている湖、そしてまだ白っぽい雲に溶ける、山々の稜線。

「あの向こうに、王都があるのですね」

 地図を見て教えてもらったから、アメリアにもわかる。ずっとずっと遠くだけれど、あの山の向こうに王都があるはずだ。まだ王位を争っている人達がいるのだろうか。それとももう、いつもの生活を取り戻してくれたのだろうか。どうぞ私たちを、このままそっとしておいてほしい。


 祈るような気持ちで彼方を見つめていると、ヴィルフリートが後ろから抱いた。

「そんな顔をしないでくれ、アメリア」
「えっ」

アメリアは戸惑った。自分はそんな、不安そうな顔をしていたのだろうか。

―――ヴィル様が笑顔でいてくれるようにと願ったのに、その私がこれではいけない。

「ごめんなさい、ヴィル様」
「謝ることはない」

その声は優しく穏やかで、アメリアは少しほっとした。

「どうかこのままヴィル様と、って思ったんです。そうしたら、つい……」
「ああ、私も同じ気持ちだ、アメリア」

 肩越しに唇を合わせ、微笑みあった。そのままヴィルフリートにもたれて、アメリアはいつまでも遠くを眺めていた。


「……このまま脱がせてもいいが、風邪をひかせてしまうな」
「もう、ヴィル様ったら」

夏の日のことを思い出し、アメリアは頬を染めた。ヴィルフリートが笑う。

「なら、そろそろ帰ろう。あの雲の様子では、そろそろ風が強くなってくる。もしかしたらこの数日のうちに、最後の雪が降るかもしれないな」

 手をとって歩き出そうとするヴィルフリートに、アメリアは首をかしげた。

「ヴィル様、お天気が分かるんですか?」
「本を読むか、外を見るかだったからね。風や雲の様子で、だいたい分かるよ。エクムントが言うには、やはり私が竜だから、勘が鋭いのだろうと」
「すごい……。外で働く人たちに、教えてあげられたらいいのに」

ヴィルフリートは笑った。

「そうか、役にたつことなのか。それは嬉しいな」
「嬉しい?」

余計なことを言ったと後悔していたアメリアは、ヴィルフリートが本当に嬉しそうなので驚いた。

「私はここで、ただ無為の時間を過ごしていると思っていた。君のように何かが作れるわけでもなく、エクムントや二コラのように役目があるわけでもない。ただ「竜の特徴しるし」があるだけの、何の取柄も値打ちもないものだと」
「ヴィル様」
「いいんだ、アメリア」

 ヴィルフリートは足を止めて向かい合う。言葉とは裏腹に、その顔には穏やかな笑みを浮かべていた。

「だから、嬉しいんだ。ここではそうではないけれど、私でも、役に立つことを持っているんだと分かったから。……ありがとう、アメリア」
「ヴィル様……。ヴィル様は、沢山本を読んでいらっしゃるから、たぶん人に教えることだってできます。いつも、私にいろいろ教えて下さるように」
「それは、教師というんだったね、王都では」
「そうです、先生です」

二人はにっこりと笑い合った。

「……行こうか」
「はい、先生」

ヴィルフリートが久々に、声をあげて笑った。



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