竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

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35・冬ごもり 後

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 王宮の執務室では、ギュンター子爵が部下の報告を受けていた。子爵の顔には疲労が濃く浮き出ている。

「……分かった、ご苦労だった。交代して休むがいい」

部下が出て行くと、子爵は手元の書類を眺めて重い息を吐いた。

「フライベルク男爵、ゲイラー伯爵令嬢……、それにヨーゼフ殿下まで。これほどひどいとは……」

「竜の城」へも伝えたとおり、王都では流行り病が横行していた。高熱が続き、意識が混濁する。眠っている間にすうっと息を引き取ることが多く、これまであまり見たことのない症状だった。医者たちはどこか遠い国から来た病だと判じたものの、さほど効果的な治療も薬も分かってはいない。町の民たちはもちろんのこと、王宮内でも罹るものが増えている。

 みな恐れおののいて出仕もそこそこに自宅へ引きこもっていたが、それでもそこここで死者が出ているらしい。子爵は「竜の花嫁」に関わる以外に、王家や貴族たちの戸籍に関わる一切を預かる役目を持っている。部下が持って来るのは、犠牲になった貴族たちの名簿だった。





 アメリアは今度こそ、ドレスの仕立てにとりかかった。型紙を置き印をつけ、針で留める。そしておもむろに鋏でじょきじょきと切っていく。迷いのない仕草はいつものアメリアとは少し違って見えて、ヴィルフリートには新鮮だった。
 彼の襟元には、あのクラヴァットが巻かれている。時々思い出したように端を撫で、鏡を見ては微笑むヴィルフリートに、アメリアは恥ずかしそうに笑った。

「ヴィル様、私にかまわず、どうか他のものも身につけてくださいね」
「いや、私にはこれがいいんだ。銀糸の刺繍だからどんな色にも合うと思うし、他の布より暖かいし」
「ヴィル様……」

 薄絹のクラヴァットに、暖かさの違いなどそうありはしない。だがヴィルフリートは大真面目だった。

「お気に召していただけて嬉しいです。では、また何か作りますね」
「いや、これで充分だ。あとは君の好きなものを仕立てるといい」

ヴィルフリートは慌てて手を振ったが、目元が緩んでしまっている。アメリアの言葉で喜んでいるのは、誰が見ても明らかだった。


 会話の途中でノックの音がして、レオノーラがお茶を持って入ってきた。

「まあ、ヴィルフリート様。本当にお気に入られたのですね。でも明日あたり、そろそろお洗濯させましょうか」

 するとヴィルフリートはぎょっとしたように襟元を押さえた。

「いや、それには及ばない。別に汚してなどいないから」
「でも、長いこと置いてしまうと色が……」

レオノーラは今にも笑い出しそうだ。アメリアは顔が痛いくらいに目じりを下げて微笑んだ。洗濯を嫌がるなんてまるで子供のようだが、そんなヴィルフリートがたまらなく嬉しい。

「ヴィル様、たまにはお洗濯したほうが、長く使っていただけますから……」

アメリアも口を添えると、ヴィルフリートはしぶしぶ頷いた。それでもまだ不安そうに、レオノーラに言い添える。

「アンヌに、とくに丁寧に扱うようによく言ってくれ」

アメリアはたまらず吹き出した。レオノーラは大っぴらに笑っている。

「はい、かしこまりました。よーく言いますから」

 レオノーラが出て行くと、ヴィルフリートは照れ隠しのようにお茶を口に運んだ。その左手がまだクラヴァットに触れているのを見て、アメリアはますます頬が緩んでしまう。

「ヴィル様、このドレスが終わったら、ヴィル様にもう一枚作りますね。それともアンヌに、編み物を教えてもらおうかしら」
「いや、いいんだアメリア」

ヴィルフリートの頬が僅かに赤い。もうこれ以上頬の緩めようがなくて、アメリアは涙が零れそうになった。

 ―――私をヴィル様のつがいにして下さった運命に、心から感謝します。


 いったん止んでいた雪が、またちらちらと降り出した。例え冬中雪に閉じ込められようと、二人には何も問題はない。暖かい部屋で冬ごもりをする、幸せな番たちだった。





「子爵様、大変です……!」

 日々不気味に静まり返る王宮の執務室に、部下が駈け込んできた。
 ギュンター子爵は今日も病の犠牲者を眺めて考え込んでいた。彼の責務上、王家と貴族の主だった者たちのことはほぼ網羅しているが、ひとつ気になることが出来たのだった。

「どうした、報告せよ」
「はっ……」

部下はひとつ息を整え、顔を上げた。

「お、王太子殿下がご発病と……!」
「何だと?」

 子爵は思わず立ち上がった。先ほどまで考え込んでいた不安が、最悪の形をもって証明されつつある。
 今回猛威を振るうこの病は、多くの犠牲者を出している。それでも亡くならずに無事に回復するものももちろん多い。だが……。
 そこで気付いて部下を労い退出させ、子爵は座り込んで頭を抱えた。

「なぜ、竜の瞳を持つ者が……」

 そう、子爵は気づいたのだった。王家の血を引く印の、明るい黄緑の瞳。今回の病に罹って生き残った者の中に、それが一人もいない。そして反対に彼の知り得た限り、その瞳をもつ者は高確率で発病し、そして罹れば確実に亡くなっている。

 ―――これではまるで、竜の血を狙っているかのようではないか。

 だが、そんな事情を知る者は少なく、あくまで仮定に過ぎないことをうかつに口に出せない。子爵は沈鬱な表情でリストを埋めていった。

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