竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃

文字の大きさ
上 下
26 / 50

26・竜のしるし 前

しおりを挟む
 激しい雨音も、時折吹き抜ける冷たい風も忘れた。
「竜の特徴しるし」を目にしたとき、自分は取り乱さずにいられるだろうか―――ここへ来るまでの馬車の中で、アメリアはそれを案じてきた。そして今、時間すらとまったかのように、アメリアは息を詰めてそれを凝視していた。
 二の腕の外側に、白く輝く鱗―――ヴィルフリートの「竜の特徴しるし」。数は十枚ほどか、ひとつひとつが銀貨ほどの大きさのそれは、形こそ魚の鱗と同じだけれど、まるで……違う。月長石ムーンストーンに、虹を映したら……こんなふうに煌めくかもしれない。

「……怖いか」

 頭の上から声がした。見上げると、ヴィルフリートの金色の瞳が揺れている。あまり長いこと黙って見つめていたせいか、その目には不安げな光も見えた。
 アメリアはこれまで、「竜の特徴しるし」とはどんなものなのか、人ならざる証を気にして恐れてきた。
 確かにその身に鱗をもつ人間などいない。初対面でこれを見せられたら、間違いなく震えあがっただろう。
 それでも、今はもうヴィルフリートの為人ひととなりを知っている。決して異形のものなどではない。

「……触れてみても、いいですか」

 アメリアの言葉にヴィルフリートは目をまるくしたが、黙ってゆっくりと頷いた。そっと伸ばした指が、鱗の一枚に触れる。宝石のような硬い輝きを放っているけれど、その下の血の流れを映してか、冷たくはない。アメリアの指が一度離れ、柔らかい掌がそっと当てられた。

「暖かい……」
「……怖くないのか?」
「はい」
「―――!」

 ヴィルフリートが、信じられないという顔でアメリアを見つめる。その顔を見てアメリアは思った。

 ―――自分は何をあんなに恐れていたのだろう? 生まれつきの痣や黒子ほくろと、何が違うというのか。

「ごめんなさい、ヴィルフリート様。怖がったりして……。ヴィルフリート様は、ヴィルフリート様でしたのに」

 ヴィルフリートは両手でアメリアの肩を掴んだ。

「アメリア、それは……この私を恐れないということか」

 金の瞳が煌めき、アメリアをひたと見据えている。アメリアも目を逸らさずに頷いた。

「はい、ヴィルフリート様」
「ならば、竜の私を……受け入れてくれるのだな」
「あ……」

 言外の意味を読み取って、アメリアは頬を染めた。

「それで良いのか?」

 ヴィルフリートの目が真剣すぎて、まるで射抜かれてしまいそうだ。答えようと口を開いたけれど、声が出せない。どうしよう、どうしたら……。

「頼む、答えてくれ。アメリ……!」

 思い余って、アメリアはヴィルフリートの胸に飛び込んだ。
 ヴィルフリートは驚きに一瞬身を強張らせた。自分からしたこととはいえ、アメリアは今さら恥ずかしくなってシャツに顔を埋める。その身体を、ゆっくりと回した腕が抱きしめた。

「アメリア、ありがとう」

 その声にも答えられず、アメリアはシャツを掴んだまま俯いていた。


 雨は一向に止む気配を見せない。ヴィルフリートの上着を羽織らせて抱いていても、雨粒交じりの風がドレスをはためかせる。腕の中の身体が細かく震え出すのを感じ、ヴィルフリートは決断した。

「アメリア、少しだけ我慢してくれ」
「えっ……」

 上着を頭から被せなおし、ヴィルフリートはアメリアを抱きかかえる。そしてやにわに雨の中を走り出した。





「まあ、ヴィルフリート様、アメリア様!」

 突然の雨に二人を心配してホールで待っていたレオノーラは、濡れ鼠になって駈け込んで来た主たちに思わず声をあげた。ヴィルフリートはアメリアを抱いたまま、二階へ駆け上がろうとする。ついて来ようとするレオノーラに、振り返って言った。

「私がするから、来なくていい」

 レオノーラは階段の手すりを掴んだまま、あっけにとられて立ちつくした。




 寝室へ入りアメリアを下ろすと、ヴィルフリートはまず羽織らせた上着をはいだ。その下のドレスももうほとんど冷たい雨に濡れて、アメリアの手足にまとわりついている。暖炉には火が入っていたが、このままでは冷え切ってしまうだろう。
 胸元のリボンにかけたヴィルフリートの手を、アメリアが押しとどめた。

「ヴィ、ヴィルフリート様。自分で……!」
「駄目だ、風邪を引く」
「あっ……」

 濡れた布は解きにくい。いささか乱暴に引いたリボンがきゅっと音をたて、その下のボタンまで外れてしまった。そのまま下まで続くボタンを、ヴィルフリートはもどかしい思いで外してゆく。

「う……」

 アメリアが首まで赤く染めて俯いた。ただ濡れた服を着替えさせるわけではない。もうそれくらいは分かっている。

 濡れて冷たいドレスが剥ぎ取られ、足元に落とされた。幸いコルセットまでは雨が通っていなかったので、ヴィルフリートは苦労することなくこれも外した。
 シュミーズ姿になったアメリアをベッドに座らせ、ヴィルフリートは自分のシャツを脱ぐ。広い庭を横切ってきた彼のシャツは、絞れるほどに雨を吸っていた。びしゃりと重い水音をたててシャツが放り出される。
 ヴィルフリートが半身を晒したのを見て、アメリアは思わず視線をそらした。
 まるで突き動かされたように気持ちを伝えてしまった。それは良かったのだけれど、あれよあれよという間に……こんなことになってしまった。

 ヴィルフリートはタオルを取って、雫の垂れる髪をかき上げた。そしてアメリアの額も濡れているのに気づいて手を伸ばした。

「あ、私が……」

 タオルが触れて慌てて顔を上げると、金の瞳と目が合った。その淡い耀きに吸い込まれたように、アメリアは動けなくなってしまった。
 ヴィルフリートは目を合わせたまま、タオルを傍らに置いた。そして両手でアメリアの頬を包む。濡れた金色の髪がぱらりと落ちてきたのを合図に、アメリアは目を閉じた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【完結】言いたくてしかたない

野村にれ
恋愛
異世界に転生したご令嬢が、 婚約者が別の令嬢と親しくすることに悩むよりも、 婚約破棄されるかもしれないことに悩むよりも、 自身のどうにもならない事情に、悩まされる姿を描く。 『この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません』

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

デブだから婚約破棄?!上等だ、お前なんかこっちから願い下げだ!!

ともどーも
恋愛
「俺、デブは嫌いなんだ。新しく聖女になったミアと婚約するから、お前、用済みな」 「はぁ……?」  貴族御用達のレストランで突然、婚約者に捨てられた。  私はクローヴィア・フォーリー(20)  フォーリー伯爵家の長女だ。    昔は金髪青眼の美少女としてもてはやされていた。しかし、今はある理由で100キロを越える巨体になっている。  婚約者はいわゆる『デブ専』を公言していたにも関わらず、突然の婚約破棄。  しかも、レストランに浮気相手を連れてきて私を誹謗中傷とやりたい放題。  フフフ。上等じゃない。  お前なんかこっちから願い下げよ!  後で吠え面かくなよ!! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 14話で完結です。 設定はゆるいです💦 楽しんで頂ければ幸いです。 小説家になろう様にも同時掲載しております。

鬼の王と笑わない勇者

モンスターラボ
ファンタジー
「俺、笑えないんだ。」 勇者にしてはやる気がない。何を見ても、何をされても、感情が動かない。だが、彼には鬼に対抗する唯一の武器、笑いの剣が宿っていた。この剣は、持ち主が笑うことで真の力を発揮するという伝説の武器。しかし、笑えないゼクスにとっては、ただの鉄の塊だった。

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

処理中です...